第20話 はじめまして、先輩!
昼休みの校庭。
日差しを避けてベンチに腰掛けていた悠真は、ポニーテールを揺らして駆け寄ってくる少女の姿に思わずまばたきをした。
「天城先輩ですよねっ!」
突然の呼びかけに少し驚いたが、その声にはどこか聞き覚えがあった。
「……誰?」
「わっ、ひどいですっ。覚えてませんか? 一年前、中学の図書室で──」
「……ああ」
思い出す。
誰にも気づかれなかったあの日、自分がこっそり棚に本を戻していたとき、後ろから聞こえてきた声。
「すごいですね、あんな厚い本、ちゃんと読み終えたんですか?」
その純粋なまなざしと、無邪気な笑顔。
「あの時の子が、七瀬……?」
「はいっ、七瀬ひよりです。いまは一年三組で、体育祭の実行委員してて……今日、先輩がリレーに出るって聞いて、つい!」
言葉の勢いに押されるように、悠真はわずかに目を見開いた。
ひよりは小柄で、声も高く、笑顔が似合う典型的な元気系の後輩だった。だがその言動には、妙に裏表のないまっすぐさがあった。
「……なんで、俺なんかに?」
「だって、あの時見たんです。先輩、一人で黙々と頑張ってて……誰にも気づかれなくても、手を抜かなくて。かっこよかったです!」
にっこりと、太陽のように笑う彼女に、悠真は自然と目をそらしてしまった。
「……別に、あれは……」
「私、あの日からずっと憧れてました。……先輩のこと、もう一度見つけられて、本当に嬉しいです!」
ストレートな想いに、悠真はしばし言葉を失った。
周囲から否定されるのに慣れていた自分にとって、無条件で「憧れていた」と言ってくれる存在は、あまりにも眩しかった。
「……ありがとな」
ぼそりと漏らしたその一言に、ひよりの笑顔はさらに大きくなる。
「これからも、頑張ってくださいねっ! 私も、全力で応援しますから!」
そう言って、ひよりは軽く手を振りながら走り去っていった。
残された悠真は、しばしその背中を見送ったあと、苦笑する。
(なんなんだ、あの子……)
だが、不思議と気分は悪くなかった。
◇
放課後、教室の窓辺。
理央は鞄を抱えたまま、グラウンドに目を向けていた。
そこには、走り込みをしているひよりの姿と、その様子をじっと見つめる悠真。
……ただの後輩。そう言い聞かせようとする。
だが、彼女の中で得体の知れないざわめきが止まらなかった。
(……私、また遅れてるの?)
以前は、誰よりも早く悠真に気づいていたはずなのに。
その確信が、ほんの少しだけ揺れた気がして、理央はぎゅっと鞄の紐を握り締めた。
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