仕合わせの標本
炯~kay
「微笑みの標本」
――彼女は、私の幸せそのものでありました
私の心の中では、常に彼女が光り輝いていたのです
彼女が
彼女が
彼女が
“シアワセ”であれば、ソレで――
まるで私たちの幸せは美しい標本のようなのです
◆ ◆
或る日の昼下がりの午後、日差しが当たりを照り付け目も眩むような光景が広がっていた
真っ白な日傘をさし、刺繍の美しい純白のワンピースを見に纏い彼女は無垢な少女の様な面持ちで
彼女の口元が緩やかな弧を描き私を見つめていた
美しい彼女が私に微笑んでいるのだ
唯々、それだけで私は天にも昇るようだった
あぁ、私はなんて幸せなのだろうかと心の底から思った
天女の如き彼女を私は愛しているのだ
私は彼女を愛することができて世界で一番幸せな人間だ!と心が満たされていた
彼女は私に近づき私の背広についた花びら手で払いのけ「仕様のない人」と彼女は可愛らしい笑みを浮かべた、「仕方ないよ」と私も共に笑った
ずっとそんな日々が続いていくのかとそう思っていた
そう……最期までずっと永遠にこの幸せな日々が続いていくのだとそう
◆ ◆
純白のワンピースに一輪の艶やかな真紅の花を胸に咲かせ
「ねぇ、どうぞ攫って逝って」と一言書かれた手紙を手に握り締め彼女は其処に美しく佇んでいた
微笑んだ侭、甘い罠のように――
だから私は、彼女の願い通りに何処か遠くへと攫って行こうと思い立ったのだ
雨の日も、晴れの日も、彼女と共に笑顔で何処へでも旅立った
彼女は旅について何も文句を言わない人だった
いつも唯、静かに隣に微笑みを絶やさずに居てくれた
私はそれだけで簡単にも幸せでいられた、彼女の思う“
或る日、私は彼女に甘える様に問い掛けてみた
「ねぇ、好きとだと言ってくれないかい?」と、でも彼女は笑みを浮かべるだけで何も答えてはくれなかった
あぁ、なんて冷たいんだろうか!!と私は少しだけ哀しく思った
◆ ◆
その日からだろうか、彼女から一つ一つ何かが欠落していったそんな気がするのだ
鮮やかで美しい虹彩を放つビイドロの様な瞳は何も映さず虚空を見つめ、しなやかで流れるような美しく細い腕は青白く、段々と彼女を構成する
それでも彼女は、笑みを浮かべ美しく其処に存在していた
だから私も「綺麗だよ」と彼女に笑いかけた
彼女もまた、私に微笑みかけ答えてくれた
この幸せな日々はずっと続き終わりを迎えないとそう信じていた
だって彼女は、両手、両足、瞳全てを失っても笑顔で側に居てくれていたのだから信じる事が当たり前だろう?
「さぁ、どうぞ」と私は彼女の手を取って身体を綺麗に優しく拭いてあげた
彼女は笑顔だ――
「あぁ、愛する人は貴女だけだよ」と愛を囁き語り合ったりもした!
勿論、彼女は笑顔だ――
あぁ、なんて幸せな日々なんだと、私は恵まれている!!とそう思った
彼女への恩返しをしようと決意した
彼女の失われた身体を補充しなければと、だって私は彼女をとても愛しているのだから
眠らない夜に一人、また一人と美しい身体の一部を拝借していった
何かを解体することは、得意だったから苦には成らなかった
だって彼女への愛の為だとそう感じたからだ
でも、美しい彼女には如何しても合わない、探しても探しても調度いい形が見つからない
それでも彼女は怒ることなく私に微笑み掛けてくれていた
それに比べて、恐怖色に染まった女共の顔はなんて醜いことか!!
美しい彼女とは大違いだ、何故同じ女性であるのに彼女とあの女共はこんなにも違うのだろうか?
◆ ◆
そんな日々が続いていた或る晩、妙なメールを受信した
「
私には皆目見当付かなかった
きっと送り間違えたのだろう
また、解体作業に勤しんでいると突然、ボコッという鈍い音が聞こえ私は意識を失った
次に聞こえてきたのは誰かの話し声とズルズルと何かを引きずる音
私は唯、唯、心配だった……彼女は大丈夫なのかと
其れから、眼が上手く開けられない私の胸辺りがジンジンと熱くなり――
そして、段々と冷めていくのが分かった
最期に微かに見えたあの娘は……私が最後に解体した娘にそっくりだった
「仕様のない人」とクスリと笑う彼女の声が何処か聞こえたような気がしてプツリと私の意識は途絶えた――
◆ ◆
「姉さん……やっと、見つけたよ」
僕は或る男を殺害した。
この手で殺した男の部屋には、異形の人形が一体、ぽつんと座っていた。
血に塗れ、壊れ、歪んでいるソレは――何故か姉さんに似た優しい微笑みを浮かべていた。
それが、なんだか愛おしく感じて、美しく感じて、ドロッとした人形の中に姉がなんだかいる気がして、懐かしささえ覚えた。
僕は迷わずそっと姉の手を取った。
「あぁ、此処に居たんだね!ずっと探していたんだ、姉さん……僕一人でもちゃんとやったんだよ?」
僕は会えた喜びで思わず姉に抱き着いてしまった。
姉に甘えてしまうなんて、なんだか恥ずかしくて照れてしまうけれど、やっと会えたんだから仕方ないよね?
顔を上げて姉の姿を見た、美しい刺繍をあしらった白いワンピースはなんだか、薄汚れて見えた。
――あいつが勝手に着せていた、姉に不似合いの汚れた白いワンピース、それが何より許せなかった。
「ねぇ、見て?僕たち似ているでしょう?あぁ、でも姉さんの服勝手に借りてごめんなさい。姉さんに会えないのが寂しくて仕方なかったんだ。姉さんも着替えようよ?姉さんが好きだった紅いワンピースを持ってきたんだ!」
僕は姉に微笑みかけた。
姉を着替えさせて、指先で頬をなぞると、“
心の奥から満ち足りた気分だった、僕はもう寂しくなんてないんだと。
あの男の家は、地獄の匂いが充満していた。
散らばった髪、潰された眼球、積み重なる数多の部品。
けれど、姉さんはずっと其処にいた。
どんな姿になっていても、笑って、僕を待っていてくれた。
「さぁ、帰ろうよ姉さん、僕たちの家に」
血の跡を隠しながら、僕は姉さんと帰路についた。
傘をさしながら歩く途中、通りにはざわめきが溢れていた。
其れからも、巷の噂が耳に聴こえる。
『連続少女誘拐殺人事件――未解決のまま続く異常犯罪』
『謎の通り魔出現!!注意されたし』
僕は、ちっとも気にも留めなかった。
だって、あの男を壊したから、もう僕たちを裂くものは何もない。
「安心してね、姉さん。今度こそ誰にも邪魔はさせないから」
そう言ったら、姉さんは僕に優しく微笑んでくれた――
◆ ◆
――姉さんは、僕の幸せそのものです。
僕の心の中では、常に姉さんが光り輝いていました。
姉さんが笑顔でいられれば。
姉さんが幸せであれば、それで良い。
姉さんが“シアワセ”であれば、それで――
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