俺の尊厳を守りたかっただけなんだけどな

飯田沢うま男

第1話 いつも通りの扱い

 秋の空は澄み渡り、穏やかな日差しが校庭を照らしていた。そんな平和な昼休みの教室で、帳和真とばり かずまは机に突っ伏しながら小さなため息をつく。窓際の席に座る彼は、まるで空気のように目立たない存在だった。クラスの誰もが彼のことを気に留めることはない──少なくとも、彼女たち以外は。


「和真、何してんの?」

 教室の中心に座る三人組の中から、支倉美希はせくら みきが冷たい声で問いかけた。短めのスカートを揺らしながら、彼女はゆっくりと和真の机へ歩み寄る。彼女の声には笑いを含んでいたが、その裏には明らかに軽蔑の色が滲んでいる。


「あ、また一人で本読んでるんだ?」

 続いて声を上げたのは松木紗菜まつき さなだ。紗菜はスポーツ万能で快活な性格から男女問わず人気があるが、美希たちが絡むと時折態度が変わる。「そういうの、ほんと陰キャっぽいよね~」と軽く笑いながら、悪意を意識している様子はあまりない。


「ねぇ、そういうのって楽しいの?」

 最後に和真へ目を向けたのは唐沢胡桃からさわ くるみだった。美希ほど露骨ではないが、どこか冷たく、相手を見下すような視線を隠そうともしない。胡桃の口元は微妙に歪み、彼女特有のじんわりとした嫌味が漂う。


 和真は返事をすることなく、さらに深くうつむいた。彼の手元には読書中だった文庫本があったが、そのページをめくる手はぴたりと止まっている。教室の隅々にまで広がる三人の笑い声は、彼の耳に刺さるように響いた。


 この三人──クラスの中心にいる美希、紗菜、胡桃。彼女たちは和真にとって、避けたくても避けられない日常的な存在だった。そして今日も、彼の日常はまた少しだけ灰色に染まっていく。

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