1章 星の森

第2話 くま

 俺は森へ飛び出すと同時に、そこら辺の枝を拾い自身の肩口に突き刺した。そして枝で肉をほじくり白い球体を取り出す。これは研究所のとある職員に埋め込まれた球体だ。

 この球体は「マーキング」というカードによって位置情報を監視するための球体だ。

 肉をほじくることによって流血と痛みが襲うが苦痛耐性を取得しているので耐えられる。

 俺は血に濡れた白い球を薮へなげつけ、服を包帯がわりに肩へ巻いた。

 時間がない、先へ急ごう。




 研究所を脱出して5時間が経つ。研究所の離れにある森に駆け込んだ俺は一直線に走っていた。


 幸いなことに訓練で習得した「体力強化」、「苦痛耐性」、「エネルギー効率」というパッシブカードによって走り続けてもそれほどきつくはなかった。


 パッシブカードとは基本的に習得してから常に効果を発揮するカードである。たまに任意で発動を選択できるパッシブカードがある。俺は任意で発動できるものとして気力や魔力を肉体の再生に利用する自動再生リジェネーターや暗視などを習得している。


 しかしこれから先の局面は難しい。パッシブカードこそ体に取り込まれているため今も効果は発動しているが、アクティブカードは研究室で管理されている。疑似天使として育てられた強力な技の数々を俺は失っていることになる。


 この状態で研究所の職員に見つかればなすすべなく倒されるだろう。すでに洗脳されているほかのNoナンバー持ちが出張ってくる可能性もある。



 まずは遠く離れるのが先決か…

 食料確保と今日寝る場所も確保しなければならない。やることは大量だ。


 森を抜けたらアルカナ聖王国の隣国であるユード王国につながる街道がある。ユード王国はアルカナ聖王国と宗教が違い仲が悪いため表立って俺を追うことは出来ないはずだ。


 当面の目標として隣国に落ち延びることにしよう。



 そんなことを考えているのも束の間、俺はその足を止めることとなった。


「おいおい、今はそんな時間なんて無いのに…」


 視界に映るのは寝そべる巨大な熊。推定される高さは5m。その褐色に染まった鋭い爪は俺の顔より大きいのではないだろうか。おなか周りに奇妙な五芒星の模様が刻まれている。

 奴は俺を見つけると、余裕そうにゆったりと上半身を起こした。


 問題は二つある。


 まずは多分逃げられないことだ。あの熊は表面上の動きはトロいが本質は違う。木の幹のように太い足腰はいつでも俺に飛び掛かれるような体制をしている。そのドス黒い眼球は俺の目をとらえて離さない。たとえ、一目散に駆け出しても俺を追いかけてくるだろう。どうせ戦闘になるなら俺が疲れ切る前にやったほうがいい。

 そして二つ目、こっちのほうが重要だ。今の俺には奴に対する決定打がないこと。アクティブカードさえ自由に使えたらこんなやつ一撃で消し炭にできる。が、現実はそうはならない。

 俺は最強の兵隊にされるための実験および訓練を受けていたが、あくまでの天使として訓練を受けてきた。俺のパッシブカードには防御系と回復系はあっても攻撃系はない。

 つまり…あっちの攻撃もどうにかなるがこっちの攻撃も通じないということだ。


 世紀の泥仕合の幕開けである。



 先に仕掛けたのは俺だ。俺は今まで切ってきた自動再生リジェネーターを発動する。すると、体から魔力が持ってかれるのを感じると同時に、先刻えぐった肉がきれいさっぱり元に戻った。自動再生リジェネーターは失血や体の損傷に対しては非常に有効な回復手段だが燃費が悪い。あまり魔力を消費したくなかったので今まで発動させなかったのだ。また自動再生では腕の欠損のような大規模なけがは治しにくい。そのことも頭に入れて戦わないといけない。


 俺は姿勢を低くし、脚へ意識を集中させる。そして全速力で飛び掛かった。

それに対し巨熊は腕を振り上げ迎撃する。まるで大剣のように振り払われた巨熊の

腕は俺の正中線にそって振られる。

俺はすんでのところでバックステップを入れ、その攻撃を躱す。そして姿勢を低くし新たに突撃をする体制をとる。

奴の爪が鼻先をかすめ、肉をごっそりと削いでいったが気にしない。足の指にまで力を入れ、先ほどよりもはやい速度で飛び掛かる。狙うは顔面、俺は巨熊の顔に飛びつき、目に2発と鼻に1発こぶしを叩き込む。

さすがの巨熊でも目は効いたのか突然暴れだし、俺は振り落とされた。

俺はバックステップで巨熊から距離をとり体を確認する。削がれた鼻は大方修復し終えていたが、振り落とされたときに背中を削られた。 

対する巨熊は少しのたうち回っているがすぐ落ち着きを取り戻すだろう。


「わかっていたが、泥仕合だな。」


あとはこれを繰り返すだけ…。半日あれば切り抜けれるだろうか。いや、半日も足止めされるのはもったいないが…


「…ッ!」


思考が止まる。視界の中央に映る淡い紫の光に俺は気を取られた。

…失念していた。俺が今使えないばかりに、相手も使えないと思っていた。

そもそも魔物で使用するのは珍し…いや、言い訳はいい!

巨熊の腹の周りにある五芒星から発せられた淡い紫の光はやがて一枚のふだになっていく。アクティブカードだ。


効果は経験から予測するしかない。魔法の類は…ないだろうな。一番困るのは回復系だが…


「…速いッ!!!」


瞬間、巨熊が目の前にでる。

そして爪から紫の強い光を発し、爪を十字に振る。


剣士の十字斬サザンクロスに似ているな。そう気づいたときにはもう遅かった。


組まれた爪は俺を切り裂いた。

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