あざみ
esquina
あざみ
「あなたが迎えに来てくれるなんて、珍しいのね」
車を覗き込んだ妻の姿は、初夏の日差しを受けてハッとするほど美しく見えた。
しかし、助手席に乗り込んだ妻は、不機嫌そうに押し黙っている。
まるで、いたずらの現場を見つかった子どものような顔だ。
山野草の会。名前だけ聞けば健康的だが、妻がそこへ参加するもうひとつの理由を、夫は薄々勘づいていた。
「週末だし、ちょっとドライブしたくなったんだ。今日は何をしたの?」
走り出す車の窓の外を、和やかな山野の景色が流れていく。
「好きな山野草を見つけて、スケッチしたわ。私はアザミを描いたの」
「アザミって……あのトゲのあるやつか?」
「そうよ。だけど、紫の花がきれいだし…」
妻は言い掛けて、言葉をのんだ。
夫がアザミに関心が無いことは、表情から十分に読み取れた。
夫が知りたいのは、そんなことではない。
妻を美しく変えたのは誰か、それを突き止めたいのだ。
本能的に余計なことを言わない方が身のためであることを、妻は理解した。
「それで、会には友だちはできたのか?」
夫は、まるで口笛でも吹くように、さりげなく尋ねた。
「…そうね。でも、野草の会だから。友だちを作る会じゃ無いもの」
突然、妻の携帯の着信音が会話を遮った。妻は明らかにヒヤリとした表情をしたが、瞬時に微笑に変わった。
「きっと次回の会の知らせだわ。いいわ、あとで折り返す。何の話だっけ?」
「いや、出た方が良いよ。君が嫌じゃないなら」
着信音は途絶えた。
「もう切れたわ」
「掛け直した方が良い」
妻は意を決したように携帯電話をバッグから取り出すと、リダイヤルを押した。数回の呼び出し音の後に、男性の声が漏れ聞こえた。
「もしもし?どうした?今日は急に帰ってしまって…」携帯電話から聞こえる男性の声は、明らかに動揺しているようであった。妻はグッと携帯を耳に押し当ててから、早口で答えた。
「ごめんんなさい、会長さん。先ほど、夫が急に迎えにきてくれることになって…」妻はさらに、捲し立てるように続けた。
「次回は来月の第二土曜日でしたよね?メンバーから聞いていますから、大丈夫です。今、移動中なので、失礼しますね」
言い終えると、一方的に通話を切った。そして画面を閉じると、バッグへ戻しながら、こっそり電源をオフにした。
残念ながら、夫は今の短い会話からは、何も確証を得ることができなかった。
夫はハンドルを握りしめ、乱暴にカーブを切りながら、小さく舌打ちをした。
「……まったく、食えないヤツだな」
「いいえ、あなた」
カーブの先には、一面に咲き乱れる紫の花が現れた。助手席の妻は、それを認めると、軽やかに笑って指さした。
「あれ、食べられるんですよ」
「え?」
「あら。アザミのことをおっしゃってたんじゃないの?」
妻は何食わぬ顔で続けた。
「アザミの根っこはね、やまごぼうって言って、おいしいのよ。ほら、お寿司のあれよ」
夫は何か言い掛けたが、黙り込んでしまった。
ーーーいつか尻尾を掴んでやる、しかし、それは今じゃない。
妻が夫に教えなかったことがひとつある。アザミの根を採取するコツは、一気に引き抜くことである。そこに、ためらいは禁物である。
あざみ esquina @esquina
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