第12話「双子の運命」

守護者の隠れ家に身を寄せてから一週間が過ぎた。春の日差しが窓から差し込み、テーブルに広げられた古文書を優しく照らしている。ヴィオレットとセレストは熱心に資料を調べていた。二人の間柄が姉妹だと知ってから、彼らの絆は日に日に強くなっていた。


「この文書によると」セレストは古い羊皮紙を指さした。「双子の力が最も強まるのは、『赤き月』と呼ばれる特別な満月の夜だけなのよ」


「それはいつ?」ヴィオレットが尋ねた。


「三年に一度」セレストは答えた。「そして、その次の満月が…」


「月光舞踏会の夜ね」ヴィオレットは理解した。


セレストは頷いた。彼女の腕の刻印は薄くなっていたが、まだ完全には消えていなかった。それは「赤き月」との繋がりが弱まったものの、完全には断ち切れていないことを示していた。


「姉さん」セレストが真剣な表情で言った。「私、まだドラクロワの声が聞こえることがあるの…夢の中で」


ヴィオレットは心配そうに妹を見つめた。「どんな?」


「彼はまだ私を呼んでいる」セレストは震える声で言った。「『帰ってこい、我が女王よ』って」


「あなたは彼のものじゃない」ヴィオレットは強く言った。「あなたは自由よ」


「でも、簡単じゃないの」セレストは窓の外を見つめた。「十五年もの間、彼の言葉を信じ、『赤き月』の教えを受け入れてきた。それを一週間で消し去ることはできない」


ヴィオレットは彼女の手を取った。「理解しているわ。時間をかければいい。大切なのは、あなたが自分の意志で選択できるということよ」


部屋のドアが開き、フレデリックとレイモンドが入ってきた。彼らの表情は明るく、何か良いニュースがあるようだった。


「王太子からの返信が届きました」フレデリックは小さな封筒を差し出した。


先日、彼らは密かに王太子アレクサンダーに連絡を取り、協力を求めていた。セレストの状況と、ドラクロワの真の目的について詳しく説明した手紙だ。


ヴィオレットは封筒を開け、中の手紙を読み上げた。「『メッセージを受け取りました。私もドラクロワに疑念を抱いていました。明後日の夜、森の東の小屋で会いましょう。一人で行きます。信頼しています。アレクサンダー』」


「彼は協力してくれるのね」セレストは安堵の表情を見せた。


「警戒すべきだ」レイモンドは冷静に言った。「罠の可能性もある」


「王太子は信頼できる人物です」セレストは彼を弁護した。「彼もドラクロワに懸念を持っていることは確かです」


「それでも用心に越したことはない」フレデリックは言った。「守護者たちに周辺を警戒させましょう」


ヴィオレットは手紙を再読みながら考え込んだ。前世では、アレクサンダー王太子は彼女の婚約者となり、その後彼女を裏切った。しかし、今回の時間軸では、彼女とセレストの行動により、状況は大きく変わっていた。


「私たちは二人で行くわ」ヴィオレットは決めた。「セレストと私」


「危険です」レイモンドは反対した。


「二人なら、どんな状況にも対応できる」ヴィオレットは自信を持って言った。「それに、王太子に双子の力を見せることで、彼の信頼を得られるかもしれない」


セレストは頷いた。「そうね。彼に真実を示せば、より強力な同盟者になるでしょう」


フレデリックはまだ懸念を抱いていたが、最終的に同意した。「周囲に守護者たちを配置します。何かあればすぐに介入できるように」


昼食後、ヴィオレットとセレストは館の裏庭で特別な訓練を始めた。イザベラの指導の下、彼らは双子としての力を制御する方法を学んでいた。


「集中して」イザベラは二人に言った。「あなたたちの力は反発し合うのではなく、調和すべきもの」


ヴィオレットは月環を掲げ、セレストは聖印を握り締めた。二人は向かい合い、互いに深呼吸した。


「心を開いて」イザベラが言った。「姉妹として、血を分けた双子として、互いを感じて」


月環が青く光り始め、聖印が赤く応えた。二つの光が伸びていき、中央で交わると、美しい紫色の輝きが生まれた。


「すごい…」セレストは息を呑んだ。


「これが双子の力…」ヴィオレットも驚きに目を見開いた。


「良いわ」イザベラは満足そうに頷いた。「あなたたちの力は確かに繋がっている。この結びつきが『時間の儀式』を阻止する鍵になるでしょう」


訓練は続き、二人は徐々に力のコントロールを身につけていった。月環と聖印の光を自在に操り、時には小さな時間の歪みを生み出すことさえできるようになった。


「ねえ、姉さん」セレストは休憩時間に尋ねた。「私たちの力って、本当に時間を操ることができるの?」


ヴィオレットは一瞬躊躇った。彼女はまだセレストに時間遡行の能力について話していなかった。


「伝説ではそう言われているわ」彼女は慎重に答えた。「レオナルド・ルナリス王は、月環と羽飾りの力で過去を見て、未来を予測したって」


「それで彼は王国を繁栄させたのね」セレストは感心した様子で言った。「でも、そんな力があれば…ドラクロワが欲しがるのも分かる気がする」


「力そのものは悪くないわ」ヴィオレットは静かに言った。「問題は、その使い方よ」


「私たちはどう使うべきなの?」セレストが真摯に尋ねた。


「守るため」ヴィオレットは迷いなく答えた。「大切な人たちを、王国を、そして未来を守るため」


セレストは微笑んだが、その目には複雑な感情が浮かんでいた。「十五年間…私は『時間の女王』になるよう教育されてきたの。世界を作り変える力を持つ存在として」


「それはドラクロワの望みであって、あなたの望みじゃない」ヴィオレットは優しく言った。


「でも…」セレストは目を伏せた。「時々、その力を感じると、興奮するの。世界を変えられる力…それは誘惑的よ」


ヴィオレットは妹の告白に驚いた。セレストの心の奥には、まだ「赤き月」の教えが残っているのかもしれない。


「誘惑に負けないで」彼女は真剣に言った。「そんな力を一人が持てば、それは必ず悲劇を生む」


「分かっているわ」セレストは頷いた。「だから、あなたがいるのね。私を正しい道に導くために」


二人は互いを見つめ、静かな理解を交わした。それは双子の特別な結びつき、言葉なしでも通じ合える絆だった。


「私たちは違う道を歩んできた」セレストは静かに言った。「あなたは守護者に守られ、私は『赤き月』に育てられた。それでも、私たちは姉妹よ」


「そう」ヴィオレットは彼女の手を握った。「そして、これからは一緒に歩むわ」


日が暮れ始めると、守護者たちは夕食の準備を始めた。隠れ家の食堂では、フレデリックがヴィオレットに近づいてきた。


「少し話せますか?」彼は静かに尋ねた。


二人は外の小さなテラスに出た。夕焼けが森を赤く染め、美しい景色が広がっていた。


「セレストのことが心配です」フレデリックはためらいがちに切り出した。


「どういうこと?」


「彼女の目に時々、かすかな赤い光が宿るのを見ました」彼は真剣な表情で言った。「『赤き月』の影響がまだ完全には消えていないようです」


「私も気づいているわ」ヴィオレットは静かに認めた。「彼女自身も不安を感じているみたい」


「彼女が『時間の儀式』の最中に、再び『赤き月』の影響下に戻ったらどうします?」フレデリックの声には懸念が滲んでいた。


「そうはならないわ」ヴィオレットは強く言った。「私が彼女を守る」


「だが、もし…」


「その時は」彼女は深呼吸した。「最後の手段として、月環の最後の残機を使う」


フレデリックの表情に驚きが走った。「そんな!それは最も危険な状況のために取っておくべきものだ」


「セレストを救うことこそ、私の最優先事項よ」ヴィオレットはきっぱりと言った。「彼女は十五年間、苦しんできた。もう二度と彼女を失わない」


フレデリックは彼女の決意を感じ取り、黙って頷いた。「わかりました。だが、それは最後の手段としてください」


「もちろん」彼女は微笑んだ。「あなたの心配、ありがとう」


夕食時、セレストは昔の記憶について語り始めた。彼女の記憶は日に日に鮮明になっていた。


「私たちの母は、よく歌を歌ってくれたわ」彼女は懐かしそうに言った。「そして父は…厳しかったけど、時々私たちを肩車してくれた」


「そうだったわね」ヴィオレットも嬉しそうに頷いた。「父は私たちを『我が家の星』と呼んでいたわ」


「星…」セレストは思い出すように目を閉じた。「そう、私はセレスティア、あなたはヴィオレット。天と地の色…」


「母は『双子は宇宙の調和を映す鏡』と言っていたわ」ヴィオレットは言った。


「でも、なぜ父は私を『赤き月』に?」セレストの表情が曇った。


イザベラが静かに口を開いた。「ヴィクター伯爵は、ドラクロワに惑わされたのです。彼は真の王家の血を引く娘たちを、いつか王位に就かせたいと願っていました」


「それで彼は一人の娘を犠牲にした?」セレストは信じられないという表情だった。


「彼は『双子の力を分ければ、より強大になる』というドラクロワの嘘を信じてしまったのです」イザベラは悲しげに言った。「あなたを『赤き月』に預け、ヴィオレットを守護者に託すことで、どちらの力も最大化すると考えたのでしょう」


「馬鹿げているわ」セレストは怒りを露わにした。「双子の力は一緒にいてこそ意味がある」


「そうよ」ヴィオレットは同意した。「だからこそ、ドラクロワは私たちを引き離し続けたのね」


夜が更け、姉妹は屋根の上に座り、星空を見上げていた。満月はまだ半月ほどだったが、それでも明るく夜空を照らしていた。


「月って美しいわね」セレストは感慨深げに言った。


「ええ」ヴィオレットは頷いた。「でも、伝説の『赤き月』はどんなものなのかしら」


「ドラクロワによれば」セレストは思い出すように言った。「『赤き月』は月が血の色に染まる現象。その夜、時間の境界が薄れ、過去と未来が交わるとされているわ」


「それが月光舞踏会の夜に起きるの?」


「そう」セレストは頷いた。「三年に一度の特別な満月。その夜に『時間の儀式』が行われると、時間を支配する力が解放されるというの」


「だから彼はそんなに急いでいるのね」ヴィオレットは理解した。「次の機会まで三年も待てないから」


二人は静かに夜空を見つめ続けた。星々が瞬き、微かな風が二人の髪を揺らした。


「姉さん」セレストは突然言った。「もし私が再び『赤き月』の影響に戻ったら…私を止めて」


「セレスト…」


「約束して」彼女は真剣な表情でヴィオレットを見つめた。「私は二度と操り人形になりたくない。たとえそれが私を傷つけることになっても」


ヴィオレットは彼女の手を強く握った。「そうはならないわ。私が守るから」


「でも、もしものことを考えて」セレストは譲らなかった。「私がドラクロワの言いなりになって、あなたを傷つけようとしたら…」


「その時は」ヴィオレットは深呼吸した。「あなたを救い出すわ。どんな犠牲を払ってでも」


セレストはその言葉に安心したように頷いた。「ありがとう、姉さん」


二人は再び星空を見上げた。明日は王太子との会見。そして、その先には月光舞踏会が待っている。運命の日は刻一刻と近づいていた。


翌日、ヴィオレットとセレストは最後の訓練に取り組んでいた。彼らの力は日に日に強くなり、二人で協力すれば、小さな時間の歪みを自在に操れるようになっていた。


「もう一度」イザベラは指示した。「力を合わせて、あの花の時間を戻して」


庭に咲く一輪の花は、既に枯れ始めていた。二人は集中し、月環と聖印を向かい合わせた。青と赤の光が混ざり、紫の光の筋が花に向かって伸びた。


すると不思議なことに、枯れかけていた花が徐々に若返り始めた。花びらが開き、色が戻り、やがて満開の状態になった。


「素晴らしい」イザベラは拍手した。「あなたたちの力は確かに強まっています」


「でも、大きなものは無理ね」セレストは少し疲れた様子で言った。「人一人の時間を操るのも難しい」


「それで十分です」イザベラは言った。「目的は時間を完全に支配することではなく、『時間の儀式』を阻止することですから」


ヴィオレットは月環を見つめた。その表面には亀裂が入り、かつてのような完全な輝きはなかった。「月環も弱っているわ」


「それでも」イザベラは彼女を励ました。「あなたたち双子の絆があれば、十分に対抗できるでしょう」


夕方、ヴィオレットとセレストは王太子との会見に備えていた。彼らは普段着に近い質素な服を選び、目立たないよう配慮した。


「気をつけて」フレデリックは彼らを見送りながら言った。「何か怪しいと思ったらすぐに撤退してください」


「分かっているわ」ヴィオレットは頷いた。「守護者たちの位置も確認した」


「王太子は信頼できる人よ」セレストは付け加えた。「彼もまた、ドラクロワの野心を懸念しているわ」


二人は馬に乗り、森の中の小道を進んだ。暗くなり始めた森の中で、彼らは慎重に周囲を警戒しながら進んだ。


「あの小屋が見えるわ」セレストは前方を指さした。


古い狩猟小屋が木々の間に見えた。窓からは弱い明かりが漏れている。王太子は既に到着しているようだった。


二人は馬から降り、慎重に小屋に近づいた。ヴィオレットはノックする前に、セレストに目配せした。


「準備はいい?」


「ええ」セレストは頷いた。彼女の聖印が薄く光り始めていた。


ヴィオレットがドアをノックすると、中から「どうぞ」という声が聞こえた。それは確かにアレクサンダー王太子の声だった。


二人は小屋に入った。中には簡素な家具しかなく、暖炉の火が部屋を照らしていた。そして、テーブルの前に立っていたのは、アレクサンダー王太子だった。彼は普段の華やかな衣装ではなく、シンプルな服を着ていた。


「セレスト、ヴィオレット」王太子は二人を見て微笑んだ。「来てくれて嬉しい」


「殿下」ヴィオレットは警戒を解かずに言った。「お一人できたのですか?」


「ああ」彼は頷いた。「誰にも気づかれないよう、変装して来た。私の護衛も外で待機している」


「なぜ私たちを信用するのですか?」セレストが直接尋ねた。


王太子は真剣な表情になった。「私はドラクロワを長年疑っていた。彼は父の信頼を得ているが、私には彼の本質が見えていた。そして、セレスト、あなたの『聖女』の役割が不自然に感じていた」


「不自然?」


「ああ」アレクサンダーは続けた。「あなたは純粋で善良だが、時々…何か別の人格が垣間見えた。特に満月の夜は」


セレストは少し動揺した様子で頷いた。「ドラクロワの影響です」


「そして」王太子はヴィオレットを見た。「あなたとセレストの類似性。初めて二人を同じ場所で見た時、即座に気づいた。二人は姉妹だ」


「双子です」ヴィオレットは正直に認めた。「そして、ドラクロワは私たちの力を利用しようとしています」


アレクサンダーは椅子に座るよう二人に勧めた。「詳しく聞かせてくれ。ドラクロワの真の目的は何だ?」


ヴィオレットとセレストは交互に説明した。「赤き月」の計画、「時間の儀式」、そしてドラクロワが時間を操る力を得ようとしていることについて。王太子は静かに聞き入り、時折深く頷いた。


「そして、あなたたち双子の力が鍵になる…」彼は理解を示した。「月環と太陽の羽飾り…」


「はい」セレストは聖印を取り出した。「これは太陽の羽飾りの一部です」


「それで、私に何を望む?」王太子は真剣に尋ねた。


「月光舞踏会でドラクロワを阻止する手助けを」ヴィオレットは言った。「彼は儀式の最中、最も脆弱になるでしょう。その時に彼を捕らえる必要があります」


アレクサンダーは考え込んだ。「難しい問題だ。ドラクロワは宮廷で強い権力を持っている。彼を公然と糾弾するのは危険だ」


「でも、彼が時間の力を手に入れれば」セレストは警告した。「殿下でさえ危険に晒されます」


「わかっている」王太子は重々しく頷いた。「父は既に彼の影響下にある。私は孤立している」


「だからこそ、私たちは協力すべきなのです」ヴィオレットは言った。


「信頼できる証拠が欲しい」アレクサンダーは静かに言った。「あなたたちの力が本物だという」


ヴィオレットとセレストは顔を見合わせ、立ち上がった。二人は部屋の中央に向かい合って立ち、手を取り合った。


「見ていてください」セレストは王太子に言った。


二人は集中し、月環と聖印を合わせた。青と赤の光が混ざり合い、紫の輝きが部屋を満たし始めた。光は徐々に強まり、やがて小さな時間の渦が二人の間に形成された。


「これが…双子の力…」ヴィオレットは力を抑えながら言った。


渦の中に映像が現れ始めた。それは過去と未来の断片。ルナリア王国の創設者レオナルド王の姿、そして…赤く染まった月の下で行われる儀式の光景。


「信じられない…」アレクサンダーは立ち上がり、渦に近づいた。「これが時間の力…」


ヴィオレットとセレストは力を抑え、光が徐々に消えていった。二人とも少し疲れた様子だったが、直立していた。


「証拠に足りますか?」セレストが尋ねた。


アレクサンダーは深く頷いた。「十分だ。あなたたちの言葉を信じる」


「では、協力していただけますか?」ヴィオレットが尋ねた。


「ああ」王太子は決意を表明した。「ドラクロワを阻止するためなら、私の力を貸そう」


彼らは計画を練り始めた。月光舞踏会での配置、信頼できる衛兵の確保、そして儀式が始まった時の対応策について。


「ドラクロワは舞踏会の最中、深夜零時に儀式を行おうとするでしょう」セレストは説明した。「その時、月光がシャンデリアを通じて増幅され、儀式の場が準備されます」


「彼は私たちを必要としているはず」ヴィオレットが続けた。「特にセレストを。彼は彼女を『時間の女王』にしようとしている」


「理解した」アレクサンダーは言った。「私は舞踏会の警備を再編成し、信頼できる者たちを配置する。そして、儀式が始まる時、我々は行動を起こす」


話し合いが終わりに近づいた頃、セレストが突然頭を抱えた。彼女の顔から血の気が引き、目が赤く光り始めた。


「セレスト?」ヴィオレットは心配そうに彼女に駆け寄った。


「大丈夫…」セレストは震える声で言った。「でも…彼の声が…」


「ドラクロワ?」


「ええ」彼女は苦しそうに頷いた。「彼は月光舞踏会に向けて力を高めている。私の刻印を通じて…」


ヴィオレットは即座に月環を掲げ、その光でセレストを包み込んだ。青い光が彼女の体を覆うと、赤い光が弱まり始めた。


「落ち着いて」ヴィオレットは優しく言った。「あなたは自由よ。彼の声に従う必要はない」


セレストは徐々に落ち着きを取り戻した。「ありがとう、姉さん」


アレクサンダーは驚きと懸念の表情でこの光景を見ていた。「彼の力はそこまで及ぶのか…」


「月が満ちるにつれ、彼の力も強まります」セレストは説明した。「月光舞踏会の夜は、彼の力が最高潮に達するでしょう」


「だからこそ、私たちは一緒にいる必要があるのね」ヴィオレットは理解した。「一人ではドラクロワに対抗できない」


「警戒を強めねばならない」アレクサンダーは言った。「ドラクロワは既に動き始めているかもしれない」


会談を終え、外に出ると、夜はすっかり更けていた。満月に向かって徐々に満ちていく月が、森を銀色に照らしていた。


「殿下」別れ際、ヴィオレットは真剣に言った。「気をつけてください。ドラクロワはあなたも標的にするかもしれません」


「わかっている」アレクサンダーは頷いた。「私も用心する。そして、月光舞踏会でまた会おう」


王太子が馬に乗り、森の中に消えていくのを見送った後、ヴィオレットはセレストの状態を確認した。


「大丈夫?」


「ええ」セレストは弱々しく微笑んだ。「でも、ドラクロワの力が強まっているのを感じる。彼は私を取り戻そうとしているわ」


「私が守るから」ヴィオレットは彼女の手を強く握った。「もう二度と彼の手に渡さない」


二人は馬に乗り、隠れ家に戻る途中、セレストが突然言った。


「姉さん、私たちは違う道を選んだだけ」


「どういう意味?」


「私たちは双子として生まれ、別々の道を歩んできた」セレストは月を見上げながら言った。「でも、その選択は私たちを形作ってきた。あなたは守護者の道を、私は…別の道を」


「それが私たちを今の私たちにしたのね」ヴィオレットは理解した。


「そう」セレストは頷いた。彼女は聖印を取り出し、それを月明かりに掲げた。一瞬、太陽の羽飾りが赤く輝き、ヴィオレットの月環と共鳴するかのように見えた。


「私たちの道はまた交わった」セレストは静かに言った。「そして今度は、共に未来を作る時ね」


ヴィオレットは微笑み、月環を掲げた。「共に」


二人の遺物が放つ光が、暗い森を照らした。それは姉妹の絆の象徴であり、来たるべき戦いの前兆でもあった。月光舞踏会まで、残り時間はわずかだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る