第7話
技術庁の次官という存在は、表舞台に出ることが少ない、いわば裏の実力者。その人物が公然とわたくしの技術に拍手を送ったという事実は、技術監査局内における力関係を瞬時に塗り替えるに十分でしたわ。
デズモンドの目の奥に、わずかに浮かんだ焦燥の影。ええ、愉快ですわね。わたくしを“管理下に置こう”と目論んでいた彼の思惑が、ここにきて音を立てて崩れましたの。
わたくしは起動したばかりの簡易住居の一室に歩を進め、手近な椅子に腰を下ろしました。
「これでよろしいかしら? あなた方の“監査”とやらは」
静まり返る広間の中、誰もがわたくしの一挙手一投足に目を奪われておりました。ええ、それでこそわたくしの技術が成すべき舞台ですわ。
やがて、デズモンドが静かに立ち上がり、言いました。
「……技術監査局としての結論は、後日、正式に文書で通知する。ただし、ひとつ忠告しておこう。君のやっていることは、“今の王国”では制御不能な領域にある。理解されぬ技術は、恐怖に転じる。それがどれほど有益であっても、だ」
「恐怖? あらあら、古代においては、知識を恐れた民がどのような末路を迎えたか、ご存知でして?」
「滅びただろうな」
「ええ。わたくしは“滅びない側”に立つと決めておりますの。だからこそ、わたくしの技術は前へ進むのですわ。誰に止められようとも」
わたくしの発言に対し、もう誰も反論しようとしませんでした。すでに“力”を示した者に対して、言葉だけで立ち向かうことの愚かさを、彼らなりに理解したのでしょう。
リゼがそっと袖を引いて、耳打ちしてきました。
「お嬢様……これって、つまり……勝ちですか?」
「勝ち負けの問題ではありませんわ、リゼ。これは“証明”ですの。わたくしが、誰の許可もなく、正しく存在しているということを」
技術監査局を後にしたとき、すでに日暮れが始まっておりました。王都の空は鈍色に染まり、尖塔の先にだけ、朱色の陽が名残惜しげに滲んでおりました。
通りに出たとき、わたくしとリゼの前を、数人の技術士たちが通り過ぎていきました。その誰もが、ちらとわたくしを振り返り、ある者は目を伏せ、ある者は立ち止まり、ある者は……敬礼をいたしました。
あらあら、もうそんな立場に? おほほ、時代が追いつくのは案外早いものですわね。
宿へと戻る途中、わたくしは王都の空気を静かに吸い込みました。変わらぬ匂い、変わらぬ喧騒。けれど、今のわたくしにとって、それは“過去”の香りでしかありません。
「リゼ、明日の朝には村へ戻りますわよ。やるべきことが山積みでしてよ」
「は、はい。わたし……誇らしいです、お嬢様が、こんなに……」
「当然ですわ。わたくしは、わたくしのままで、正しゅうございますもの」
夜が明け、わたくしたちは再び辺境への帰路につきました。
馬車の揺れの中、リゼがぽつりと尋ねました。
「でも……王都の人たち、また来ますよね? 今度は、技術を奪うためにとか」
「ええ、来るでしょうね。けれど、そのときには、奪われる前に“理解されないまま”消えていただくまでですわ」
わたくしは、膝の上に置いた手のひらをじっと見つめました。
この手が、次に創るものは──
世界を変える技術か、秩序を揺るがす兵器か。
どちらであっても、わたくしの中で優先されるのはただひとつ。
それが“面白いかどうか”、ですわ。
そして、面白きことは常に、恐れられ、敬われ、歴史になる。
さあ、エリス・フォン・グリムヴァルトの物語は、まだ始まったばかりですわよ?
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