春のはじまり

ケー/恵陽

春のはじまり


 新学期はいつもドキドキする。教室を開ける瞬間は指が震えて、緊張で目を瞑ってしまう。そうして開けた教室の中に眩しい笑顔が輝いていたら、とてつもなく幸せな一年を思わせる。

「話しかけないの?」

 眩い笑顔の持ち主は密かに憧れる陸上部のエースで、私とはクラスメイトという以外の接点はない。ミオちゃんは残念そうに言うけれど、私は見ているだけで十分だ。

 陸上部エースの山城君はクラスのムードメーカーだ。賑やかなことが好きで、いつも人に囲まれている。男子女子共に友人が多くて、だけどそれ以上に放課後心から楽しそうに走っている姿が印象的だ。

「そんなに好きなら告白すれば? あいつ結構人気あるんだよ」

「そ、そんなに無理だよ!」

 人気があるのは当然だろう。あんなにたくさんの人にいつも囲まれているのだ。私だって本当は傍によって話をしたい。でも地味な私じゃ釣り合わない。

「うーん、そうは思わないけどなあ」

 ミオちゃんの言葉は嬉しいが、そうに決まっている。


 放課後にグラウンドを走っている山城君を見る。私はいつも彼を座って眺めていた。といっても用もないのに見ていたわけではなく、私は私で部活をしているのだ。ただ彼をモデルにしていることを秘密にしているだけで。だから今日もいつも通り眺めていた、のだけど何故か姿がない。首を傾げて周囲を見回していると、背後から地面を踏む音がした。

「わ、すっごい!」

 ぎょっとした。いつの間に移動したのか山城君がいた。そして慌てて私はスケッチブックを隠す。

「あー、隠さなくていいじゃん。木下って美術部なんだっけ? すごいね、うまい。てか、それうちの部の誰かだろ」

 誰かというか貴方本人です。ということも出来ず私はただ俯く。

「あー、ごめん。いきなり悪い。いつも見てただろ。気になってさ。それに木下とまだ話したことなかったから。あー、俺みたいなの苦手だよな。ごめん」

 沈んでいく山城君に私は思わず顔を上げた。尻尾の垂れた犬のような彼に、私は首を横に振る。

「び、びっくりした、だけ!」

 予想以上の大きな声に自分でびっくりする。でも、すぐに満面の笑みを見せてくれた山城君に、私の頬も思い切り緩んでいた。


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