第4話 代替




さらに二日経ったある日、団長が急に特訓をすると言い出し、以前にナルムに作ってもらったシールドを装備する。近くにいい特訓場があるんだとか。それを聞いた途端、皆は用事があるとかでどこかへ行ってしまった。


さほど広くもない空間の…東屋と呼ぶのが正しいだろうか。壁はなく日光を遮る屋根のみが、その戦闘所リングを覆い隠す。


「ぐあっ…!」

団長の右フックが炸裂し、装着していたシールドが弾き飛ばされる。


「おいおいどうした!その程度か!?おっさんに敗けてんじゃねえぞ若者わかもん!!」

丸腰の団長はこちらを挑発するかのように左手を前に出し下からくうを撫でる。


ったって…俺と三十センチも身長差あるぜ…!!団長!」

「つべこべ言うな。」とまた戦闘態勢を整える。なるほど、これがみんなが出かけていった理由か…。恨むぞ。

とはいえ、戦闘面において、魔法、体力、筋力、戦略で俺が役に立てるとは思えない。こういった特訓もありがたいのかもしれない。


しかしキツイ。かれこれ一時間半は殴られては吹き飛ばされ、殴られては吹き飛ばされを繰り返している。これが…特訓?


「団長、これ何の訓練なんだ?」

息を切らしながら尋ねる。おそらく戦闘を想定した際のものだろうが、こんなに貧弱な俺に期待を抱いてくれているというわけか。


「えっ、えーと…タフネスだ。」


「今考えたよね!?…なあ、俺が戦わなくなって、団長が瞬殺だろ?意味あんのかよ。」

「ふう」と息を整え、団長は俺の近くに来る。

胡坐あぐらをかき、面と向かって話す。


「そうだな。俺は強い。だが、もし俺が動けなくなったとして、ミモやセスが危険にされされていた時、お前はどうする?運よく俺が動けるようになるまで待つのか?今回も運がよかったでその場を済ませるのか?常に最悪の想定をしろ。百パーセントありえないが起こるのがこの世界だ。」

この言葉を受け、生唾を飲み込む。確かに認識が甘かったかもしれない。俺たちは今、安全で最低限の生活ができている。しかし、その日常すらも、一時の亀裂で変わってしまうのだと。…俺はうつむくしかなかった。


「戦争が起こるまで『勇者』の存在は眉唾だと考えられていた。だが、それでいい。それがいい。それが平和ということなのかもしれないな。」


「団長…俺─」

言いかけていた言葉が遮られるように団長が話しかける。


「ヒョウリ…お前、何か隠してるだろう。」

心音が一気に跳ね上がる。あの夢を見てから、ずっと心がもやもやしていた。呪いについて話すべきか否か。迷惑はかけられない。今の話を聞いても尚、俺が蒔いた種でそうなる結末にしか繋がらなかった。


でも、それでも俺を信じてくれたみんなを信じるなら、頼ってみるのも…いいかもしれない。


「実は…最初に呪いの地に行ったときのことなんだけど。」


「あれ根に持ってる!?ほんとスマン!」


「いや、違うよ…。」

(やっぱりナイーブだなこの団長…。)

そう考えながら話を本題に戻す。


「呪いの地で気絶してから戻るまで、夢を見たんだ。」


「夢?」


「ああ、誰だか全くわからないけど女の人だった。その人によれば『呪いの地を七つ浄化することで俺の記憶が戻る』…とか。」


「記憶が戻る…それは本当か?」


「わからない。けど、呪いの地って七つだけなのか?」

団長は顎に手を当て考え込む。そして首を横に振った。


「いや…拠点の周りだけでも二十か所は存在する。七つだけってのはどうにもピンと来ない。もしかしたら、まだ知らない呪いの地が存在するのかもしれないな。」


まだ知らない、呪いの地…。それはどんな脅威をもたらすのか、俺はあまり想像する気にはなれなかった。


「俺…もっと強くなるよ。」


「おおそうか!休憩は終わりだ!盾を持て!!」

エネルギッシュな叫び声は屋根を破りそうなほど満ち満ちていた。


「もうちょっと休ませてぇ!」



─────────────────────




合計三時間の特訓、もとい一方的な蹂躙が終了し、拠点に戻る。

戻ってきたときには全員、各々の作業をしていた。すると、俺の手帳以外の唯一の遺品である上着が椅子に掛けられていた。


「あれ、これ俺の上着じゃね?誰か動かしたか?」

オレンジを基調とした俺のブルゾンは墜落時にやけ焦げ、とても着られる状態ではなかった。

するとナルムが座っている椅子を半回転させる。


「あーそれ、ところどころ焦げてたから直しといた。ついでにぶっ壊れてたから新しいジッパーもつけてみましたァ。」

持ってみるとたしかに、焼け焦げていた袖や裾のリブが新品同然のようになっており、ジッパーも銀から金色へ。引手の部分が前の二回りほど大きくなって、真ん中上に星の掘り込みがされているものへ変わっていた。


「ジッパーに魔導兵器オーパーツを使ってるから、呪いの地に行く時は別に前のシールドは持ってなくてもいいぜ。まあでも、武器は何かしら持ってた方がいいかもな。如何いかんせん、そのジッパーの使い方が分からん。」

訓練している間にいろいろやってくれていたのか。少しでも恨もうとした自分を殴ってやりたい。


「いや、俺はこの盾、気に入ってるんだ。初めて人から貰ったものだからな。」

何気なくそういうとナルムは驚いた顔をし、無言で回転椅子を戻したのちに少し耳が赤くなっていた。


「赤く…なってる…。」

ミモがポツリとそう呟いた。おいおい、それを指摘するのは野暮じゃないか。

注意してやろうとミモの方向を見る。


「ははっ。おい、あんま揶揄からかうと…」


真っ赤だった。それも今までにないほど。

その窓枠から見える限りの空が、どんどん濃い紅に染まっていった。


「なん、だ…これは…?」

団長も気付き、今までにない焦りを見せる。その慌てようから、今まで起きたことのない“厄災”であることを感覚的に理解した。それと同時に、異変に気付いたセスルシスが部屋から出てこちらに走ってくる音が聞こえた。


「なんだいこれは!?空が赤くなってるじゃないか!」


「ああ、俺たちもこんなこと初めてだ。何が何だか…。」

すると、村の人間が勢いよくドアをノックし、駆け込んでくる。


「助けてくれ!北の廃村…呪いの地の浄化に行った仲間と連絡が取れなくなった!急に空が赤くなるし…何が何だか…。」

息を切らし助けを求めてくる。この人はいつも村に物資を届けてくれる上林かみばやしさ…カミバ=ヤシロさんだ。


「なに…?すぐ出発しよう。」

真っ先に反応したのは団長だった。


「なっ、あぶねえぞ!何があるかわかんねえんだ、ここは様子見だろ!」

ナルムが普段の調子から一変、団長に対して食い下がる。それは過去に何か取り返しがつかなくなってしまったかのような、鋭い目つきだった。


「何かあってからじゃ遅い!そうやって死んでいった仲間を大勢見てきた。」

団長も含みのある発言をし、見つめ返す。

これはまずいと思い、険悪なムードの中に割って入る。


「みんな落ち着けって…!まずヤシロさんの話を詳しく聞こうよ。」

全員こちらを向き、冷静さを取り戻す。


「…ああ、そうだったな。まあ、一旦座ってくれ。ミモ、茶でも用意してくれないか。」


「流石に落ち着きすぎだろ…」

ナルムがツッコんでいる間にセスルシスが魔法で出したお湯にミモが粉末を入れ「粗茶ですが」と差し出す。


早っ…。


ヤシロさんはこの間に色々ありすぎて目があちこちにいってしまっていた。


──────


話によれば、ヤシロさんの仲間はいつも通り呪いの浄化に行ったのだが、その呪いの地に入った途端、ジャミングを受けてしまい、通信が不安定になったそうだ。完全に途切れる寸前に聞こえた、仲間の悲鳴からただ事ではないと判断したヤシロさんは一番信頼できる俺たちを頼りに来る道中で空が赤くなっていることに気づき、おそらく呪いの影響であると判断したらしい。何か事件に巻き込まれていないと良いが…。


「なるほどな…。通信が途切れる寸前、他に何か言っていなかったか?」

団長はそう聞くと大きな手で湯呑みを持ち、茶を一口飲む。


「そう、だね…何を言ってたか分からないほどだったんだ。走る音と、なにか…そうだ!『“狼”がでたぞ』って、言ってた気がする…!」


「『オオカミ』…?そりゃ何のことだ。」


「分からない…ただ、仲間が一大事なのは確かだ…。頼む!報酬はいくらでも出そう…。」


「お前ら!どうする?受ける義理はある。が、同時に自分の命も危険に晒すことになる。」

団長が一連の話の流れから状況を把握し、全員に問う。

しかし、みんなの目はもう迷っていなかった。


「…ヤシロさんにはいつもお世話になってる。こういう時こそ、助け合いだよね。」

ミモがそういうと皆んなも同時にやる気を出す。


「…しゃーねえなあ。」


「支援は任せてくれ。」

ナルムは頭を掻き、セスは砂で魔法陣を描き準備を始める。


「お前はどうだ、ヒョウリ。」

団長に聞かれ、少しドキっとする。覚悟ができていなかったわけじゃない。けれど、改めて『命を賭けられるか』と聞かれると、少し浮ついてしまう。

しかし、困っている人がいて、助けられる人がいるのに、助けない手はないだろう。


「行くに…決まってるよ!」

俺は団長に凄むように決意表明をし、その返答を聞いた団長は荒々しい笑みを浮かべた。




─────────────────────────




アカシア王国の空の色が一変して1時間弱、国民がこの異変に気づかないはずもなく、国主もまたこの変化に懸念を抱いていた。


「陛下ァ!陛下、空がァ!」

側近が慌ただしく玉座へ駆け寄ってくる。


「騒がしい!わかっている。今し方、宮廷魔術師と占星術師に原因究明を命じているところだ。全く、こうも立て続けにこの国を悩ませるか…。」

そう頭を悩ませる女王の横から男の声が聞こえてくる。


「おそらく、この国土に眠る“呪い”の影響かと。」

パーマのかかったセンター分けの髪型、キャソックを着たカズラを羽織り、十字架を首に提げたその男は、『獣聖教』という“獣人と人間の共存”を掲げる宗教の教祖だ。国の復興に多大なる貢献をした彼は神父でありながら側近としての役割も課され、玉座へ近づくことを許可されている。


「やはりか…」王女はため息をついた。“呪い”についての情報統制は済んでいたが、ここまで大規模な影響が出ると隠し通すことは難しいだろう。最も、こんな杜撰なやり方ではそれも意味は成さないだろうが。


その様なことを考えていると魔術師が大門から入ってくる。


「失礼致します、陛下。おや、猊下もお見えになられるとは。つい先日の演説、誠に感銘を受けました。やはり、見るべきは未来であり、獣人と人間の共存による相互作用をおこす事こそ至高に近づくための─」

神父はそんな魔術師の言葉に全く耳を貸さず、胸ポケットに入れていた懐中時計を取り出し、時間を確認する。


「よい。それより報告をせぬか。」

痺れを切らした女王は魔術師の言葉を遮る。


「は、失礼しました。先ほど占星術師とも連携をとり確認をしましたが、間違いありません、“三等星級”の呪いであると予測されます。」

…呪いには弱いものから強力なものまで六から一までの等級が振り分けられる。冒険者が浄化できるのは六から四までのはず…。三等星級からは呪いのレベルが段違いで、聖遺物に触れようものなら守護霊が攻撃をしかけてくる。


「浄化できるのは同等級の魔術師クラスだろう。刺激さえしなければこの様にはならない。一体誰がそんな馬鹿なことを…。」


「場所はおそらく郊外のノースラルクあたりかと。しかし陛下、並行して場所を調べたのですが、どうも以前までその村に呪いは全くなかったそうです。」


「なに…?」

呪いの発生初期は総じて六等星級である。それから等級の上下を繰り返す事はあるが、予兆もなく三等星級から発生する事例は聞いたことがない。


「全容は知れないが…術師と兵を向かわせる。国民の安全を優先に考えろ。」


「はッ!」返事をした魔術師はその場を後にした。


「中々、由々しき事態ですね。」

あまりそうは思っていなさそうな神父の言葉に対し、いつもの調子で返す。


「全くだ。戦争、勇者の失踪ときて沈黙の二年かと思いきやこれだ。まだ仮設住宅で暮らす国民もいるというのに…。」

今でも戦争の日を夢に見る。勇者の力も持たず、統治する才覚もない。…早死にしていった姉さん達にも顔向けができない。


女王は…その不相応な金の椅子に座った女性は、民を想い、家族を思い出す。


(…母上、私は王の座に相応しかったのでしょうか。)




一等星は己の輝きに気づけず、群れることを知らない。

そして…光で影が生み出されるということも





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