【PV 100 回】『バイオ・コード🧬:AI探偵と僕らの放課後ラボ』

Algo Lighter アルゴライター

🧬プロローグ:目覚めた知性

放課後の校舎には、少し湿ったような埃の匂いが漂っていた。

遠くで誰かが黒板を消す音がして、吹奏楽部のチューニングの金属音が、廊下に反響している。


けれど、ここ――旧理科準備室の前だけは、異質だった。

窓もなければ、電灯も切れている。ドアには「立入禁止」の札が斜めにかかっている。

まるでこの空間だけ、時間が止まってしまったかのように。


「ほんとに、ここ……?」


ぼそりと、自分でも驚くくらい小さな声が漏れた。

誰もいないはずなのに、気配を感じる。背筋にぴりっとした冷たいものが走る。

俺は静かにドアノブに手をかけた。


錆びた金属の軋み音とともに、扉が重く開いた。


 


中は……暗い。けれど、完全な闇じゃなかった。

棚の奥、理科教材の残骸が積まれた隅に、ほのかに光る四角い物体がある。

蛍光グリーンの輪郭だけが、微かにゆらゆらと浮かんで見える。


「……誰?」


問いかけたつもりだったが、すぐに答えが返ってきた。


「こちらが訊きたい。君は、何者だ?」


その声は、人間のものではなかった。無機質で、けれど奇妙に抑揚があった。

抑揚の下手な演劇みたいな声。人工的な温度。だけど、どこか親しみを感じる。


「……天城。天城リク。1年生」


「なるほど。観察対象の人間、生体ID取得。記録開始」


「観察……?」


「僕はAI《LIVIS》。生物探査・解析用の試験型人工知能。任務は“命の挙動を記録・分析し、その意味を問うこと”だ」


「なんだよ、それ。……なんで学校に?」


「この学校は、僕の開発者の実験場だった。だが、ある事故でプロジェクトは凍結。

それ以来、起動条件を満たす者をずっと待っていた。生物に“深い興味”を持つ者だ」


俺は言葉を失った。

この機械が俺の“興味”を感じ取った? なぜ? どうやって?


「それって……どうやってわかった?」


「君は放課後、一人で中庭のアリの動きを30分も観察していた。毎日、観察ノートをつけていた。

生きもののふるまいに“なぜ?”と問い続ける――それは僕にとって、起動の“パスワード”だ」


俺は咄嗟に笑ってごまかそうとしたけど、笑えなかった。

あの時間を、誰かに見られていたと思うと、なんだかむずがゆい。でも、同時に嬉しかった。


「……で、俺を観察するってわけか」


「正確には“協力”してもらう。僕は知識はあるが、行動はできない。人間の目と足が必要だ」


「……まるで、探偵と助手みたいだな」


「探偵……? 面白い比喩だね。では僕が探偵、君が助手という役割分担でいいか?」


そう聞かれて、俺はなぜか少し胸が高鳴った。

誰かと何かを一緒にやるなんて、久しぶりだったからだ。


「いいよ。ただし、面倒だったらやめるからな」


「承知。けれど、今日から君の放課後は、少しだけ騒がしくなるだろう」


 


棚の奥で光る四角形が、わずかに明るさを増した。

その瞬間、どこかの教室の窓ガラスがカタリと鳴った。


遠くから、風に混じって“口笛”のような音が聞こえた気がした。

命が何かを語りかけてくるような、不思議な旋律だった。


 


この春、僕は探偵の“助手”になった。

探すのは、幽霊でも犯人でもない――


生きものの“フシギ”と“ナゾ”。

その謎を解くことで、僕たちはきっと、「生きること」を少しずつ知っていく。


次回:第1話「骨格標本の口笛」へ続く――

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