第9話 怠け者。
見たところ、胡桃は服もそのままで大学用のトートバッグも持っている。テーブルには既にお冷とおしぼりが置かれており、おそらく彼女は大学からコメタ珈琲まで直行してきたのだろう。
「来るなら言ってくれればよかったのに」
「へっ? まあ、サプライズだよサプライズ。まゆも好きでしょサプライズ。サプラーイズ!」
「……うっとおしい」
「うっとおしい!?」
……やべ。つい心の声が。
「冗談」
「……じょ、冗談かぁ。なんだびっくりさせないでよぉ。私の方がサプライズ喰らったみたいじゃん」
「そんなことより、注文はある? あるなら聞くけれど」
「んっ? あー、えっと。まゆのおすすめがいいな~……なんて」
「……」
上目がちにわたしを見据える胡桃の声は、尻すぼみに小さくなっていく。
恥ずかしがるなら最初から言わなければいいのに。
……しかし、おすすめ、ねえ。
「お昼がまだならエビカツパンとかおすすめ。少し大きいけれど、食べきれなくても残りはテイクアウトできるし」
「エビカツパンか。ちょうどこの前来た時食べたんだよなぁ」
「……この前? 胡桃、コメタにはよく来るの?」
「はぇっ!? あ、ま、まちがえた! お昼は食べちゃったから、重たいのはちょっとな~! コメタにはほとんど来たことないよ!?」
「……」
……。
……まさかな。
学食を食べ損ない、そしてそのまま大学から直行してきたんだからお昼なんて食べてないだろ、という点については深く追及しないでおくことにする。
わたしだってお昼を食べていないんだから、わたしより早くコメタに着いていたっぽい胡桃が、お昼を食べられるわけがないのだが……。
……やめだやめ。これに関しては、なにか恐ろしい事実に繋がっていそうな気がする。
「……じゃあ。無難にアイスコーヒーと、セットでミニシロノワールとか」
「うん! じゃあそれ! それにする!」
「……」
胡桃のその態度にわたしは釈然としないながらも、ポケットからハンディを取り出し胡桃の注文を打ち込んでいく。
「アイスコーヒー、ブラックにできるけれど。どうする?」
「あー。甘いまんまで」
「ん。……ええっと、入りアイスと、セットでミニシロ、と」
そうわたしが注文を取っていると、胡桃がなにやらわたしのことを見つめていることに気づいた。
「……なに、胡桃」
「……ふぇ? あ、いやなんでも。……ただその、あのナマケモノのまゆがこんなにも私の間近で働いていることが、ちょっと感慨深いっていうか」
いま間近でって言ったなコイツ。まるで間近じゃなかったらわたしが働いているところを見たことがあるかのような口ぶりだ。
それとなんだ、ナマケモノって。わたしほど勤勉な人間もそうはいないだろうに。
「……」
とはいえ、わたしが小説を書いていることなんて知らない胡桃からしてみれば、わたしがナマケモノのように映るのも無理はないのかもしれない。ふとそう思った。
普段わたしはこれでもかと小説を書いているが、裏を返せば小説しか書いていないとも取れるし、なにせわたしの行動原理といえば、全て小説家になることに帰結する。
その大本の存在を知らなければ、なるほど確かにわたしはナマケモノに見えるかもしれなかった。
わたしの家族や胡桃は、わたしのことをさぞ暇人だと思っていることだろう。……それはそれでムカつくな。
「まゆちゃん、働けてえらい!」
「……。あんまりバカにしてると、間違えてカツパン10個注文しちゃうよ」
「やめてね!?」
それは胡桃次第である。
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