モグラブラッド

海野鯱

プロローグ

モグラのブログ 仙台版

 やあ、久しぶり。

 そうでもないって? まあいいじゃないか。始めの挨拶としては無難だろう? 書き出しにはいつも悩むんだ。これまでいくつもの記録をしてきたから、挨拶のレパートリーがなくなって困っているのさ。

 ——と言うのは建前で、実は今回の話はあまり記録したくないんだ。

 なにしろ私たちモグラに関わることだからな。自分の情報は流さない。情報を商品にする者からすれば当然のことだ。

 だが記録はしなければならない。

 いや、実を言えばそんなことはしなくてもいいのだが、存在意義というのはいつの時代も、どのような存在であろうとも求めてしまうものだろう? 

 私たちの存在意義は情報の記録と提供だ。大小問わず、どんな情報でも細大漏らさず記録し、楽しみ、時にはそれを売り買いする。

 であるからには、例えそれが身内の恥だとしても、中立の立場で齟齬なく記録するのが私たちの美学だ。

 美学なき人生など、無味乾燥で味気ない。

 そう。これから話すのは私たちモグラの恥だ。

 ざまあみろって? 地下に篭って人の情報を売り買いしている報いだって?

 まあなんとでも言ってくれ。私は私たちの美学に沿って、身内の恥を語ろう。せいぜい楽しんでくれ。

 さて。

 これは『事件』ではあったが、真相は闇の中に葬られた。当然だ。私たちが誰にも売らなかったのだから。

 大半の人間は事件があったことにすら気がついていなかった。仙台はいつもの仙台のまま、変わらない日常を送っていたはずだ。

 事件は、静かに始まった。いや、徐々にその存在を現していったと言った方が正確か。

 最初は新たな奇病だと思われていた。

 発現場所は宮城県のみ。県外に出れば、この奇病に罹患した患者は一人もいなかった。当然、インフラ設備への毒物混入が疑われたが、どこからも異常な物質は発見されなかった。

 最初に言っておくが、これは病気でも何でもない。医療機関の面々にはひどく迷惑をかけた。すまないと思っている。

 便宜上、発症者と呼ばせてもらおうか。発症者の特徴は次の通りだ。

 一、肌が異様に白くなること

 二、徐々に昏睡していくこと

 そして、この事件が私たちモグラに関係するとわかった最後の特徴は——、

 三、首筋に痣が出ること

 この趣味の悪い痣のおかげで事件は発覚し、そして解決した。

 最初から痣が出ていれば私たちもすぐに気がついたんだ。これは言い訳でしかないが、遠慮なく言い訳させてくれ。申し訳なく思っているからこそ、珍しく私も地上に出て奔走したんだ。頑張っただろう?

 私たちモグラは、君たちと共存しなければならない。地下を貸してくれている君たちに面倒をかけるなど、言語道断だ。

 件の輩には咎を負ってもらった。それで許してくれとは言わないが、まぁモグラとして、私もある程度の責任は果たせたのではないかと思う。

 前置きが長いって? わかっているよ。仕方ないじゃないか。話したくないんだ。

 そもそもこの話は前置きが長いんだ。

 この話は、ひどく長い年月をかけて作られていった。

 私が仙台担当のモグラになる以前から種がまかれ、人知れず芽が出て、気づいたときには花が咲いていた。私が全てを理解できたのは、事件を解決する直前だ。それまでは影も形も掴めなかった。それほどまでに根深い話だったのさ。ある意味では、単純すぎて理解できなかったと言ってもいい。

 そろそろ読者が離れてしまう頃だろうか。

 あぁ嫌だ。本当に嫌だ。だけどしょうがない。美学のためだ。

 では、始めようか。

 この事件に名前をつけるとしたら——そうだな、『吸血鬼の愛』とでもしておいてくれ。つまり、馬鹿馬鹿しくてくだらない、という意味だ。

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