第4話 ウィンウィンの関係。

 ところで、胡桃くるみみくるはわたし――天宮繭あまみやまゆのことが好きなのだと思う。それも、恋愛的な意味で。


 特に本人がそう言っていたわけでもないのだが。だけれどたぶん、胡桃は恐らく、わたしのことが好きなのだ。


 根拠といえば、いくつかある。


 たとえば。ふと胡桃からの視線を感じ、わたしが胡桃を見やると、当の彼女は恥ずかしげに、なぜか目を逸らしてくること。


 たとえば。胡桃は普段、しっかりものでお姉さん気質なのだが、わたしと接するときだけは、急に挙動不審になることが多いこと。


 たとえば。胡桃はわたしとの共通点を見つける度、それがどんな些細なことでも、彼女は常として、心底幸せそうに笑うこと。


 たとえば。胡桃はわたしよりも学力が高かったけれど、それなのに、何故かワンランク落としてまで、わたしと同じ大学に通っていること。


 たとえば。胡桃は高校時代から男子に異常にモテるのだが、『今はまゆと居る方が楽しいから……』などと言って、頑なに彼氏を作ろうとはしないこと。


 なんて挙げだせばキリがないが、そしてわたしも、それらに気づかないほど鈍感ではないつもりだった。


 今だって……ほら。


「…………いっぱい食べてる。かわいぃ」


 胡桃が作ってくれたオムライスを、わたしが口いっぱいに頬張っている最中。

 彼女はわたしをぼんやりと眺めて、そんなことを呟いていた。


「……」


 わたしは、口の中のオムライスをもぐもぐと頑張って咀嚼したのち、


「……かわいいってなに。バカにしてる?」


 すると胡桃は、虚を突かれたかのように目を見開く。


「んへっ? な、なんのこと?」

「なんのことって。今胡桃言ってたじゃん。わたしのこと見て、いっぱい食べててかわいいって」

「……い、言ってたかな~? 言ってたかもな~? あ、あっはは~?」

「……」

「……」

「……」

「…………」


 ……じーっ。


「……」

「…………別に、他意はないけど。ただオムライス頬張ってるまゆが、ハムスターみたいでかわいいな~って。……身長もちっちゃいし、童顔だし、どことなく小動物みたいだなって。……そう、おもっただけ」


 そっぽを向き、ぼやくようにそう言う胡桃。


 とどのつまり、こういうことだ。

 こんな露骨な態度を取られれば、誰だって嫌でも気づいてしまうものだと思う。とはいえ。


「小動物って。やっぱりバカにしてるでしょ」


 わたしもわたしで、それに気づかないふりをする。なぜか。


 そもそもの話。胡桃がなにもアクションを起こさないのに、わたしから彼女の好意を確かめるような言動をするのは、些か自意識過剰だとおもう。否定されればそれまでだし、その後の空気が気まずくなることは自明であろう。


 それと、もう一つ。


 胡桃といると自動的に、恋する少女の取材になる。


 わたしに片思いをする胡桃の一挙手一投足こそが、わたしの創作の糧となるのだ。

 事実、恋愛小説を書いているわたしは、過去、登場人物に胡桃の言動をトレースさせ、キャラクターを作ったことがある。


 胡桃はわたしにとって、恋愛における、非常に役に立つ生きる参考文献なのだ。


 だなんて言うと、わたしがどうしようもない腹黒女に映るかもしれないが、実際のところ、これは胡桃にとってもメリットのある、いわばウィンウィンの関係なのだということを、どうか理解しておいてほしい。


 なにせ彼女は、高校時代から短くない時間、わたしに恋をしているわけだが。しかして胡桃は、今まで一度としてわたしに好意を打ち明けようとしたことがない。なんなら彼女は、それをあらゆる手段でひた隠しにしようとしてくる。


 それでも結局、大学まで同じところについてきたのだから、わたしとは一緒に居たいのだと察する。


 要するに彼女は、わたしに恋をしているが、だからといってわたしと恋仲になろうというつもりはなく、それはそれとして、やはりわたしとは一緒に居たいらしい。


 さらに要約するならば、胡桃はわたしを体よく利用し、自身の欲を満たしていると言える。


 対するわたしも、そんな彼女を理解したうえで何も知らないふりをして泳がし、自身の執筆に役立てている。お互い様なのだ。


 だからわたしはこの現状を良しとするし、胡桃もまた、この現状を良しとしている。


 つまりこれは、暗黙の互恵関係。

 お互いに利のある相互関係。


 所謂、ウィンウィン、というやつなのである。

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