わたくしが八人目の魔女になって世界を謳歌するまで

五十嵐釉麗

第0話 プロローグ

 わたくしはこの大陸で最も栄えた大国、トゥランニャ帝国の皇太子であるアトゥラン公爵の末娘、アリシアーノ・ネペリエ・アトゥランとして生を受けた。お父さまとその七番目の妃であるお母さま、異母のお兄さまやお姉さまたちに愛されていると、思っていた。あの時までは―――


 七歳になったばかりのある夜に、何の前触れもなく高熱を出し寝込んだことがある。三日三晩意識が戻らず、四日目の朝、やっと目を覚ましたが起き上がれず、五日目にやっと起き上がれて、七日目の朝、やっと寝台を降りて自分の足で歩くことができるようになった。そして、周りを見る余裕ができ侍女たちの表情に気が付いた。そこにあったのはわたくしが目を覚ましたことへの安堵や喜びなどではなく、―――失望だった。


 七人の「魔女」と呼ばれる女性たちがいる。

 人の中には極稀に「魔力」というものを持て産まれるものがいる。しかしそれは毒にも薬にもならぬほど少量で誰に気づかれることもなく、三歳になるころには消える。消えないものもいるが、気づかれることのないほど微量で、本人も気づくことなく一生を終える。

 だが「魔女」は違う。本来、成長とともに減り消えるはずの「魔力」は増えつづけ、周囲の人間に気づかれ処刑されることが多い。なぜならば、「魔女」は国一つをいとも容易く滅ぼすほど力を持ち、人々に畏怖され、悪魔の血を引くといわれているからだ。さらに、それはあながち間違いとも言えない。「魔女」は遥か昔に欲をかいた人間の行った人体実験の数少ない生き残り、その子孫に現れる「祖返り」なのだから。


 明け方、空が白み始めたころ。悪夢で覚めた体は重く、憂鬱な気分をさらに加速させた。

 のそりと寝台を降り、バルコニーの窓硝子へ手を添える。猫のように縦に細長い瞳孔の、アメジストのように神秘的で美しい瞳と目が合った。

 この「眼」は高次の「魔眼」と呼ばれるものの類で、わたくしのものはあらゆる過去のすべてを見渡す。「魔女」と呼ばれる人々は皆「魔眼」を持っているらしい。

 七歳になったばかりのころに高熱を出して以来、この色で、その前はプラチナブロンドに黄土色の目をしていて、わたくしはこの目の色が大嫌いだった。

 しかし、周りのだれもが「黄土色の目」を綺麗な瞳だと褒めたたえていた。でも、アメジストの瞳になってからは不気味なものを見る目ばかりを向けられ、あんなにわたくしに甘く優しかった「お父さま」までもが、「本来ならば処刑しているものを。我ら皇族からそのようなものが出るなど、恥以外のなにものでもない。今日からこの離宮を与える。ここから決して出ることなく、せいぜい婚姻でもして国の役に立つことだな」と、そういい捨て、わたくしはこの六年間まともな侍女やその他の使用人をつけられることなく、皇宮から追放幽閉されて過ごした。

 しかし一週間ほど前、突然、いつの間にか帝位についていた「お父さま」からの書状とわたくしに似合いもしない、ただ華美でケバケバしく、成金が格だけを取り繕うとするかのような品のないドレスその他一式が届けられた。

 ……何度思い返してもあのデザインはないわ。わたくしを馬鹿にするのもいい加減にして。まるで娼婦にようではないのッ......!襤褸ぼろカーテンで作ったワンピースのほうが何億倍もマシだわ!!

 書状の内容はいたってシンプルで、嘘であることがまるわかりだった。要約すると、「お前を追放し幽閉した私が間違いだったのだ。しかし周囲の悪意ある目からお前を守るためだったのだ。どうかわかってくれ。......一週間後のお前の誕生日に宴を開く。何年もぶりにお前の顔を見たい。必ず参加してくれ。わが最愛の娘、アルシャーノ」というような内容だった。

 ……「アルシャーノ」って誰よ。わたくしは「アリシアーノ」よ。名前すら忘れたのかしら。それでよく「最愛の娘」などといえるわね。白々しい。あら、それともあたらしい妃か妾、娘の名前?

 その書状に侮蔑の視線を向け、破り捨てて灰にしたいのを耐えた。

 その日からわたくしは怒りに任せ徹夜を続け、「ドレス」の改造作業に勤しんだ。開きすぎた襟元は重ねすぎて品を損なうところから布を持って来ることでさりげなくボリュームを出すことで華と麗しさを引き出し、多すぎて気持ち悪いことになっている刺繍は一つひとつ解き、上品に纏まるように挿し直し、余った糸でレースを編み、首元をキッチリと覆い、重ねられた裾から覗くように縫い付けたり髪飾りにした。これで広がりすぎて動きにくく下品だったドレスがマーメイドラインの、品やを格を損なわず華やかなドレスへと生まれ変わった。そして、倒れこんで気絶するかのように眠りにつき、目を覚ましたのは宴の当日である今日の夜明け前だったというわけだ。

 最悪の目ざめに二度寝する気も起きず、バルコニーの手摺に腰を掛け、白み始めた空に消えかけた星で占いに興じて過ごした。


 ―――星 二つに別つ

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