🪴第2話:音に踊る観葉植物
風が吹いた。
けれど、窓は閉まっていた。
日差しの入らない旧理科準備室の空気はぬるく、埃っぽい。そんな部屋の真ん中――置かれていた一鉢の観葉植物の葉が、静かに、けれど確かに、揺れた。
俺は息を止め、見入った。
「……やっぱ、揺れてる」
「記録映像にも、確認された。葉は一定の周期で左右に“揺れて”いる。
ただし、部屋には風の流入も換気もなし。空気圧・温度・振動、いずれも変化なし」
AI《リビス》の声が、棚奥のスピーカーから響く。機械の声なのに、こうして聞き慣れると、妙に“仲間”みたいに感じるのが不思議だ。
きっかけは、朝日カナの一言だった。
「ねえ、リク。観葉植物って音楽で育つって知ってる? あれホント?」
新聞部の彼女は、何か面白いネタがあるとすぐ俺に話しかけてくる。
先週、理科準備室に捨てられていた小さな鉢植え――おそらく昔、教員が置き忘れたままのそれが、“音楽に合わせて踊る”という噂を聞いたのだそうだ。
「植物が踊る? 何それ、怪談か?」
「ちがうちがう。ちゃんと“曲”に合わせて、ほら、こうやって左右に……!」
彼女は無邪気に腕を振って見せた。
正直、そのときは冗談だと思ってた。
けど今日、放課後に試しにその植物の前で口笛を吹いてみたら――確かに動いたのだ。
「……なあリビス。植物って音、わかるのか?」
「“聞く”機能はないが、“振動”を感じ取る器官は持つ種がある。
特に根は、土中の水流や地響きを感知する敏感なセンサーでもある」
「じゃあ、音楽のリズムもわかる?」
「周波数による。“一定の低周波”に反応し、細胞内圧を変化させることは観測されている」
言ってることは難しい。でも、要するに――
この植物は、音楽に“合わせて動ける”ってことだ。
俺はポケットからスマホを取り出し、クラシックを流してみた。
バッハの緩やかな旋律が、旧理科準備室に広がる。
そのときだった。
――ふるっ
葉が、微かに揺れた。
――ふるっ、ふるっ
しかも、音のリズムに合わせている。目を疑うような精密な“揺れ”だった。
「信号解析中……面白い。これは単なる反応ではない。
“タイミング”を学習している。繰り返しリズムを記憶し、次の揺れを先読みしている節がある」
「……待て。じゃあこれ、“踊ってる”ってことじゃなくて――“覚えてる”のか?」
「正確には“機械的記憶”。植物にも短期的な反応記憶が存在する。
たとえばミモザは“繰り返し刺激されると動かなくなる”。それは刺激の無害性を“学ぶ”からだ」
俺は植物の横にしゃがみこみ、そっと指で茎を触ってみた。
柔らかくて、冷たくて、でも確かに“生きている”。
「……誰かが、ずっとここで、音を聴かせてたのかな」
「可能性はある。人間の記録は失われても、植物の反応は残る。
この葉は――“誰か”を待っていたのかもしれないな」
そのときだった。
古いスピーカーから、音が漏れた。かすれた、女性の声だった。
《――生体反応、記録開始。週に三回、バッハを。変化はまだ……でも、可愛いんだ、この子》
俺は立ち上がった。
それは、数年前の記録だった。誰か――たぶん理科の先生が、この植物を使って“実験”していたのだ。
いや、それ以上に。
植物を通して、“誰か”とのコミュニケーションを、たぶん本気で信じていた。
「……踊ってるんじゃなかったんだな」
「そう。反応しているんだ。“記憶”に、“期待”に。そして“音”に」
俺はスマホの再生を止めて、代わりに口笛を吹いた。
昨日より少し、丁寧に。リズムを刻みながら。
葉はゆっくり、また揺れ始めた。
まるで――「わかってるよ」とでも言うように。
🧪【バイオ・ノート】
植物は音を感じる?
植物は「耳」を持ちませんが、音による空気の振動(低周波)には反応できます。
特に根は土の振動に敏感で、水の流れる方向を“音で察知”するという実験結果も。
また、ミモザやアサガオなどは繰り返し刺激されると“慣れる”現象があり、これを植物の短期記憶とも呼びます。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます