第45話 理央の本音

放課後の屋上。

 教室の窓から差し込む夕陽が、校舎の壁に長い影を落としていた。

 白雪理央は一人、手すりに寄りかかり、低く息をつく。

 目の前に広がるグラウンドは静かで、風が軽く髪を揺らしていた。


「……はぁ」

 小さなため息。

 理央は誰もいない屋上で、思わず独り言をつぶやく。


 文化祭のあと、悠真は自分の前でもっと自然に、もっと“自分らしく”振る舞うようになった。

 その姿は嬉しくもあり、誇らしくもある。

 けれど、同時に胸の奥に小さな違和感が芽生えた。


 ひよりとの関わり――

 放課後に悠真が微笑んで話す姿――

 その何気ない優しさや気遣いが、理央の胸をざわつかせる。


「……私、本当に特別になれてるのかな」

 声は震え、しかし風に消えてしまうかのように柔らかかった。


 屋上の端に腰掛け、膝を抱える。

 理央の瞳は遠く、悠真の姿を追うかのように空を見つめる。

 心の奥底では、自分の独占欲と不安が渦巻いていた。


――悠真は、ひよりに優しくできる。

――私は、もっと独占したいのに。


 胸が苦しい。

 この感情は嫉妬でも、怒りでもなく、ただ“好きだからこそ、独り占めしたい”という純粋な欲求だった。

 理央はそれを認めることに、少しだけ躊躇していた。


 風に吹かれ、髪が顔にかかる。手で払いながら、理央は静かに瞳を閉じた。


「でも……悠真は、優しい。誰かを傷つけたくないって、きっと私のことも思ってくれてる」

 だからこそ、余計に怖い。

 もし自分の独占欲が強すぎて、悠真を遠ざけてしまったら――

 そんな考えが、胸を締め付ける。


 そのとき、屋上の扉が開く音がした。


「理央」

 悠真の声が低く響き、理央の心は小さく跳ねた。

 振り返ると、彼は少し息を切らせながら、歩み寄ってくる。


「……どうしたの? 屋上まで」

 理央はぎこちなく微笑む。

 だがその笑顔には、ほんのわずかの不安が滲んでいた。


「話したいことがあって」

 悠真は手すりに片手をつき、少しの間沈黙した後に続ける。

「この前、美羽に言われて……思ったんだ。逃げずに向き合わないと、って」


 理央は胸の奥が温かくなるのを感じた。

 悠真の真剣な眼差し。

 言葉の端々に滲む覚悟。


「……向き合ってくれるのね、私に」

 小さく頷く理央。

 けれど、その瞳にはまだ迷いも残る。


「でも、私は……私も独占したい。悠真を、私だけのものにしたい」

 声は震え、しかし言葉に力があった。

 その瞬間、屋上の空気が少しだけ重く、甘く感じられた。


 悠真は言葉を探すように、一歩近づく。

 理央の肩に手を置き、やさしく視線を合わせる。


「……分かった。君の気持ち、ちゃんと受け止める。誰よりも君のために、俺はここにいる」


 理央の瞳が潤む。

 泣きそうな表情を浮かべながらも、微笑む力を振り絞る。


「本当に……?」

「ああ。本当に」


 二人の距離が縮まり、夕陽の光が柔らかく二人を包む。

 理央は安心したように、悠真の手をそっと握った。

 その手の温もりが、心の奥底まで染み渡る。


「……私、もう迷わない」

 理央は静かに心の中で誓った。

 誰にも譲らない、この想い――

 悠真と向き合うための決意。


 屋上の風が、二人の間をそっと吹き抜ける。

 夕陽は赤く沈みかけ、まるで新たな始まりを祝福しているかのようだった。


 悠真と理央――二人の間に、確かな絆が芽生えた瞬間。

 そして、この日を境に、二人の関係は誰も揺るがせないものへと少しずつ変わっていくのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

毎日 06:05 予定は変更される可能性があります

才能を隠した少年、舞い上がる ルクシオン @Luxion3721

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ