第11話 制服。
ようやく4時間の勤務を終えた。
「お先に失礼します。おつかれさまでーす」
そんなわたしの間の抜けた声が、再び店内に響く。いや響いていない。店内にもみんなの心にも。わたしの声にそんな声量はないし、説得力もない。大体、お疲れ様だなんて思ってないし、おはようございますとも思わない。
精神的にも物理的にもわたしの声が響かないのは、思ってもいないことを言っているからだ。
そもそもバイトでもなんでも、なぜ大学生は顔を合わせるとすぐにおはようだとかお疲れ様などと言ってくるのだろう。別におはやくないし、疲れてもいない。それが定型句とばかりに、悉くおはようお疲れをしてくる。誰だ最初に言い始めた奴。おまえが始めた物語だろう。
ともあれ、そんなどうでもいいことを考えられる余裕があるくらいには、わたしは疲れていなかった。
「あ、繭さん。お疲れ様ですっ!」
突如、そう快活な声を浴びせられる。
その声の主――長い黒髪をポニーテールでまとめ、小柄な体はワイシャツとミニのプリーツスカート、つまるところ高校の制服で覆っている。
ニコッと効果音でも付きそうな笑顔の彼女は、今日も相変わらずの美少女ぶり。
彼女はヒマちゃん。みんなそう呼んでいるからたぶんそう。いつも着ているこの制服がコスプレでないのなら、ヒマちゃんは恐らく高校生だ。たぶん、きっと。
「ん。ヒマちゃんおはよう」
わたしはおはようかお疲れの二者択一を迫られ、前者を選択した。
「はいっ! 繭さんはあがりですよね?」
「そうだね」
「あたしたち、ここ一週間シフト被ってませんよね。繭さんがいないと少し寂しいです」
「たしかに。それにヒマちゃんはしごできだから、一緒だとこっちが楽できる」
「えへへぇ。そですか? うれしいこと言ってくれるじゃありませんか。あたしも実は、繭さんとシフトが同じだと、前日から結構楽しみだったりするんですよ~?」
そう言って、彼女は朗らかに微笑んでくる。
「……」
……あざとい。そしてコミュ力が高い。
こういうことを言われたら嬉しいんだろうな、というのは容易に想像できるものだが、それを実践できるかと問われればまた話は変わってくる。しかして彼女は、それを平気でやってのけるし、上乗せで踏み込んでも来る。もっといえば、それを無意識風に装うのが抜群に上手い。
わたしみたいに、上辺だけをそれっぽく塗り固めたメッキの戦士とは訳が違うのだ。これぞ真正のコミュ強。スカートが短いのにも納得がいく。
「……」
「……?」
……それにしても、高校の制服ってかわいいよな。
最近わたしはこの年にして、制服のかわいさに気づきつつある。
だぼだぼのワイシャツを腕まくり、胸には赤いリボンを。そして、スカートを短く折ってしまえばあら不思議。脚丸出しなのにもかかわらず、謎の健全さが勝り、この上なく創作映えする服装となる。
こんなこと、実際に制服に袖を通していた高校時代には思わなかったのに、なぜ今更になって制服の良さに気づいてしまうのだろう。失って気づくこともあるとはよくいったものである。失って早2年……。
失わなければ気づくことさえできないなんて、この世界はどうしようもなく残酷だ。
「……繭さん。なんか視線がいやらしいんですけど」
いやらしいとは失礼な。
「ごめん、なんでもない。ヒマちゃんにもいずれ、気づく時がくるとおもう」
「……なんですそれ。繭さんって、時々変なこと言いだしますよね」
「……」
……そういうヒマちゃんは、時々かなり失礼だ。
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