第14話 副業という裏の顔
きっかけは、何気ない昼休みの会話だった。
「なあ、聞いたか? 天城って……なんか副業してるらしいぞ」
その言葉が、まるで火種のように広がっていった。
最初は些細な興味だった。「あの地味なやつが?」「冗談だろ」――そんな半信半疑の空気。しかし、クラスの数人が口をそろえて「マジらしい」「なんかプログラムとか作ってるって」と言い出すと、その話は一気に広まり、昼休みの教室はさながら噂話の渦となった。
「なんか、スマホアプリの開発とかしてるって」 「デザインの仕事も受けてるって聞いた」 「まさか、裏で金稼いでるなんてな……」
最初に噂を流したのは、おそらく図書室で悠真が参考書を読んでいたのを見た誰かだ。内容はまちまちだったが、共通していたのは“無能”とされていた悠真の、あまりに意外な顔だった。
「まさか、あいつがそんな……」 「いや、でも地味すぎるだろ」 「……いや、逆にそれが怪しい」
面白半分の軽口、嫉妬、好奇心――いくつもの感情が教室内を駆け巡る。
けれど、当の本人は至って平然としていた。
天城悠真は、いつも通りの無表情で、静かに席に座っていた。誰かに話しかけられても、「さあ」と言葉を濁し、明確な否定もしなければ肯定もしない。
だが、それが火に油を注いだ。
「否定しないってことは、やっぱり本当なんじゃ……?」 「ってことは、あいつ……金持ちかも?」 「え、まさか裏でとんでもない稼ぎ方してる……?」
理央もまた、その噂を耳にしていた。半信半疑の中で、彼の過去の行動が脳裏をよぎる。
(……図書室で見た、あのプログラムの設計図。美羽とのやり取り。あれは、全部伏線だった?)
その日の放課後。理央は、気づけば悠真の元へ足を運んでいた。
「あなた、何をしてるの?」
教室に残っていたのは、悠真と理央だけ。彼はパソコンの画面を閉じ、視線を上げる。
「仕事だよ。ちょっとした依頼を片付けてた」
「やっぱり……副業、してたのね」
悠真は否定もせず、肯定もせず、ただ肩をすくめる。
「本当のことを言えば、面倒が増えるだけだろ。誤解されて、騒がれて……それを楽しむやつもいる。だから黙ってただけさ」
「じゃあ、なんで今日は隠そうとしなかったの?」
理央の問いに、悠真はほんの一瞬だけ笑った。
「“少しだけ”泳がせてみたくなった。……どれくらい、人は都合よく騒ぐのかって」
「……それ、全部計算のうちだったの?」
「大げさに言えば、そうなるかな。でも……計算ってほどじゃない。ただ、現実を見せたかっただけさ。誰も、真実より“面白い物語”を選ぶってことをね」
その言葉に、理央は静かに息をのんだ。
この少年は、ただの有能ではない。人の心理を見抜き、それを巧妙に利用する冷静さを持っている。
(……怖いくらい、読みが深い)
けれど、それでも彼を“恐ろしい”とは思えなかった。むしろ、孤独の中で、誰にも期待せず、誰にも頼らず、それでも前に進もうとしている姿に、理央は奇妙な共感を覚えていた。
「ねえ、悠真くん」
「ん?」
「……あなた、本当はすごい人なのよ。自覚、あるでしょ?」
「それを言われると、ますます面倒が増える」
「でも、それでも言うわ。私は、あなたをただの“地味なやつ”とは思えない」
悠真はしばらく黙っていたが、やがてぽつりとつぶやいた。
「……ありがとう」
それは、ほんのかすかな声だった。
誰かに肯定されることが、どれだけ彼にとって遠いものだったか。理央はその一言に、彼の“本当の孤独”を見た気がした。
翌日、噂はさらに広がった。
「本当にアプリ作ってたらしい」 「なんか、結構有名なサイトに掲載されたとか」 「やば……俺より稼いでる説あるな」
だが、悠真は動じない。むしろ、その“副業”の情報が、彼の存在を一気に周囲の視界へと押し上げていった。
美羽は、その様子を遠巻きに見つめながら、拳を強く握りしめていた。
(まさか、こんな形で……)
忘れたはずの痛みが、胸を突いた。
――一方で、理央の中には確かな想いが芽生え始めていた。
(この人は、もっと評価されるべき。私は……その一歩を見逃したくない)
天城悠真。その存在が、少しずつ、しかし確実に“表舞台”に近づき始めていた。
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学生のバイトではない働き方という意味で「副業」と書いていますが合っているのでしょうか?
知っている方がいれば教えてください。
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