ラッコさんの貝殻(短編)

桶底

いつものことだけども--

 森の広場で、ウサギさんとリスさんが貝殻を使ってキャッチボールをしていました。木陰では、審判役のカメさんがのんびりとその様子を眺めています。


 ところが、リスさんが飛んできた貝殻を取り損なってしまいました。ポーンと弧を描いて飛んでいったそれは、森の奥へと消えてしまいます。


 「おい、ちゃんと拾ってこいよ」

 「ごめん……私、ドジだから……」


 リスさんはしょんぼりと肩を落としながら、貝殻を探しに行きました。ウサギさんとカメさんも、彼女の後を追います。というのも、あの貝殻は友達のラッコさんから借りた大切なもので、どうしても返さなければいけなかったのです。


 


 「……あったよ」

 先に見つけたのはカメさんでした。


 三匹が集まって見てみると、貝殻は──なんと、木に寄りかかって眠る狩人の帽子の上に、ぽとりと乗っていたのです。


 「わあ……ごめんなさい、ごめんなさい。私のせいで……」


 リスさんは目に涙をためながら言いました。

 「どうせ私が取りに行けって言うんでしょ?」


 「そりゃそうだ。お前以外に誰がいるんだよ」

 「審判は、投げ合いには参加してないからね」


 二匹の反応に、リスさんはさらに縮こまりました。狩人の存在が怖くて、どうしても体が前に出せません。


 「早く取って来いよ。ラッコさんに怒られるぞ」

 ウサギさんの口調はどんどんきつくなっていきました。

 カメさんはただ、のんびりとうなずくだけ。自分は発見者としての役目を終えたと言わんばかりでした。


 「ねえ、一緒に来てくれないかな……」

 「なんで俺が行かなきゃいけないんだよ」

 「だって、ウサギさんも投げてたじゃない……」

 「うだうだ言ってないで、さっさと取ってこいよ!」


 とうとうリスさんはぐいぐいと背中を押され、目を回しながら叫び出しました。


 「うわああ! もうイヤーーーッ!!」


 そのまま走り出すリスさんを、二匹は呆れたように見送りました。


 「なんて無責任なんだ……」

 「ったく、ありえねえよな……でも俺も行くのは嫌だ」


 二匹は地面に座り込み、リスさんが戻ってくるのを待つことにしました。どうせまた、彼女が何だかんだ言いながら自分で行くはず──そう信じて。


 


 しかし今日のリスさんは、いつもとは違いました。


 彼女が向かったのは、ラッコさんのもとだったのです。


 「うう……ごめんなさい、ごめんなさい……! あの貝殻、取りに行けなかったの……!」


 涙ながらに事情を話すリスさんの言葉は、めちゃくちゃで要領を得ません。それでもラッコさんは、なんとか話を理解して、にっこりと微笑みました。


 「危ないなら仕方ないよ。貝殻はあきらめるよ。……でも、リスくんだけが悪いわけじゃないよ。貝殻を投げたウサギくんにも、責任があるはずだ」


 


 すっかり気を落ち着けたリスさんは、ゆっくりとうなずきながらウサギさんたちのもとへ戻りました。


 


 「おう、お帰りリスさん。お前の仕事、俺たちが取っておいてやったぞ」


 その言葉に、リスさんの中で何かがカチンと弾けました。

 二匹はのんきにおやつを食べながら、貝殻のことはまるで他人事のように扱っていたのです。


 「ちょっと待ってよ。ウサギさんが強く投げたせいで、私が取れなかったんだよ? だったら、あなたが取りに行くべきじゃないの?」


 その反論に、ウサギさんは目を見開き、言葉を失いました。

 せっかくのおやつも、もう喉を通りません。


 「な、なんだとこの……! 俺だって死にたくないんだよ! 狩人に近づけるかっての!」


 「そんなの私だって同じ! 死にたくないよ! ……水も飲めないし、おやつなんて食べてないし!」


 いつになく勢いづくリスさんの姿に、ウサギさんはたじろぎました。

 それでも、最後はリスさんが引くと高をくくっていたのです。


 そうして言い争いが続くなか、様子を見かねたラッコさんがひょっこり現れました。どうやら、こっそり一部始終を見ていたようです。


 


 「まったく、困った子たちだね。リスくん、貝殻は諦めるって言ったのに、どうして教えてあげなかったの?」


 ラッコさんにそう言われて、リスさんは小さく震えながら「ごめんなさい、ごめんなさい」と呪文のように繰り返しました。


 「ウサギくん。どうしてすぐ僕のところに来なかったの? 僕って、そんなに怖そうに見えたかな?」


 ウサギさんは視線を逸らし、口笛を吹いたあと、小さく「……悪かったよ」とつぶやきました。


 


 そのあと、ラッコさんは狩人の様子を見に行きました。まだぐうぐうと眠っているようです。


 「ふむ。起こさなければ、そっと取れそうだね」


 ラッコさんがゆっくり歩き出したそのとき、ウサギさんが急に強気な口調になりました。


 「……俺が行ってやるよ。最初からそのつもりだったんだ。冗談を真に受けるからややこしくなるんだって」


 ラッコさんは一歩引いて、リスさんのそばで見守ることにしました。

 リスさんは体を震わせながら、ラッコさんにしがみついています。


 「お前らは本当に臆病だな……俺にかかればこんなの──」


 その瞬間。


 足元で、パキッという音が鳴りました。


 ウサギさんが踏んだ枝が、折れたのです。

 そしてその音に、狩人が目を覚ましました。


 


 「うわあああっ!!」


 ウサギさんは叫び声を上げて走り去り、カメさんもいつの間にか姿を消していました。


 


 残されたのは、リスさんとラッコさんの二匹だけ。

 リスさんは驚きで動けないのか、それとも──

 けれど、もう震えてはいませんでした。


 


 「やあ、森の動物たち。……どうかしたのかい?」


 狩人はゆっくりと立ち上がり、自分の帽子から何かが落ちたことに気づきました。

 それは──ラッコさんの貝殻でした。


 「これのことか。なんだ、さっきから騒がしかったのはそのせいか」


 狩人は貝殻を手に取り、軽く投げてラッコさんへと返してくれました。

 それから、何事もなかったように森の奥へと歩いて行ったのです。


 


 リスさんは、その場でへたり込んでしまいました。

 けれどラッコさんは、胸をなでおろしながら、にこりと笑いました。


 「……僕たち、勝手に怖がってただけだったみたいだね。狩人にも、いい人がいるんだなあ」


 ラッコさんは、返ってきた貝殻をそっと抱きしめました。

 そして、それ以降──その貝殻が彼の手から離れることは、二度となかったのだそうです。

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ラッコさんの貝殻(短編) 桶底 @okenozoko

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