第7話 “蒸留士”
ゴソ…ゴソゴソ…。
暗がりの中でリュックに必要なものを詰める。といっても、ここに来た時にあったものはほとんど焦げており、入れるものは最近必要になり取り揃えたものだ。水筒、ハンカチ、財布…ってこれじゃあ遠足じゃないか。
…そういえば、旅行に行く約束をしてたっけな。そうだ、セスとミモは話し合ったかな。仲直りできてるといいな…。って、俺にはもう関係のない話だ。
今回の報酬はヤシロさんから受け取らないことにした。言ってしまえばタダ働きだが、団長は『これは義理人情の話だ』と、これからも贔屓にしてもらう方針をとることで今回の依頼を終了した。
そして俺は今…
パチッ、と居間の電気がつく。少し驚き肩が跳ねる。後ろを振り向くと、ラングラスをしていない星の柄の寝巻きを着た団長がこちらを見ていた。
「なんだ、どこへ行くんだ?」
「…ちょっと夜風を浴びに。」
「その荷物でか?みんな寝ている。お前も早く寝るんだな。」
「………ああ。」
しばらくの間沈黙が続き、俺がそれを破った。
「…なあ団長、『家族』と『仲間』の違いってなんだと思う…?」
「ほう?」と、団長が相槌を打つ。いつの間にか、俺と団長は向かい合わせで座っていた。
「…ノースラルクに行く直前に、ミモに相談されたんだ。…セスが悩んでて、偶然それをミモが聞いてたらしくて。それで俺も考えてたんだ。その時はなんとか役に立とうって、偉そうなこと言っちゃったんだ。」
「それで?」
団長はひどく落ち着いていた。きっとこういういざこざは慣れているのだろう。でなければ、団長の座を任されることはないのかもしれない。俺は団長に改めて尊敬の眼差しを送った。
「俺、この間“狼”になっただろ?あの時は無我夢中で、何が何だかわからなかったけど…夢を見てたんだ。また呪いにあてられたのかもしれない。父親と出かけた先で事故に遭った記憶だ。俺は母親もいなくて…父親を失って、家族がなんなのかわかんなかったんだ。…俺は今でも知った気でいるのかもしれない。だから、団長は知ってるかなって思って。」
頬の傷を撫で、少し考え込んだ後、団長が口を開く。
「俺は…昔、幼馴染がいたんだ。若くして才に恵まれた、自由な少女だった。俺はそんな彼女を尊敬し、彼女もまた、俺をライバルとして認めてくれていたんだ。俺も、その関係が心地いいと感じていた。だが、ある日を境にそれすらかなわなくなった。…戦争以前のアカシア王国を知ってるか?」
団長に問われ、改めて考え直す。『人魔動乱』のイメージが強かったが、それより前の世界というのは、『砂族』や『呪い』がまだ存在しなかった頃か。
「…いや、『砂族』がいなかったんだろうな、って予想しか。」
「まあそうだな。それに近しい存在はいたが、空き巣だったり強盗だったり…言ってしまえば『窃盗団』だな。ま、どっちにしろ犯罪だがな。」
「話を戻そう。」と続ける。
「この世界は二年前まで『魔王』がいたんだ。文字通り、魔物と魔族を束ねる王だ。『魔族』といえば悪いイメージが強いだろうが、魔族が全員悪者というわけではなかった。人間と同じだな。俺と幼馴染は、運悪くその悪者に目をつけられてしまった。俺のこの頬の傷がその証拠だ。」
「まさか…。」
「そうだ。俺の幼馴染は…魔族にその才能を利用され…殺されてしまった。」
ミモから戦争の話を聞いて尚、その事実を受け入れることができなかった。きっと表に出ていないだけで、こういった事件は山ほどあるのだろう。俺は、どんな顔をするべきか、迷っていた。届く範囲、聞こえる範囲でしか悲しめない無力さを感じる。
「俺は復讐のために生きることを決意した。それからは俺は家族に反対されていた兵士に志願した。そしてこのミサンガに誓った。幼馴染を殺した魔族の首を必ず打ち取ると。」
その赤、青、紫で織られた綺麗なミサンガは、居間の照明で輝きを放っていた。
「その…
団長はふう、とひと呼吸おき目を開ける。
「…打ち取れなかった。兵に入ってから解雇されるまでずっと、そいつを倒すことだけを考えて生きてきた。俺は…人との関わりを軽視していた。だから、これからは、“人の為に生きよう”と。それでサンドフリーカーを立ち上げた。セスにそう思わせてたのは…俺がその時、接し方がわからず不器用だったからかもしれんな。」
「俺…傷つけようとした。師匠の守りたいもん全部、壊そうとした…。だから…」
「だから逃げようとしたのか?自分は責任を逃れて、メンバーには辛い思いをさせたまんまトンズラしようってか?」
「違う…!俺は、俺が恐ろしいんだ…。今まで何もできなかった奴が、いきなりデカい力を使えるようになって、それで今まで良くしてくれた人たちを傷つけることが…たまらなく怖い。だから俺は…サンフリを抜けなくっちゃならない。これ以上、迷惑はかけられない。」
「ほう…?まあ、お前がもうそれでいいってんなら、俺は止めはしないさ。本人の意思に反することをするのは“人の為”ではないからな。…でも、お前にはまだここでやるべきことがある。」
団長は席を立ち、自室へ戻ろうと廊下へ向かう途中で、「ああ、それと…。」と続ける
「仲間か家族か…この答えは、お前はもうすでに知っているんじゃないか?」
そんな事を言い残して団長は姿を消した。
───────────────────
…
*夢を見ていた。とても長く、壮絶な物語だ。
それは、たった一人の男の物語。
…その男は存在するもの全てを恨んだ。家族を失い、何もかもをかなぐり捨てて、掴んだものすら手元に残らない。
それは…果たして無意味だったのだろうか?
…
いつものように起き、朝食をとる前に洗面所で顔を洗う。そこにルーティンなどというものは存在しない。ただ起きて、仕事して、みんなで飯を食って寝る。習慣と言えばそうだが、生きるのに規則性もくそもない。
この惑星では“生きる”ことが想定以上に厳しいのだ。と、ここに来てからは常に実感している。
顔につけた洗顔フォームを綺麗に洗い流し、鏡に映る自分を見つめる。映る灰色の髪、青色の瞳。俺の顔はいつも通りだ。
頬を両手で覆うようにして、一度叩く。
「うしっ。」
俺にはまだやるべきことがある。それも、山ほど。それを全て放り出すのは、仁義ではない。自分を責めるのは、全てをキッチリ終わらせてからだ。まずは…
「おっ。よお、ヒョウリ。昨日は大変だっ…なんで無言でつむじ見せてくんだ?」
俺はタキシードを着て、頬杖をしてこちらを見ていたナルムに対し、最大の謝罪を体で表した。傷つけようとしたこと、役に立てなかったこと、貰ったものを大事にできなかったこと、すべてを。
「昨日は…ごめん。俺、
それを聞いたナルムは呆けた顔をした
「…ぷっ、お前そんなこと気にしてたのか?みみっちぃ〜!つか、なんだよその正装。ウケる」
ぶはは、と魔王のような笑いを繰り広げ、涙を
「じゃあ聞くけどお前、なんで私たちがチーム組んで活動してると思ってんだ?」
「えっ」
少し頭を上げ、ナルムの顔を見る。先ほどまで笑っていたとは思えないほど真剣な眼差しだった。
「いいか、
「そんな…でも俺……」
「だーっ!くよくよすんな!お前にできることをやっただけだろ!はい、この話終わり!」
「いや、盾ぶっ壊してごめん…。」
「そっちかよ…。まぁ、相手が悪かったしな。撃退するだけでも大健闘だろ。また似たようなの作ってやるさ。…それにしても、まさか話題にしてた“ウォーターの殺し屋”がアカシア
ナルムも団長も、俺に対して気にするなと言ってくれた。そうか、ここはこんなに暖かい場所だったのか。
「ナルムはなんで殺し屋について知ってたの?」
「ああ、私はこの国に仕えてた時代にウォーターに行く機会があったんだ。ここ数年で変わってるかとも思ってたけど、相変わらずそうだな。『血染め』は特に厄介と聞いた。戦ったし知ってるだろうけどな。ま、旅行するなら今のうちっぽいな。」
(…『血染め』、俺に対して何か言っていたな。『
そうこう考えていると、ナルムの机に見慣れない、表紙に鍵のついた本が置いてあった。表紙は
その作業中の机を覗くと、彼女はそれに敏感に反応する。
「ああ、これか?呪いの地にあったんだが、
それを聞いてふと、このままでいいものか、漠然とした不安に駆られる。
「あの…『血染め』が言ってた“三等星級”の呪いの地は、今までのやり方で浄化しなかったよね?」
「ああ、そういえばそうだったな。いつもはミモが歌って浄化してたけど、今回の浄化は呪いそのものが具現化してたからな。あの『狼』を倒してから濃霧は徐々に晴れていったはず。」
俺は『狼』を倒してから気絶して、そこからの展開は師匠の手紙を見るまで知らなかった。ヤシロさんの仲間が戻ったのは良かったけど…呪いの地はそのままでいいのか…?
「…調べたいことがあるんだ。その日記の解析が終わったらトラックを用意してくれないか?もしかしたら浄化しきれてないかもしれん。ミモにお願いしてもう一回ちゃんと浄化してもらおうぜ。その方が確実だろ?」
少し急ぎながらナルムにお願いし、ミモを呼びに行こうと廊下の出ようとするが、ナルムに止められる。
「待った、それは良いが…行く前にヒョウリのジャケットも調べさせてくれ。もしかしたら、良い報告ができるかもしれねえ。」
「点検か、ありがとな。」
椅子にかけていたジャケットを持ち、ナルムの方へ持っていく。
「いや、仮説だがあの狼化のトリガーになった原因がどこかにあるんじゃないかと思ってな。なんだかコイツが怪しいんだよなぁ?」
そう言い、以前取り付けてくれた金ピカのファスナーのスライダー部分を指で弾く。
そんなファスナーがキーになってるとも思えないが、技術者が言っているんだ。もしかしたらそうなのかもしれない。
「ま、こっちでやっとくからよ。三、四十分くらいしたらまた来てくれよ。呪いももうそこまで脅威じゃないだろうしな。」
「わかった、ありがとな。」
俺は一度冷静になり、少し間を置いてからノースラルクへ出発することにした。
───────────────
サンフリ基地の一角。
この部屋は一応会議室という形をとっているが、あまり使われている様子はない。戦略はほとんどナルムか団長が決め、メンバーはそれに従うのみである。思考放棄ではなく、その方が確実であるからだ。なぜなら、二人は兵の出身だからである。素人の冒険者と、幾千の闘いを超えてきた歴戦の兵士とでは経験値が違うのだ。
そんな場所で俺は薬の瓶を片手に、もう片方の手には水を飲み干した空のグラスを持ち、二人の前でしみじみと語る。
「俺、結構体弱くてさ。子供の頃はしょっちゅう頭痛とか悩まされてたんだ。」
「へぇ〜?大変だったね…?」
「ほ、ほう…それで?」
「だからっ、そのっ…十五歳超えてから飲む薬は一錠増えてて…俺、大人の仲間入りなんだってぇ、思ってぇ…!!」
「えきも。」
「泣き出しちゃったよ!?」
仲直りのためミモとセスを呼び出した時、少し緊張したムードだったがこれで少しは
あとそこの青髪、きもいは言い過ぎだぞ。
「そんな話をするために呼んだのかい?悪いけど、暇じゃないんだ。戻らせてもらうよ。」
まずい、このままでは仲直りどころか話すことすらままならない。…なんとかして食い止めるしかない。
「…逃げるのか。」
「は?」
「うわ!うわうわうわ!逃げるんだ!そうやって!自分の悩みから!現実から!やば!そうやってると薬の飲む回数間違えちゃうぞ。」
「いや…大体回復魔法で治るから。」
「え?」
「だから、薬飲むやつなんかここら一帯の砂漠に住んでる冒険者の中だけで見てもヒョウリだけだよ。」
嘘だろ…。回復魔法が便利なのはなんとなくわかってたが…あの吐き気を催した時も気持ち程度の回復じゃなくて本当に効力のある使い方だったのか。確かにあの時、気持ち悪さが一気に引いたような気がする…今更すぎるが。
「た、確かに…そういっても過言じゃない、かも。みんな回復魔法を習得して自分にかけるもんね。」
ミモもセス側につく。なんだよ、魔法を使えない俺への当てつけか?
「じゃ、じゃあ遠隔で回復できるのも…?」
「それは優れた魔法使いだけだ。」
さも自分がすごい魔法使いであると主張するかのような物言いだった。実際セスはすごい。どうしてそんなに魔法が使えるのだろうか。団長とナルムは兵士だった来歴から戦闘能力が高いことは周知の事実だが、セスはそんな雰囲気はない。あの相談から初期からいたような物言いをしていたが、どういう経緯で来たのだろうか。色々気になるが今は別の問題がある。
「…セスは凄いけど、やっぱり苦手なこともあるんだね。」
「急に何の話だい?そういえば何故ミモがいるんだ。今回の話は彼女も関わっているのかい?」
とうとう話す時が来た。そうだ、俺はセスとミモの悩みを解決するためにいるんだ。ここで話さなきゃいけないだろう。もっと、サンフリの未来をより良くするために。
「ああ、今回呼んだのは」
途中まで説明しようとしたが、ミモが「待って」と静止し、自分が説明すると言った。今までセスを不安にさせていたこと、自分がサンフリを乱してしまっていたこと
、そして…
「なるほどね。ヒョウリ、喋るなと私は確かに言ったはずだが。」
そうなるよな。あの場には俺とセス以外いないと思ってたわけだから。…まあ廊下で話してた時点で聞くなというのも無理はあったかもしれないが。
「ごめん。でも、俺も気になったんだ。セスの言ってた『家族じゃなく仲間』というのが、妙に引っかかった。…俺は家族がいないわけじゃなかった。その記憶が抜け落ちてたんだ。でも、俺はセスの悩みを解決できるだけの答えを持ち合わせていなかった。…いろんな人と話して、相談して、やっと少し掴めた感じがする。それは…」
「それは…?」
セスが左手を袖で隠し、口元に当てる。ミモも答えを知りたいのか静かにじっとこちらを見つめていた。
「よくわからん。」
「は?」
セスの拍子抜けした声はこの会議室の緊張を解く。
「だって考えてみろよ、メンバーのうち二人は元兵士で、後の三人はそいつらに拾われた流浪人だぜ。よくわかんねえだろ。」
「なっ…とんだ思考放棄だねそれは。」
「…確かに俺たちは家族じゃない。でも仲間というにも切り離しすぎてる気がする。家族であり仲間であり、家族でもなく仲間でもない。俺たちはそんな個性派集団なんだよ。人のためにって動いて、何か役に立とうとする姿勢は、考えなしってわけじゃないだろ?」
俺が考えていた全てをぶつけた。この答えが間違ってたっていい。受け入れられなくたっていい。俺たちが俺たちであるために必要なことを、再確認したかった。
「ごめん、セス。私、その話はヒョウリから聞いたんじゃなくて、盗み聞きしちゃったんだ。私も…ずっと考えてた。私はずっと、温もりが欲しかったのかもしれない。そんなのエゴだってわかってる。でも、セスも、団長も、ナルムも、ヒョウリも…みんな暖かかった…。私にそうしてくれたみたいに、みんなに返したかった。」
ミモはもう一度「ごめん」と言い、深々と頭を下げる。それを目の当たりにしたセスは驚愕というか、悲哀というか…よくわからない表情を浮かべていた。
「私も…少々意地を張りすぎていたみたいだね。昔を引き合いに出して、比較してしまった。…申し訳ない。…それと、」
セスは何か言いたげにもじもじしている。
「私は流浪人ではないよ。」
「「えっ?」」
俺とミモは拍子抜けした声をあげ、それに対して「失礼だな」と言い放った。
「言うつもりはなかったんだがね…、私はそもそもこの国の人間じゃないんだ。」
「「えっ?」」
見事にハモった。それも二回も。セスはムッとした顔をしたが、話を戻した。
「まったく…私はウォーター王国から来た、ショウロウェーバ家の一人娘だよ。」
…なにそれ、全くわからん。ウォーター王国出身ってのはわかるが…ショウロウェーバ家?なんだそれ。と言うか、ウォーターの旅行の話をした時に嫌そうな顔をしたのは出身だったからなのか?こう言うのは久々に実家に帰れて嬉しい!とか、俺らに嬉々として観光案内するイメージだが。…まあ後半に至ってはセスの柄ではないが。
するとミモは目を輝かせてセスのことを尊敬の眼差しで見始めた。
「そ、そんな!セスがあの名家のショウロウェーバ家の出だなんて!」
「おい、なんだよそれ?」とミモに聞くと、知らないなんてあり得ないと言わんばかりの勢いで説明をする。
「ショウロウェーバはプルア領を牛耳る大貴族だよ!ウォーターで演劇が盛んなのもあの名家のおかげなんだよ!あ、あとアロマに使われる精油の名産地でもあるよね!いいなー!すっきりとした香りに包まれたいなぁ…。」
思った以上の熱意と解説だった。なるほど、“蒸留士”を名乗っていたのはそういうわけか。
「な、なるほど…。それで、セスはなんでまたそんないいとこからここに来たんだよ。」
「ああ…品行方正に生きるのはちょっと肌に合わなくてな。何をするにもお付きがいて、やりたいことも自由にできなかった。」
セスは会議室の椅子から立ち上がり、後ろを向き話し続ける。
「…冒険者というのをやってみたかったんだ。魔力適正も高かったしねえ。私の想像していた冒険者は、お互いを利用し合う。無駄な感情を有さない、そんな“合理性”を重視したやり方をする、私にとって居心地のいい場所だと思っていたんだ。…最初は確かにそうだった。私の理想だった。」
ミモは負い目を感じるように俯く。しかしセスはそれを見て、「責めたわけではない」と付け足す。
「でも、そんなのは理想であって、幻想に過ぎなかったんだ。私は、とっくの昔から思い違いをしていたのさ。」
セスは俯いたまま喋る。その言葉の節々に哀愁が漂う。
「この話をしたらきっと反感を買うだろうとも考えていた。『お前は恵まれているからそれ以上求めるな』とね。実際、私の言っていることは贅沢だ。」
「セス…。」
俺はどういった言葉をかけるべきか悩んでいた。
生まれは選べない。残酷だが、これは仕方のないことなのだ。だから、セスの悩みとこの沈黙は、これを肯定し益々哀感を強めた。
「だけど、ある意味良かったかもしれない。ミモがいて、ヒョウリが来て、みんながいて。私は、その未熟さを棚に上げたままでなくなったというわけだ。」
セスは振り返り、みんなの方を見て頭を下げた。
「だから…ありがとう。私は、“蒸留士”としてここに居られる。」
その場にいる全員の顔は、雲ひとつない晴空のようだった。
しかし、今のウォーターは大混乱なのではないだろうか?
俺は気になって彼女に聞いてみた。
「それはそうと、セスの故郷は大丈夫なのかよ。急に出てきたんだろ?大混乱なんじゃ。」
「ああ、そうだね。実際、ウォーターは
後継…?
「ウォーターの当主って今は男の人だろ?女の人がなれるのか?」
「なれなくはない。ただ、男子が政治を担わないのは国民の不満も大きいだろうな。制度は新しいのに考えは古いんだ。まあ、私はいずれにせよ結婚をして子供を生まなければならない。」
「それも家出の原因の一つ…ってことか。」
「まあそんなところだ。人を愛するなんてのは、よくわからない。」
セスも色々悩んでここにきていたんだな。
そうこう考えているとナルムの解析が終わったらしく、こちらに顔を覗かせていた。
「おう、なんだおめえらそこにいたのか。ヒョウリ、解析と修理終わったぜ。それと、やっぱいい報告ができそうだ。」
「なんかわかったか?」
その問いを待ってたかのようにナルムはニヤつき、軍手をした左手の親指で鼻下を
「ああ。もしかしたらあの“狼化”、いや…『変身』、制御できるかもしれん。」
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