第6話

 少し肌寒い秋の夜。おばあちゃんが編んでくれたショールを羽織って外に出たら、本当に、満天の星が広がっていた。玄関脇に植えてある小さな木の花が、すがすがしく甘い香りを、昼間よりいっそう強く漂わせていた。


 月が明るいから、灯りはいらない。

 月明かりの下、何も言わずに、シゼグはどんどん歩いてゆく。

 でも、ちゃんと、私の歩調は気遣ってくれてる。


 シゼグったら、何も言わずにどこまで行く気だろう。


 村の通りをどんどん抜けて、私たちは、いつのまにか、村外れの丘の上までやってきた。

 昔、シゼグの曾おじいちゃんの時代に〈マレビト〉が住んでいたという小さな家が、半分崩れかけて残っている。


 ふたりで、月と星の明かりを浴びて、崩れかけた低い石組みに腰掛けた。


 小高いところだから、遮るものもなく、一面の空が見える。満月に近い大きな月と、月明かりにも負けずに降るように輝く星。


「ほんとだ。ここ、星、奇麗……」


「な?」


 それきり会話は続かなくて、私たちは黙って並んで星を見ていた。


 しばらくして、シゼグが、ためらいがちに口を開いた。


「昔ここに住んでた二人の〈マレビト〉たちは、愛し合う恋人同士だったんだ。それで、俺たちの間では、ここは恋人同士で来ると縁起がいい場所ってことになっててさ。ここで告白すると恋が実るって」


 ……シゼグ、それ、すっごくベタだよ……。


「あのさ、俺、明るいところであんたの顔を見ながら言える自信がなくてさ。こんな遅い時間に、こんなとこまで連れ出してごめん」


 『言える』って、何を?


 もちろん、わかってる。


 でも、何も気がつかなかったフリをした。


「ううん。夜のお散歩って、なんか素敵ね。普段見てる景色も、ぜんぜん違って見える」


「テル……。あのさ、」


 シゼグがふと手を伸ばして、私の手を取った。と言うか、指先を取った。

 私の指先に触れるシゼグの武骨な指が、震えている。

 思いがけず、心臓がどくんと跳ねた。


 どうしよう。私、シゼグが好きだ――。

 ……こんなに不細工なのに。


 ううん、本当は、不細工なんて一度も気にしたことなかった。


 私は、時によって、男だったり女だったり、子どもだったり年寄りだったりする。美しいときもあれば、醜いときもある。そんな私が、他人の顔の美醜なんか、気にするわけがない。ただ、一般的に考えて恋物語の相手役がこの顔というのはありえないんじゃないかと思い込んでいただけ。


 私が愛するのは、ただ、その人の魂の美しさだ。

 私にとって、シゼグは、誰より奇麗だ。

 私は、シゼグが好きだ。 ――あと少し、あと少しだけ、繋いだ指に力をこめて、ほんのちょっと、ほんのちょっとだけ、偶然みたいに自分のほうに引き寄せて、まるでたまたまバランスを崩したみたいにその胸に身を投げさせてくれたら、そのまま、優しい腕に身を委ねてもいいと思うくらいに。


 触れ合った指先が熱い。


 シゼグ、何も言わずに、ほんのちょっとだけ、私の指先を引き寄せてみて。分かるか分からないかくらいの力で、微妙に、この均衡を崩してみて。

 そうしたら、私、花びらの上の露が触れた指先の上に転げ落ちるように、あなたの腕の中に倒れ込むから。


 訪れる世界ごとに、男だったり女だったり子どもだったり大人だったりする私が、この世界には、若い娘の心と身体を持って現れたのは、それをシゼグに与えるためだったんじゃないだろうか。私は、シゼグのために、シゼグに与えられるために、美しい乙女の姿でここに存在しているんじゃないだろうか――。

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