第6話 天宮マユの世界。

「そ、そういえばまゆの部屋、また本増えたよね」

「そう?」


 露骨に話題を逸らすように言われ、わたしは釣られるように、部屋の隅に置いてある6つの本棚に目を向ける。


 小説やら実用書やら新書やら。6つの本棚のそのどれも、所狭しとぎちぎちに本が詰められており、その上には入りきらなかった無数の本たちが、まるで木のように生えていた。


 一日一冊はなにかしら読んでいるから増えてはいるのだろうが、毎日この部屋で生活しているわたしからしてみれば、正直目視ではわからない。


「確実に増えてるよ。それも大学入ってからは特にそう。高校の時もまゆは熱心な読書家だったけど、大学生になってからはほんともう、凄いよね」

「ふーん」


 刹那、喧騒が離れていく。


 ……読書家、ねぇ。


 ちなみに、胡桃はわたしが小説を書いているということを知らない。というかわたし以外、この世界の誰一人として、天宮マユが小説を書いていることを知らない。


 小説家になるまでは死ねないし、小説家になれないのなら死んだほうがマシ。


 少しのまじりっけもなく、わたしが心の底からそう考えているという事実を、この世界の誰も。友人や家族でさえも、知らないどころか想像したことすらないだろう。


 小説はわたしにとって、生きる意味をくれたもの。

 小説家になることは、わたしの人生のすべてなのだ。


 小説家になるためならわたしは、どんな犠牲だって払うことをいとわない。その結果、わたしのもとになにも残らなくたって、小説家にさえなれていればそれでいい。


 そんなことを誰かに言えば、その誰かは『人生の幸せはなにか一つじゃ収まらない』とか『犠牲を払って夢をかなえても虚しいだけだ』とか、そういう綺麗ごとを吐いてくることだろう。


 けれどわたしに言わせてもらえば、そんなことを言えてしまう人間は、可哀そうな奴なのだと心底思う。


 何故ならば、そいつはきっと、それがあれば他の物はなにもいらない、自分のすべてをかなぐり捨ててでも手に入れたいと思えるなにかに、出会うことが出来なかっただけなのだから。


 ゆえに、そんなことを言えてしまう。

 知らないからそんなことが言えるのだと、わたしは思う。


 とはいえわたしも、自分の価値観が世間一般とはかけ離れているのだということを、19年間生きてきて理解している。だからわたしは、自分の価値観を他人に押し付けるつもりはなく、理解してほしいとも思わない。おそらく今後も、誰にも言うことはない。


 人は他者にはなりえない。自分は自分にしかなれず、自分の人生しか歩めない。

 自分のことしか知らないのだから、究極的に他人の気持ちを百パーセント理解するなど、土台無理な話なのである。


 他人の気持ちを理解しようと親身になり、客観視することだってできるけれど。

 それだってあくまで主観でしかない。

 客観視しようと決めたのもしているのも自分なのだから、どう足掻いたってそれも主観だ。


 世界は主観と、他者を理解しようとするフリだけで構成されている。ひっくるめれば、全て主観だといえよう。


 だからわたしは、わたしの世界はわたしだけが理解して、知っていればそれでいいと考える。


 この世界の誰一人、わたしの世界に踏み入れることを、天宮マユは頑として許さない。


 人と人とは突き詰めれば、お互いを理解し合うことなど、絶対的に不可能なのだから。


 ……と、こう考えているのだって、あくまでわたしの主観に、過ぎないわけだが。

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