第9話 花売りの少女


 無事に品物を売り終えた橋山は荷車を預けネリタの街を散策していた。近くの村で牛鬼が出たと言っても街は相変わらずの賑わいを見せている。

 参道からは外れて商店街の方へと向かってみると。


 『お花はいかがですか?お花はいかかですか?』

 小さな少女が花籠を持ち売り歩いていた。見た感じ年は七、八歳と言った感じだろうか。一生懸命大きな声を出して道行く人に小さな花束を売り込んでいくのだが。


 『きゃッ!』

 『危ないよ!どっかお行きよ!小汚いね!』

 すると、小洒落た着物姿の糞ババ…いや、ご婦人にぶつかられ少女が花籠を落としてしまう。

 道行く人は哀れみや蔑みの目で見ているのみで声を掛けたり、花を買おうとする者は一人もいなかった。


 『お嬢ちゃん大丈夫かい?』

 橋山はそっと近づくと倒れ込んだままの少女へと手を差し伸べた。

 『あ…はい。大丈夫です。あの…お花はいかがですか?』

 少女は倒れ込んだまま手に持った小さな花束を橋山へと差し出して来た。

 

 なんて逞しい嬢ちゃんだよ。あんなに酷い事を言われても目に涙も浮かべずに。強い子だなこの子は。

 『まあ取り敢えず立ちなよ。ああ、汚れちまって。怪我は無さそうだな。それで?一束いくらだい?』

 『一束五文になります!買ってくれるんですか?』

 少女は起き上がると嬉々とした顔で橋山を見つめている。恐らくこの様子では一つも売れてはいないのだろうと橋山はその顔を見て察したのだ。


 『全部でいくつあるんだい?』

 『え?全部で…二十束ありますけど。』

 『じゃあそれを全部貰おうか。帰り道のお地蔵さん達に供える花を探してたんだよ。ちょうど良かった。』

 橋山がそう言って財布から銀一朱を取り出して渡すと、少女は口を開けたまま固まっていた。

 『釣りはいらねぇよ。そのまま持って帰りな。』

 『ありがとうございます!ありがとうございます!』

 少女は目に涙を浮かべると何度も何度も橋山へ礼を言い、頭を下げていた。


 『両親はどうしたんだ?ひとりで売っている様だが。まだ七つくらいだろ?お嬢ちゃんは。』

 橋山がそう言うと少女は俯きながら言ったのだ。

 『おかあちゃん…具合が悪くて寝込んでいるんです。だから私が働いて稼がないと…お父ちゃんは居ないので。』

 どうやら具合の悪い母親の代わりにこうして花を売って日銭を稼いでいた様だ。橋山はそれを聞いて胸がきゅっと締め付けられる様な思いをする。


 『そっか。おかあちゃんの具合いはそんなに悪いのかい?薬とかは?』

 橋山がそう尋ねるも少女は首を振っている。恐らく薬を買う金も無いのであろう。それでは医者の診療なんて到底無理な話しである。


 すると橋山は少女に目線を合わせて言った。

 『良かったらおじちゃんをお嬢ちゃんの家まで案内してくれねぇか?実はおじちゃんな。医者の心得があるから、おかあちゃんの具合いを少し診てやれるからよ。』

 『お医者様なんですか!?いいんですか!?』

 橋山がそう提案すると、少女は顔を上げ嬉しそうな顔で喜んだのであった。


 少女の名前は琴と言うらしく、やはり七歳だそうだ。橋山はお琴に連れられて街の外れにある長屋街へと来ていた。

 賑やかなネリタの街中とは打って変わって、近くの農村の様な雰囲気になる。掘立て小屋の様な屋根続きの民家がズラリと並んでいるその一角にお琴の小さなの家はあった。


 『おかあちゃん!おかあちゃん!お花が全部売れたんだよ!?このおじちゃんが全部買ってくれたの!』

 『ゴホッ…ゴホッ…全部?そちらの方が買ってくれたの?…ゴホッ』

 お琴に着いて家へとお邪魔すると、そこは土間と四畳半のみの小さな家である。そこに布団を敷いて寝込んでいた顔色の悪い痩せた母親が、咳をしながら橋山を見て頭を下げていた。

 『それでね!おじちゃんがおかあちゃんの具合いを診てくれるって!お医者さんなんだって!』

 『え?…ゴホッ…ゴホッ…お医者様?』

 母親は入り口に立つ橋山の姿を見て首を傾げている。それはそうだろう。橋山の格好はどう見ても医者などには見える筈もないのだから。

 『ああ、医者ではねぇよ?少し心得があるだけだから。どれちょっとお邪魔するよ?』

 橋山はそう言うと布団で身体を起こしている母親の元へと向かった。お琴はその様子を期待の眼差しで見つめている。

 『いつ頃から具合いが悪いんだ?』

 『ゴホッ…元々喘息持ちなのですが…先月に風邪を拗らせてしまいまして。それからずっと咳と熱が…ゴホッ』

 どうやら元々身体の悪かった所に風邪を引いて悪化させてしまった様である。それに加えて薬を買う金もなく遂には寝込んでしまったのだろう。

 『おかあちゃんは…治りますか?』

 お琴はそう言うと祈る様な目で橋山を見つめている。


 正直言ってこのままだとこの母親は危ないだろうな。薬もなく医者にもかかれない様では。

 よし、やれるだけやってみるか。


 橋山は母親に向かって両手を差し出し集中し始める。母親とお琴はその様子をキョトンとしたまま見つめていた。

 すると、橋山の手から淡い緑色の光が放ち始め母親を包み込んでいく!

 『!?これは…回復魔法?』

 『おかあちゃんが光ってる…』

 母親をしばらくの間包み込んでいた淡い緑色の光は、キラキラと輝きながらゆっくりと収まっていった。


 『どうだ?身体の具合いは。』

 『え?…あれ?身体が…動きます…苦しくありません…』

 『おかあちゃん?』

 母親は自分の身体を確かめる様に触りながら唖然としている。

 

 どうやら成功したみたいだな。回復魔法は切り傷では試してはみていたが、強い魔力を込めれば病気にも通用するって事か。


 自分でも半信半疑であった橋山だったが、母親の顔色が明らかに回復しているのを見て、ホッと胸を撫で下ろしたのだった。

 『貴方様はいったい…』

 『おかあちゃん?治ったの?顔色が凄く良くなってるけど。』

 『もうおかあちゃんは大丈夫だぞ?安心しな。』

 橋山はそう言うと目を丸くするお琴の頭を撫でてやったのであった。


 『本当にありがとうございました。何と御礼をしたら良いのか…。まさか回復魔法をお使いになられるなんて。』

 『そんなに珍しい物なのか?回復魔法ってのは。』

 すっかり体調の回復した母親は、布団から起き上がると橋山へと何度も何度も礼を述べていた。

 『それはもう…回復魔法と言うのは、高明なお医者様か、お寺や神社のお偉い方々がお使いになられるものですから…。一般では中々…と言うかあり得ない話しかと思います…ましてや病気を治してしまうなんて…。』


 どうやらまたやらかしちまったみたいだぞ?回復魔法で病気は治るものでは無いのか!?


 『お米さん。この事は内密にな?』

 『はい!それはもちろん!誰にも言ったりは致しません!お琴も!ね?今見た事はおかちゃんとの秘密にしようね?』

 『うん!おかちゃんが元気になってくれたのならお琴は何でもいいもの!』

 二人に口止めをすると橋山は満足気に頷いていたのであった。


 『しかし大変だな?親子二人で暮らすってのも。』

 『はい。旦那は二年前に仕事中の事故で亡くなってしまいまして…それからは私ひとりでお琴を育てて来たのですが、体調を崩してしまい。本当に橋山様のお陰で助かりました。ありがとうございます。』

 『いやしかし、良く出来た子だよ。お米さん、礼を言うならお琴ちゃんに言ってやってくれ。俺はこの子の直向きで一生懸命な姿に心打たれただけだからよ。』

 『はい…本当にありがとうございました。』


 橋山はお米とお琴の幸せそうな笑顔に見送られながら、長屋街を後にした。


 まあ、人助けも良いもんだよな。俺の力で誰かが幸せになってくれるって言うのら、いくらでもこの魔法を使ってやるよ。

 橋山は自分の手を見つめながらそう呟くと、温かい気持ちで帰路へと着いたのであった。




 ◇◇◇◇



 『回復魔法で病人を治したんですか!?』

 『いや、やっぱりおかしい事なのか?怪我以外を治しちまうのは。』

 無事に帰宅をすると橋山はお菊に現状の擦り合わせを行っていた。

 『回復魔法で病気を治すのなんて将軍様の主治医くらいなものですよ!!普通回復魔法と言うのは出来ても怪我を治すだけですからね!?そもそも回復魔法を使える人間だって限られていますから。医者でもそれなりに名の通った名医か、お寺や神社の位の高い方達しか使える方は居ませんよ?』


 どうやら回復魔法自体がこの世界では相当貴重な物らしいな。俺は自分の知識にある回復魔法をイメージして魔力を込めてるだけなんだが…。

 魔法が使えたらまず考えるだろ?回復魔法を。


 『ちゃんとそのお米さんとお琴ちゃんには口止めはして来たんですよね!?』

 『ああ、それは全く問題ない。大丈夫だ。』

 橋山が自信満々にそう言うとお菊は疑わしいものを見る様な目で見て居たけれども、取り敢えず納得はしてくれた様だった。


 『ちょっと橋山さんには魔法に関しての基礎的な擦り合わせが必要みたいですね!』

 『申し訳ない。よろしくお願いします。』

 そこからは、お菊によるこの世界の魔法の知識の、基礎的な享受が行われたのであった。




 


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