第14話 胡桃みくるの世界。

 まゆが、私を見ていないことは知っている。

 まゆは私を見ているようで、その実、私よりももっと遠くにある、小説家になる夢を見ていることを、私は知っている。


 決定的な証拠はない。けれど、ただの読書家にしては不自然なほど熱心に本を読んでいたり。ふとした時に、いつもパソコンと向かい合っていたり。やけに語彙が豊富で、言語化能力に長けていたり。


 そういったもろもろの情報が合わされば、この私――胡桃みくるが、その事実に感づかないはずがなかった。


 なにせ私は、天宮まゆさえいればいいのだから。


 まゆさえいればそれでよくて、他の物はなにもいらない。


 ずっとずっと、まゆだけを見ていた。まゆのことなら、何でも知りたい。まゆさえいれば、それでよかった。


 そんな私が、小説家になるという、まゆの最大の夢に気づかないわけもなく、気づいたのは必然だと言えると思う。


 私はまゆが好きだ。どうしようもなく、恋愛的に。

 おかしくなってしまうくらい、まゆが好きだ。


 そうなるに至ったきっかけについて、物語のように劇的ななにかがあったわけじゃない。

 高校時代、なんとなく友達になっただけの私たち。

 最初はちっちゃくて童顔で可愛い子だなぁと、そんなことしか思っていなかった。


 しかしそれも。徐々に徐々に、彼女の人となりに触れる度、変わっていった。


 普段は無気力なのに、内にはまっすぐな信念があって。一見薄情に思えて、実は借りだけは絶対に返そうとする、情に厚い一面があったり。ぶっきらぼうに振舞うけれど、本当は誰よりも優しい心を持っていて。自分からはぐいぐい来るのに、こちらから近づくと離れて行ってしまうのが猫みたいで可愛かったり。


 そんな彼女の良いな、と思える部分を積み重ねていくうちに、いつしか私は、まゆのことを好きになってしまっていた。


 けれど同時に、私は知っていたのだ。まゆは私のことなど、一ミリたりとも見ていないということを。世界のすべて、ある一点を除いたすべてを、彼女は心底どうでもいいと思っている。


 小説家にさえなれればいい、他の物はなにもいらないと。そう本気で考えているということを。


 とはいえ、私はそんなまゆのことが好きになったのだし、彼女を否定するつもりも、彼女に私を見てほしいなどとも思わない。私も、そんなまゆの気持ちや考え方が、痛いくらいに分かるからだ。


 なにせ私も、まゆさえいれば、それでいいと考えるから。


 まゆさえいればそれでよくて、他の物はなにもいらない。自分のすべてをかなぐり捨ててでも、その結果、私のそばに、まゆさえいればそれでいい。


 私はまゆに望まない。

 まゆにも私のことを、好きになってほしいだなんて、そんなことは口が裂けたって言えない。


 彼女にとっての小説が、私にとってのまゆと同じように。なによりも尊いものだと、理解できるから。


 軽率に、軽々しく。彼女のすべてを否定するようなことは、絶対に口にしたくない。


 大好きだから、大好きだとは言いたくない。

 愛しているから、私は私の気持ちに蓋をする。

 こうして整理してみると、私はやはり矛盾している。


 胡桃みくるは、どこかで決定的に、間違えてしまっているのだ。


 だけれど、それでいいとも思う。

 再三述べるが、私はまゆさえいればそれでいい。


 私が間違えているだとか、歪んでいるだとか。そんなものは全部、心底どうでもいい。



 ただ。私は、彼女が私のそばにいて。


 そして彼女に――――見逃していてほしい、それだけなのだ。

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