天才薬師と弟子

ポムの狼

第1章 先生と弟子

嵐の夜

 嵐の夜、オルガはいつものように自宅である森の家で夕食を準備していた。家の窓に雨と風が叩きつける様に強く吹きつけていた。


――この家に住むようになってから一年と少し経っただろうか。


 元から新築ではなく、捨てられた古い家を自分で直して使っているので、嵐の日は不安な気持ちにかられる。窓はがたつき、どこかに隙間でもあるのかビューっという音が家の中にまで入り込んでくる。




 そんな嵐の夜に招かれざる客は突然現れた。


「オルガ!開けてくれ!」


 玄関の木製の扉をどんどんと乱暴に叩く音と男の声がした。オルガは声だけで誰が来たのか分かっていた。


 ――今更何をしに来たのか。


 オルガは胸やけにも似た苛立ちを感じながら玄関の戸を少しだけ開けた。扉の隙間から外を覗くと、そこに立っていたのはオルガが予想した通りの人物であった。


「オルガ…… すまない…… 娘を預かってほしいんだ……」


「アルト……」


 アルトと呼ばれたその男は頭からフードのあるコートを着込み、雨が滴っていた。コートの中には白いおくるみにくるまれた可愛い顔の赤子がすやすやと眠っていた。


「こないだ1歳になったばかりだけど、乳も卒業しているし、食べ物も柔らかくしてくれれば何でも食べるから」

「アルト!」


 オルガはアルトの言葉をさえぎって睨みつけた。


「私にあんな仕打ちをしておいて、子どもまで預けようだなんて…… どうかしている…… 早く帰って!」


 オルガは扉を閉めようとしたが、アルトは腕でそれを押さえた。


「オルガ! 君しか頼れる人がいないんだ! ユウカが魔王に拐われたんだ! 俺が助けに行かないと」


 雨で分かりづらいがアルトは泣いているようだった。本当に切羽つまっているらしい。


 オルガは正直、がどうなろうが知ったこっちゃなかったが、アルトと同じ金色の髪をした赤子が孤児になってしまうのを不憫に感じてしまった。


「分かったよ……」


 オルガはアルトから赤子を受け取った。

 小さいけど、あたたかい――白くて丸い頬はとても可愛らしかった。


「ありがとう! なんとお礼を言ったらいいか!」


 アルトは最後に赤子の額にキスをし、オルガにも遠慮がちに笑顔を向けた。オルガはその顔を見ると胸だけでなく、赤子を抱えた手まで締め付けられるように痛んだ。


「必ず戻って来るから、それまでメイを頼んだ」


 アルトはそう言うと、雨の中、馬に跨り闇の中へと駆けていく。


 約一年ぶりのアルトとの再会はあっけなく過ぎ去っていってしまった。






 

 オルガは途方に暮れた。引き受けてしまったが、赤子など育てたことがない。


 腕の中で微かに赤子が動いた。



 ――本当にアルトに、そっくり……



 細い金色の髪に、金色の長いまつ毛。


 オルガは、アルトとの楽しかったころの思い出を走馬灯のように思い出した。


 ――アルトのまつ毛も金色で長かったっけ……


 かつて愛していた男の子どもだからなのかオルガには分からなかったが、赤子がただただ愛おしくて仕方なかった。


 オルガは赤子の柔らかい頬に頬ずりし、強く抱きしめた。

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