第13話 お風呂。
「…………ほんとに、いっしょ?」
「いつまで言っているの。もうお風呂場なのに」
場所は脱衣所――を通り越してお風呂場。バスに溜めていたお湯も、もうじき貯まり切るころである。
お互いすでに一糸まとわぬ姿となっており、わたしにいたっては先にシャワーを浴びさせてもらっている。にもかかわらず、胡桃は未だそんなことを呟いており、ずっと心ここにあらずといった様子だ。
「はい、次。シャワー」
わたしは背後に立つ胡桃に振り返り、シャワーを手渡す。
「はぅ!? へっ、あ、はい、ありがと」
胡桃は挙動不審に目をきょろきょろとさせながらシャワーを受け取る。お湯を出し、シャンプーで頭を洗い始めた。
「……ぁ。これ、まゆとおなじ匂い。ぅへへ」
「……」
聞こえている。
やがてボディソープに手を伸ばす胡桃。泡立てて、身体に塗っていく。
「……」
「……」
「……胡桃、肌きれい」
「ふぇっ!? きゅ、きゅうになに!?」
「いや。思い返せば、胡桃の裸って見たことなかったなって」
高校の着替え時や、修学旅行の温泉など。見る機会はいくらでもあったように思えるが、そういえばわたしは胡桃の裸を見たことがなかった。今日が初めてだ。今まで気づかなかったが、裏で胡桃が根回しでもしていたんだろうか。
「顔がきれいなのはわかってたけど、胸も腕も脚も背中も。全部きれい」
「……そ、そんな」
「今、まじまじと見ながらそう思った」
「まじまじ見ないで!? 私だってまゆのこと、見ないように細心の注意を払ってるのに!!」
「じゃあわたしのこと、見てもいいから、胡桃の体ももっと見せて」
わたしは胡桃の肩を両手でつかみ、こちらへスライドさせる。
「……っっ!?!? ちょ、ちょっとまゆ!!」
「いいから」
胡桃は顔と体だけはまごうことなく美少女そのもの。そんな美少女と一緒にお風呂に入れるだなんて、恐らく滅多にないことだ。こんな貴重な取材の機会、ラノベ作家志望として断固逃してなるものか。
「毛、生えてないんだ」
胡桃の肌はどこをとってもつるつるすべすべで、わたしはおもわずそんな言葉を零していた。言った後、やべ、と思うが手遅れである。
「…………っ。…………こ、高校の時、だ、脱毛、に、ぃ、行ってた、から」
ああ、なるほど。そういえば高校時代、そんなことを言っていた気がする。全身脱毛がなんだとか、レーザーでなんとか、みたいな。
別に、胡桃は元から剛毛なんて言葉とは縁遠かったはずなのに、美容意識が高いな、などと、朧げにそう考えていたのを覚えている。
「…………そ、そういう、まゆこそ、つ、つるつるじゃん」
胡桃は伏し目がちに、わたしの体を見ながらそんなことを言ってくる。
おい、今わたしのどこを見てそう思った。
「わたしは元から体毛が薄い体質だから」
「……な、なんていうか。まゆはさ、肌も真っ白ですべすべだし、当たり前みたいに顔も良いし。ちっちゃいくせに、脚なんかすらっと細くて長いし。メッシュみたいな若白髪も、まゆのものなら幻想的で様になるしさ。まゆってまるで――神様から、祝福されているみたい」
「…………」
「……? まゆ?」
「……。ん、なんでも。というか、こんなに立派なものを持っている胡桃が、そんなことを言えるの?」
わたしは胡桃の胸を鷲掴みにして、彼女に問う。
「ひゃぅっ!? な、なにやってるの!」
「……」
……あれ、なんかもちもちで気持ちいい。あんまり触ったことのない不思議な感触。勢いで触ってしまったけれど、癖になるような感じだ。
「……」
「ま、まゆ! まゆってば!! ちょ、さわりすぎ……!!」
「……ねえ胡桃。顔、うずめてもいい?」
「……ん? かお、うずめていいって……は、はぁぁ!? な、なに言ってんのまゆ!? そ、そんなのダメに決まってるじゃん!!」
「……だめ?」
「……え、いやダメっていうか。ってまゆ、めっちゃ顔白いけど、だいじょうぶ!?」
……顔が、白い?
……ああ。まあ、なんか先ほどから思考がふわふわとする。お酒に酔った感覚ってこうなんだろうか。もしかして、胡桃とお風呂に入るというこの非日常に、わたしも無意識化でドキドキしてしまっているのかもしれない。
「……んぅ。だいじょうぶ。それよりも、おっぱい、吸うから」
「吸う!? いつの間にランクアップした!?」
などと、胡桃が取り乱している間に、わたしは胡桃の胸に顔を近づけ、そして彼女のてっぺんに、わたしはちいさく口づけをする。
「……んぁっ!」
そんな彼女の反応が面白くて、わたしはつい苦笑してしまう。
「胡桃、かわいい声」
「か、かわいいって……。ま、まゆ?」
「んぅ?」
「……なんか、明らかに様子おかしいよね? いつものまゆじゃないよね?」
……はあ。いつもの、わたし?
「……なに、いつものわたしって。胡桃から観測されたわたしが、いつものわたし?」
「……え?」
「そんなのが、いつものわたし? ははぁ。まあたしかに、いつも外に出しているわたしが胡桃の観測するわたしなら、なるほどそれはいつものわたしといえるのだろうけれど。しかしその、いつものわたしとは果たしてわたしらしいと同義と言えるの? いやなに、いつものわたしとわたしらしいが必ずしもイコールだとそう言いたいわけじゃないのだけど、しかしてさっきの胡桃の口ぶりからは、わたしはそういうニュアンスを感じ取ったものだから、ついそう訴えずにはいられなくなってね」
「ぜったいおかしいよね!? まゆ史上一番の長文だよねこれ!?」
「……わたし史上というけれど、それって胡桃の知る限りのわたしであって、本当のわたしはもっと――ってあ、れ?」
刹那、世界が逆転する。
視界がぐるりと回り、ぽつぽつと黒い斑点が発生し、増えていく。
目を開けているはずなのに、なんだか見えにくい。
「――まゆ!? ちょっとまゆ!! ……どうしたの!?」
音が遠ざかるように聞こえた。鼓膜に膜でもはっているかのように、胡桃の声が小さく聞こえる。
ふと、背中にひんやりと床の感触を感じて、わたしは我にかえった。
……わたし、いつの間に寝転がって。
……ああ。そうだ。そういえばわたし、中上さんにはああいったけれど、昨日も今日も寝ていないんだった。それなのに、執筆して学校行って、バイトして。今まで疲れを感じていなかったのって、昨日の選考落ちのせいでアドレナリンが出ていたからだったのかもしれない。
それとも。わたし、お風呂はすぐのぼせるから水温はいつも低めに設定するのだけど、今日は雨で濡れたし胡桃もいるからと気持ち高めにしたのが仇となったのか。天宮マユ、身体弱すぎ。赤ちゃんじゃん。
……いや何言ってんだ。さっきから思考、とっ散らかってまとまんないし。
ああ、やべ、これ。気ぃ、失うやつ。
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