第4話「連携」


 ギルドからの依頼を受けたライゼンたちは、準備を整えるとすぐに《北の深森》へ向かった。


 濃密な緑の中、動物の気配は消え、空気が張り詰めている。まるで、何か巨大な“異物”が森を支配しているかのような重圧だった。


「……この空気、嫌な感じがする」


 リィナが弓を構えながら周囲を見渡す。


「動物たちが逃げてるってことね。獲物の気配が強すぎるからよ」


 セリアが魔導具の杖を軽く構えながら、静かに歩みを進める。


「俺が先導する」


 ルークが剣に手をかけ、ライゼンの横に並んだ。


 しかし、そのとき。


「いや。俺が行く」


 ライゼンがルークを制し、前に出る。


「地形を見ておきたい。勝負は、正面の力押しではない」


「……了解。頼んだ」


 ルークは素直に後ろに下がる。


 やがて、樹木の奥から“それ”は姿を現した。


 獣の姿をしていたが、体長は四メートルを超え、肩幅も異様に広い。黒く硬質な毛皮が岩のように重なり、口元には鋭く伸びた白銀の牙。


《シュリヴァー・ファング》──森の主と恐れられる、暴君。


 リィナが息を呑んだ。


「う、うそ……! あんなの、私たちで倒せるの……?」


 セリアも目を細め、眉をひそめる。


「まずは様子を見る。セリア、詠唱は隠れて。リィナは狙撃位置を確保。ルークは俺の背を守れ」


「了解!」


「へ、へいっ!」


 即座に動き出す三人。その姿を見て、ライゼンの目が一瞬だけ細くなる。


(……反応が速い。まだ甘さはあるが、指示には従えるか)


 森の斜面、地形のくぼみ、岩陰の位置──すべてを脳裏に刻む。


 そして、地面の湿り気。足を滑らせやすい箇所。跳躍に適した倒木。風向き。


(……これで、四つ)


 その瞬間、獣が吼えた。


「ギァァァオオオオッ!!」


 咆哮が空気を震わせ、衝撃波のように木々を揺らす。リィナが耳を押さえ、セリアの髪が風になびく。


 だが、ライゼンはただ静かに、左足を引いた。


「来るぞ」


 次の瞬間、巨体が森を裂いて突進してくる!


 鋭く地面をえぐりながら、一直線にライゼン目がけて牙を剥いて突っ込む!


「……左肘」


 ライゼンは片手で剣を抜き、巨獣の懐に踏み込んだ。


 回避ではない、“迎撃”だった。


 ──ギィンッ!


 金属音が響き、巨獣の左肘から血が噴き出す。


 だが、完全に止めることはできない。


「ルーク」


「任せろ!」


 背後から飛び出したルークが、横から斬撃を加え、獣の進行方向を逸らす!


 獣は木にぶつかり、森の一角をなぎ倒すように崩れた。


 ──地形が変わった。


 ライゼンの目がそれを見逃すはずがない。


「セリア、落石を狙える場所がある。あの岩を誘導で落とせ」


「詠唱、始めるわ」


「リィナ、上から右目を射抜けるか」


「う、うん! やってみる!」


 位置取りを変え、樹上から狙撃するリィナ。その顔はわずかに強張っていたが、目に宿る光は消えていなかった。


(……恐れていても、退かない)


 ライゼンは剣を構え直し、一歩、また一歩と距離を詰めた。


 シュリヴァー・ファングが再び咆哮し、今度は左右に跳ねるような軌道で迫る。


(読みづらい……しかし)


 倒木の位置、岩の角度。すべてが“伏線”だった。


 ライゼンは一瞬だけ足を止め、声を張った。


「今だ、セリア!」


「《ラズ・フォール》!」


 魔法の光が空を裂き、岩が軌道上に落ちる。


 シュリヴァー・ファングは、咄嗟に跳躍した──その先には、リィナの放った矢が飛んでいた。


 ──ズドン!


 右目に直撃した矢が、獣の顔面を揺らす。


「ぐ、グオォォオオオオ!!」


 苦悶の叫びを上げた獣に、ライゼンが跳ぶ。


 その動きは無駄がなく、静かに、残酷に──


「終わりだ」


 片手剣が喉元を斬り裂き、ライゼンは血しぶきの中を舞いながら着地した。


 ──そして、巨獣は崩れ落ちる。


 全員が静かに、呼吸を整えた。


「……はぁ。終わった、のかな?」


 リィナがへたり込みながら、ライゼンを見上げる。


「よくやった。特に、お前の矢は的確だった」


「えっ……うそ……」


「俺がもし、お前の矢に合わせて動いていなければ、倒せなかった」


 ライゼンの静かな肯定に、リィナは顔を真っ赤にしながらうつむいた。


「そ、そんなこと言われたら……私、頑張っちゃうよ?」


 ルークが小さく笑い、セリアもくすっと微笑んだ。


「それにセリア。ここに来るまでの道中に魔法の話をして、指示を出せる程度に理解していて良かった。今日初めて魔法なるものを見たが――強力だな。俺も使える様になれば損は無いだろう。」

「ルークお前もな」


「ふふ、そういう言葉も言えるんじゃない」

「当然だ」


(なんだ、?この気持ちは……)

 ライゼンは、その温度のある笑みに──ほんの少しだけ、心の中の何かが緩むのを感じていた。


(……これが、“仲間”か)

 

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