第43話 ひよりの笑顔、揺れる心
昼休みのチャイムが鳴ると同時に、天城悠真は教室を出た。
白雪理央の視線を一瞬感じたが、目を合わせる前に廊下へ出る。
彼女とどう接すればいいのか――まだ答えを見つけられずにいた。
階段を下りると、購買前の廊下が人でごった返していた。
パンを買う列の中に、小柄な後輩の姿を見つける。
七瀬ひより。
彼女はトレーを抱えながら、こちらに気づいて手を振った。
「悠真先輩っ、こっちです!」
「おい、そんな大声で……」
「えへへ、ごめんなさい。でも、先輩が来てくれると安心します」
「パン買うだけで安心って……」
思わず笑ってしまう。
そんな自分に驚く。
理央といるときの静かな緊張とは違って、ひよりと話すと空気がやわらかくなるのを感じた。
ようやくパンを手に入れて、二人で中庭に出る。
秋の風が心地よくて、木々の葉がゆっくりと揺れていた。
「ねぇ先輩」
「ん?」
「最近、理央先輩と少しぎこちないですよね」
「……やっぱり、分かるか」
「そりゃあ。私、けっこう人の表情見るの得意なんです」
ひよりは笑いながら、ベンチの上で足をぶらぶらさせる。
「理央先輩、優しい人です。でも、先輩のことになるとちょっと不器用というか……」
「俺の方も、不器用だからな」
「ふふ、似た者同士ですね」
彼女の笑顔は太陽みたいに明るくて、見ているだけで息がしやすくなる。
悠真はパンをかじりながら、ぼんやりと空を見上げた。
「……ひよりって、すごいよな」
「え? なんでですか?」
「いつも笑ってるし、誰にでも優しいし。見てると、ちょっと救われる」
「そ、そんなこと言われたら……照れますよ」
ひよりが頬を赤く染めて俯く。
その仕草が、理央とはまったく違う可愛らしさを持っていた。
その瞬間――
中庭の入り口で、誰かがこちらを見ている気配を感じた。
振り向くと、理央が立っていた。
風に髪を揺らしながら、少しだけ表情を固くして。
「……ごめん。探したの」
「理央……」
「お昼、一緒に食べるって……言ってたじゃない」
「あ――そう、だったな。ごめん、ちょっと流れで……」
理央は微笑もうとしたが、その笑みはどこかぎこちなかった。
ひよりが気まずそうに立ち上がる。
「あ、私、教室戻りますね! ごちそうさまでした!」
そう言って小走りに去っていく。
残された空気は、少し冷たく、張りつめていた。
「別に怒ってるわけじゃないの。ただ……なんか、胸の奥がざわつくの」
理央は小さな声で言う。
「ひよりちゃんのこと、責めてるわけじゃないけど、あの子の笑顔、ずるいわね」
「理央……」
「私、ああいうふうに上手く笑えないのよ。いつも無愛想で、損してる」
その言葉に、悠真は少しだけ胸が痛んだ。
「理央の笑顔、俺は好きだけどな」
「……それ、ずるい。そんなふうに言われたら、何も言えないじゃない」
理央はそっぽを向いて、頬を赤く染める。
その姿があまりに可愛くて、思わず笑みがこぼれた。
けれど、胸の奥では別の感情も渦巻いていた。
――理央とひより。
二人の間にある対照的な光と影。
どちらも嘘じゃない気持ちだからこそ、踏み出すのが怖い。
その日の帰り道、悠真はひとりで歩きながら呟いた。
「好きって、こんなに難しいものなのか……」
答えのない問いが、夕暮れの空に溶けていく。
ふと見上げた雲の隙間に、赤く沈む太陽が覗いていた。
それはまるで、揺れる心を映すかのように、淡く滲んでいた。
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