第16話 証明される存在

朝の教室。ざわめきがひときわ大きい。


「どうなってんだよ、今日……」


「Wi-Fi繋がんねえし、提出用のクラウドも開けねえ!」


 生徒たちが騒ぎ立てる中、担任の真鍋先生も額に手を当てていた。


「学内システム全体がダウンしているらしい。原因は不明だが、しばらく授業に支障が出るかもしれないな……」


 IT化の進んだこの学園では、授業資料の閲覧、課題の提出、連絡事項の確認まで、ほとんどが校内ネットワークを介して行われている。突然のダウンは、そのまま授業機能の停止を意味していた。


 ざわつく教室の片隅、天城悠真はただ静かにノートパソコンの画面を見つめていた。


(……これは、外部からのアクセスじゃないな)


 彼の指が、慣れた手つきでキーボードを打つ。問題の原因――古い管理サーバーに残っていた設定ファイルの不整合――を数分で特定すると、悠真は迷わずシステム管理ページにアクセスした。


 本来なら学園の職員でなければ触れない領域。だが、彼にはアクセス経路も管理者権限も既に備わっていた。


(……助けを待っているだけの“受け身”は、もう終わりにしよう)


 この瞬間、彼は自ら動くことを選んだ。


「先生、少しだけお時間をいただけますか」


 悠真が立ち上がり、真鍋先生にそう声をかけたとき、教室の空気が一変した。


「え? 天城……お前、何か知ってるのか?」


「ある程度は。原因の特定と、応急処置なら可能だと思います」


 その言葉に、先生も生徒も目を見張った。


 悠真は手早く黒板横の端末にノートパソコンを接続する。数分後、システムの再起動が始まり、教室のWi-Fiが回復。続いてクラウドサーバーにも正常にアクセスできるようになった。


「直った……」


「うそ……マジかよ、あいつが……?」


 歓声が上がる中、真鍋先生は目を丸くしていた。


「君……どうしてそんなことが?」


「……趣味みたいなものです。あと、少しだけ事情があって」


 悠真は飄々とした口調で答えるが、その姿に誰もが視線を奪われていた。


 その場面を、理央と美羽はそれぞれの想いで見つめていた。


 理央は、驚きの中にどこか安心を感じていた。


(やっぱり……あのとき、偶然見かけた彼の作業。あれは偶然じゃない。彼は――本当に、有能なんだ)


 無表情の仮面の下に、理央の目は静かに揺れていた。


 一方、美羽は、こわばった顔のまま立ち尽くしていた。


(どういうこと……? こんなこと、いつの間にできるようになって……)


 思い出す。中学時代、悠真は何をしても「中途半端」だった。


 不器用で、空気も読めず、でもどこか自信ありげで――だからこそ嫌だった。


 けれど今、目の前の彼は誰よりも冷静で、そして確実に“問題を解決できる存在”として、皆に見られている。


「天城、マジですごくね?」


「IT系の会社とか、普通に内定出るだろ……」


「ていうか、あの静けさもカッコよく見えてきた……」


 そんな声が、美羽の耳に突き刺さった。


(……認めたくない。でも、これは現実なんだ)


 誤解と怒り、そして焦りの狭間で揺れていた美羽の中に、ある種の感情が芽を出し始めていた。


(私の知らない“天城悠真”が……ここにいる)


 そして放課後。


 理央は、階段の踊り場で悠真に声をかけた。


「ねえ、今日のこと……どうしてあんなに冷静にできたの?」


「別に。慣れてるだけだよ。トラブル処理って、意外とパターン化できるから」


 相変わらず素っ気ない答え。それでも、理央は嬉しそうに微笑んだ。


「ふふ……なんだか、“本当の君”に近づいた気がする」


「……そうかもね」


 悠真も、わずかに口元を緩めた。


 証明された“有能さ”。


 それは、彼の存在を確かなものに変え、周囲との関係にも小さな変化をもたらしていく。

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