夜空の刻印魔法

雨星燈夜

第一章 蛍光祭

第1話 夢の終わりと新たな始まり


 『ぼくも大人になったら、大事な仲間と一緒に冒険したいなぁ』


 ぼくは本棚に囲まれた静かな部屋でお気に入りの物語を読み終えると、椅子に座り直して本を閉じ大事に抱えた。


そして、大人になった自分が本に登場した人物と冒険している姿を思い描く。


 先頭を走る力強い獣人の戦士、仲間の動きと連携しながら弓を射るエルフの狩人、後方で不思議な力を扱う魔族の魔法使い。


 ぼくが読んでいた物語は、過去に起きた厄災に立ち向かった自警団が主役になっている。


 自警団は厄災を鎮めた後、世界中から英雄として称賛され、彼らの冒険譚は物語となり、世界中に語り継がれた。


 ぼくが住んでいる村の人達はこの物語に詳しくて、そのなかでも村長は本に載っていない団員達の好物や趣味など、色んな話を良く聞かせてくれる。


『ユーラスは本当にこの話が好きじゃのう』


『うん、だって凄くカッコイイもん。ぼくも大人になったら、色んな人を助ける魔法使いになるんだ!』



 そんな夢を抱きながら、幼いユーラスは両親の仕事を手伝いながら、村の人達に頼んで冒険に役立つ魔法や道具などの知識をたくさん教わっていた。



 懐かしい思い出の風景だったが、目の前が段々とおぼろげになり、視界が真っ白に染まっていく。



「——う、——ユウ!」


「——うん?」

 

すると、誰かが必死にぼくを呼ぶ声が聞こえて来た。



「あっ、起きた!」

「ユウ、大丈夫か!?」


 薄っすら目を開けると、目の前には大きな獅子獣人の男性が鬼気迫る勢いで、ぼくの顔を覗き込んでいた。


「治療は終わったと聞いたが、体は大丈夫か?」

「え、ちょ、ちょっと!?」


 状況が分からず黙って瞬きをしていると、金色の鬣を持つ獅子獣人がぼくの両肩を掴んでがくがくと体をゆすり始める。


 「団長!?」

「ユウは治療してもらったばかりだぞ!」

「怪我人なんだから大事に扱え!」


 身体をゆすられながら部屋を見渡すと、掃除の行き届いた清潔な部屋に白いベッドがいくつか並んでおり、1つ1つを一定の間隔で区切る様にカーテンが備え付けられている。



「あっ、すまん……つい」

「ふぇ~、目が回った」



 揺すられた衝撃で、まだ視界と頭がぼんやりしているが、ぼくの周りに居たのは立派な鎧を着た獅子獣人の他に3人。


 まず、灰色の毛並みに白いシャツと茶色いベストを着ている細身な狐獣人の男性。

彼は姿勢良く医師の側に立って話をしていたが、獅子獣人が僕を乱暴にゆすったのを見ると、慌てて獅子獣人を止めに入ってくれた。


 次に、銀色の鬣と藍色の鱗が印象的な背の高い竜人の男性。黒いレザーベストからむき出しになっている太い腕を組んで、壁にもたれながら片目だけをこっちに向けていた。


 そして最後の1人が、長い赤髪に黒いローブを着たエルフの女性。ベッドに手を突きながら、心配そうにぼくを見ている。


「え~と」


 落ち着いてもう一度周囲を見渡すと、ベッドから少し離れた場所には医者と思われる白衣を着た人が何人か待機していた。彼らは緊張した面持ちでこちらの様子を伺っている。



「あの……痛っつ!?」


 自分の状況を確認しようと体を動かした途端、全身に痛みが走った。


 服をまくって体を見てみると、体中に包帯が巻かれて所々に血が滲んでいる。


「だ、大丈夫か?」 


「無理して動かなくていい、何があったか覚えているか?」


 戸惑う獅子獣人に代わって、灰色の狐獣人が労わる様にぼくの背中に手を回して体を支えてくれた。


「あ~、えっと」


 状況が分からず返事に困っていると、藍色の竜人が顔を顰めながら口を開く。


「無理もねぇよ。あの試験官ども、ユーラスにあんな化け物ぶつけやがって」

「本当にそう!! いくらAランクの昇格試験でも、1人で戦う相手じゃないでしょ!」


 赤髪のエルフも憤慨した様子で両手を上下に振りながら扉の外を睨み、狐獣人と獅子獣人もその言葉に頷く。



「試験?」


 ぼくが首を傾げると、その場にいた全員がぼくの方を見て目を丸くする。


 その中でも獅子獣人とエルフの女性は青ざめた顔をして、素早い動きでぼくに近づくと手を握って来た。


「な、なに言ってるんだ、ユウ!?」

「も、もしかして覚えてない?」


「おそらく、頭部にも強い衝撃を受けたのでしょう。一時的な記憶障害かも知れません」


 慌てふためく二人に、鹿獣人の医師が冷静にユーラスの症状を説明する。


「だ、大丈夫なのか!? 俺たちが誰か分かるか?」



 2人の泣きそうな表情を見て、ぼくの頭に記憶の断片が浮かんできた。


 今、ぼくが居るのは冒険者組合ギルドが運営する訓練場の1つで、この部屋は怪我人の治療するための医務室ある事。


そして、今日は冒険者の実力を証明する冒険者ランクの昇格試験が行われている。


 側にいる4人は、成長して大人になった僕が冒険者として活動しながら仲間になった冒険者であり、僕より先に昇格試験を受けていたので様子を見に来てくれたのだろう。



 彼らがどんな人達で、何処で出会ったのか、少しずつ思い出せているのだが、肝心の名前がまだ思い出せない。



「あ~えっと、大丈夫。まだ頭が痛くて、ぼぉ~とするけど、覚えてるよ。大事な冒険者チームの仲間だもん」


「そうか、良かった」

「も~う、心臓に悪いよ!」



 とりあえず、心配を掛けない様に思い出せた範囲で無難な言葉を掛けると、2人は心底安心したようで、ほっと息を吐く。


「ちっ、あいつら覚えてろよ」


 壁にもたれていた竜人はさらに怒った様子で部屋の外を見ていたが、隣で体を支えていた狐獣人は目を細めて僕を凝視していた。


 その探るような視線が気まずくて、僕は咄嗟に狐獣人から目をそらし、苦笑いを浮かべて誤魔化す。


 そんな僕に灰色の狐獣人は何か言おうとしたが、それよりも早く部屋の外から誰かが走ってくる足音が聞こえた。


「団長! 最後の試験が終わったぞ、ユーラスの容体は?」


 すごい勢いで部屋に入って来たのは、大型の獣人男性で、丸い耳や細長い尻尾の特徴を見るに猫獣人だと思われる。薄茶色の毛並みに口元はマスクをしている。


 腕や足には包帯が巻かれており、服装は緑色のズボンとマントだけの軽装。


 一瞬、盗賊の様な出で立ちに警戒したが、しっかりと顔を見ると彼も同じ冒険者チームに所属する仲間であり、近接戦に特化した格闘家であることを思い出す。


「一応、治ったらしいが……」

「あの、動いても大丈夫ですか?」


 僕の手を握ったままの2人が、側に控えていた医師たちに確認を取ると、医師は困ったように顔を伏せる。


「医師としては、まだ安静にして欲しいのですが。我々からも試験官に話さなければならない事がありますので、一緒に同行いたします」


 医師は何か覚悟を決める様に顔を上げると、助手たちに緊急時の医療道具を準備するように指示を出した。


「休ませてやりたいのは山々だが……」

「しっかり文句も言ってやらなきゃな」


 側に控えていた獅子獣人と竜人も姿勢を正して、医師の邪魔にならない様に部屋の出入り口へと移動する。


「それなら、俺がユーラスとゆっくり行くから、団長たちは先に行って、皆に知らせてくれ」


「そうだな、ユウが無事な事を皆にも知らせないと」

「そうね、任せておいて」



 狐獣人が他の仲間たちに指示を出すと、彼らは素直に従い部屋を出て行く。


「ユウ、無事でよかった。先に行って待ってるからな」

「うん、後でね」


 走って来た大型の猫獣人は僕の側に来ると肩に手を乗せ、僕の顔を凝視する。


 僕が微笑むと安心したのか、満面の笑みを浮かべて手を振り最後に部屋を出た。


「ふぅ」


 怪我のせいとは言え、彼らの名前を思い出せない罪悪感とそれを彼らに気づかれない様に振る舞う精神的な疲労から、無意識にため息をついてしまう。


「ほら、立てるか?」

「あ、うん、ありがとう」


 医師達から車椅子を借りに行った狐獣人が戻ってくると、僕の体を支えて椅子に座らせてくれた。


「よし、何とかなりそう」

「ゆっくり動けよ、それから……」


 車いすに座った僕の肩を掴み、狐獣人は口を閉じて頭をかきながら尻尾をうねらせる。


「うん?」


 僕が首を傾げると、しっかりと目を合わせてこう言った


「……ちゃんと思い出したら、俺らのこと、名前で呼べよ」


 僕はその言葉にドキッとして、身を固くしてしまう。


「それまでは、一緒に誤魔化してやるから」


 どうやら、先ほどのやり取りで狐獣人には薄々感づかれていたようだ。



「あ、あはは……ごめん」

「お前のせいじゃねぇだろ。今の内にどこまで覚えていて、何を忘れているのか話せ」


 僕は不安を誤魔化すように笑ったが、目の前の狐獣人に隠し通すのは不可能だと悟り、素直に思い出せた内容を話した。


 すると、険しかった狐獣人の表情は直ぐに柔らいだ。


「なんだ、思ったより大丈夫そうだな」


 医師たちと部屋を出る時には、灰色の狐獣人は上機嫌になっていた。


 僕は彼に車椅子を押してもらい、部屋を出て試験会場までの廊下を進んでいく。


 意外と試験会場とさっきの部屋は近かったらしく、すぐに闘技場のような開けた場所に出た。


 会場は思ったより広く、闘技場の様な円形の地面を中心に高い壁があり、その上には観客席が並んでいる。


 観客席には空席が目立つが、所々に数十人くらいの人が集まって座っていた。



「おお、帰って来たか!」

「痛々しい恰好やな~。大丈夫なんか?」

「心配したじゃねぇか、てっきり今日はもう寝たきりだと思ったぜ」


 会場の中心には十数人の冒険者が立ち並んでおり、出入り口の近くに居た冒険者達がユーラスに気づくと一斉に声を掛けられ、観客席からは何故か拍手が聞こえて来る。


 彼らが知り合いなのは顔を見て思い出したが、記憶がまだ曖昧な状態で彼らにどう返事をするべきか、僕が迷っていると——。


「ああ、悪いがまだ完全に治ったわけじゃねぇんだ。合否発表が始まるって言うから、無理言って医者にも同伴で来てもらったんだ。そっとしてやってくれ」


 僕を庇う様に灰色の狐獣人が前に出て、事情を説明してくれた。冒険者たちは一緒に来ていた鹿獣人の医師を見ると、納得した様で心配そうに僕を見る。


「ごめんね。心配してくれてありがとう」


「あ~、そうなんか。お大事に~」

「あんまり無理するなよ」

「まぁ、派手な大怪我だったしな。この後はゆっくり休めよ」


 僕の思い出した記憶では、今回の試験を受けている冒険者のほとんどが若手の冒険者チームであり、その中でも腕に覚えのある者達が参加している。


 僕に話しかけて来た彼らは、それぞれ別のチームに所属する冒険者だが、同じ時期にチームを立ち上げた好敵手であり、時には協力し合う仕事仲間だ。


 関係は良好な方で、その証拠にちらりと他の冒険者たちを見たが、今のやり取りに不快感を抱いている人はおらず、むしろ笑顔で見守っている人が多い。



「それでは、試験の結果を発表します」


 試験官の獣人がそう宣言すると、冒険者たちは一斉に口を閉じ、全員が試験官の方を向いた。


「試験結果の講評も交えて発表するので、心して聞くように!」


 試験管から1人ずつ合否の発表とその理由が読み上げられていくと、観客席と集団の中から拍手や祝いの言葉が聞こえて来る。



 「——合格」


 パチパチパチ!


 「よっしゃー!」

 「おめでとう!」


 しばらくして、ほぼ全員の名前が呼ばれたが、未だに不合格の人は出ていない。



「ちっ、早くユーラスの結果を言えよ」


 名前が呼ばれていない冒険者も残り僅かになったところで、僕の側に控えていた狐獣人がそうぼやいた。


 僕は自分の試験が何番目だったのか覚えていないので、素直に待っていたのだが……。


 狐獣人の言う通り、医者が同伴する程の怪我人がいるのに、その受験者の名前が先に呼ばれないのは何故だろうか?


 そう思っていたのは僕達だけじゃなかったようで、すでに合格を言い渡された冒険者たちの何人かは、訝しげに僕と試験官を交互に見ていた。


 試験管も冒険者たちの様子に気づいたのか、視線を手元の資料に逸らして僕の方を見ようとしない。



「——以上が、今回の試験の合格者となります」



 不穏な空気になっていた会場の中、合否発表をしていた試験官はそう宣言する。


 その瞬間、合格を言い渡された冒険者たちの表情が、喜びから一気に驚愕へと変わった。


 そして、合否結果を読み上げていた試験官と入れ替わる様に、年老いているが屈強な体格の試験官が前に出て来た。


「続いて、今回の試験で不合格だったのは、ユーラス・ソノーロ。君だけだ、その理由は——」


「おい、ちょっと待てよ!!」


 熟年と思われる人間の試験管が淡々とユーラスの不合格を口にすると、先ほどユーラスと一緒に居た藍色の竜人が声を荒げて試験官の言葉を遮った。



「何でユーラスが合格じゃないんだ!」


 それに続くように鎧を着た獅子獣人も熟年の試験官に詰め寄る。


「そうだそうだー!」

「私たちが合格なのに、なんで彼が不合格なんだ!」

「おかしいやろー!」


 試験官の発表に対して、他の冒険者達が思った以上に非難の声を上げる。


 試験の内容を思い出せない僕は、後ろに居る狐獣人に何があったのかを聞こうと振り返るが、彼は口元を歪めて犬歯をむき出しにしており、車いすの取手を強く握りしめていた。



「静まりな!!」


 突如、騒ぎ立てる冒険者たちの抗議よりも大きな声が響き、会場は静まり返った。


 その声の主は、観客席から身を乗り出した小柄な緑髪の女性。綺麗な装飾のローブを着ており、体格は小さいのに有無を言わせない威圧感がある


「今回の試験で起きた不測の事態を鎮めたのは、彼だったはずだが? 何故、不合格なのか説明してもらえるかな?」


 冒険者たちは彼女の言葉を肯定する様に不満や怒りを顔に出しながら、熟年の試験官を睨みつける。


「その件に関しては、確かにこちらの不手際だ。この通り、謝罪させてもらう」


 熟年の試験官が頭を下げると、他の試験官も同じように頭を下げた。


「その被害者であるソノーロ君には、本当に申し訳ないと思っている」


「なら、何故ユーラスが不合格なんだ!」


 いきなり試験官達から謝罪された事に戸惑っていたが、僕の側に居た灰色の狐獣人がその試験官に怒気を含んだ声で理由を尋ねる。


 僕は黙って様子を見ていたが、冒険者の皆と観客席にいる人達がなぜ怒っているのか、試験官がなぜ僕を不合格にしたのか、理由も分からないのに不思議と納得している自分が居た。


 その事に気づくと、少しずつ試験での記憶が頭の中に蘇って来た。



「まず、支援魔法の使い手であるソノーロ君には、戦闘の手段がほとんどない事が理由の1つだ」


「だが、ちゃんとアレ・・は無力化しただろう!」


 そう、彼らの言う通り。僕は支援魔法に特化した魔法使いの<付与術師エンチャンター>であり、個人での戦闘は不得手である。


 今回の最終試験は、冒険者組合が用意した狂暴な魔物と個人で戦闘を行うのが課題だ。


 ただし、用意された魔物を倒すことが合格の条件ではなく、強力な敵と遭遇した際の立ち回りを判断するものであり、魔物を討伐できなくてもその戦い方次第では合格できる試験だった。



「あんたらが用意したあの化け物相手になっ!!」


「確かに、あれの変異は私達も予想外だった。それを鎮めた彼の評価が不合格なのは君たちも納得がいかないだろう」


 熟年の試験官が弁明しながら、申し訳なさそうに再度頭を下げる。



「だが、彼の立ち回りはかなり危険なものだった。同じような状況が起こりうるAランクの依頼を受けるには、実力不足と言わざるを得ない!」


「俺たちが居るだろうが!」

「そうよ! ユウは私たちと一緒に行動するんだから!!」

「私達が、彼を一人で戦わせるわけがないだろう」


 試験管の言い分に、僕と同じチームに所属する仲間達も声を荒げていく。


 僕が試験で戦った相手は、瘴気を体から噴き出している珍しい魔物だった。


 瘴気とは、この世のすべてに害をなす歪な魔力の塊で、自然に生きている生物が瘴気に蝕まれると、狂暴な魔物へと変貌する。


 だが稀に、体から瘴気を噴き出す魔物が現れる。それは体の大きな大型の魔物にしか見られない症状らしく、今まで狂暴で強力な個体しか見つかっていない。



 狂暴化した魔物を討伐する事も冒険者の仕事なのだが、まともな戦闘手段を持たない僕が、その魔物を打ち倒すのは不可能である。


それでも僕は、負傷しながら持てる魔法を使って、無力化することには成功した。


 しかし、それは普通に討伐するよりも危険な方法であり、僕はその過程で大怪我を負って意識を失い、医務室へ運ばれた。


 これが試験ではなく、冒険者の仕事であったなら、仲間の救援が間に合わなければ死んでしまう状況。



 だから、試験官達は僕を不合格にしたのだろう。



「なら、あんた達は同じ状況で、この子以上の成果を出せたのかい?」


「勿論だとも」


 観客席の小柄な女性は煽る様な質問を投げかけるが、熟年の試験官は凛とした表情のまま平然と答える。


「あいつらっ!」

「いい加減に」


 バタンッ!


「ちょっと待った~!」


 言い争っていた二人だけでなく、冒険者達にも険悪な雰囲気が漂い始めた時、ユーラス達が通って来たドアが勢いよく開き、白いローブを着た青髪の少女が駆け寄って来た。


「何だ急に、今は——」

「それどころじゃないの! 試験はここまで、急いで別室に来てちょうだい!!」


 青髪の少女の他にも白いローブを着た一団が観客席と会場に駆け付け、彼らから何か話を聞いた途端に、先ほどまで口論していた厳つい試験官と観客席の小柄な女性が、驚いた様子で僕の方を見て来た。


「……分かった。ユーラス・ソノーロの合否は、一旦保留とする」

「あら、保留じゃなくて、いっそ合格に変えてくれてもいいのよ」


 先ほどとは違い、焦った表情の試験官に観客席の女性は余裕そうな笑顔で微笑んでいる。


「——そういう訳にはいかん」


「すまないが、君たちも今はこれで引き下がっておくれ」


 苦々しい表情で立ち去る試験官達を余所に、青髪の少女は冒険者たちを宥める様に声を掛けて頭を下げる。


 そして、その少女は僕の前にやって来て、僕の顔を見ると悲痛な表情をして、深く息を吸い込み改めて頭を下げた。


「ユーラス、君には本当に申し訳ない。実は——」


「怪我が完治するまで冒険者を休業しろ、ですか?」



 僕がそう言って少女の言葉を遮ると、少女は驚いて顔を上げるが。すぐに悲しげに目を伏せた。話を聞いていた周囲の冒険者たちも困惑した表情で僕の方を見る。


「これ、ただの怪我じゃ、ないんでしょ?」


 自分に巻かれている包帯を見ると、冒険者組合が用意した医師達の治療を受けたにも関わらず、傷が開いたのか先ほどよりも滲んでいた血が濃くなり広がっていた。


 僕の後ろに居た狐獣人が医師の方を見ると、医師は驚きながらも静かに首を縦に振った。


「その、通りです」


「嘘……だろ」

「なんだよ、それ……」

「ユウっ」


 鹿獣人の医師が項垂れながらそう告げると、医務室に来てくれた仲間たちが悲しそうな目で僕を見ている。


「ごめんね。ちょっと、無理しすぎた、みたい——」


 すでに体が限界だったのか、僕の意識はそこでぶつりと途切れた。




 その後、僕は病院に緊急搬送され、冒険者の昇格試験はそのまま終了したらしい。


 翌日、意識を取り戻した僕は今回の試験に関わった冒険者組合と一部の試験官から何度も謝罪され、冒険者の仲間たちと一緒に僕の怪我や治療について様々な話し合いが行われた。


 その結果、今回の僕に関する試験は事故という扱いになり、幸いにも僕の不合格は取り消しとなった。だが、しばらくの間は冒険者としての活動を止めて、療養するべきだと医師から診断された。


 冒険者組合から治療の援助や試験の事故に対する様々な補填が行われたが、瘴気による僕の怪我は治療手段が限られており、完治するには最短でも数年は掛かるらしい。


 後遺症によっては冒険者として復帰できない可能性もあると言われ、僕は足手まといになるくらいならと冒険者チームを抜けようとしたのだが。


「駄目だ!」

「絶対に帰ってこい!」

「治るまで私たちが頑張るから!」


 仲間達には猛反対されてしまい、仕方なくチームに所属したまま故郷の村で療養する事になった。




「そんな事があったとは、災難じゃったのう」


「ごめんね。せっかく応援してくれてたのに」


 故郷の村に帰ると、亀獣人の村長が暖かく迎え入れてくれた。


 傷は何とか塞がったのだが、体にはまだ違和感があり、私生活は問題ないが運動となると厳しい。


 魔法も今までの様に素早く発動できず、力も弱くなっていた。


 治療費などの援助は受けているが、治った頃に復帰したとしても仲間たちとは実力や経験の差が開いているだろう。


冒険者という夢と仕事を失って、僕は途方に暮れていた。



「そうじゃのう、ユウにはしっかり休んで欲しいんじゃが。ちと、お願いがあっての」


「お願い?」


 村長は落ち込んでいる僕を見て何か閃いたらしく、ニコニコしながら話を続ける。


「実はな、この村にもうすぐ沢山の人が移住するんじゃよ」


「えっ! この村に!?」


 故郷の村はお世辞にも栄えているとは言えない、田舎にポツンとある小さな村だ。


 僕が村に住んでいた頃も村から出て行く人ばかりで、移住してくる人なんて滅多にいない程さびれている。


「そうじゃよ。新しく来る人だけじゃなく、元々この村に居た者達が帰って来ることになってのう。色々と必要な物があるんじゃ」


 村長はその朗報を嬉しそうに話しながら、大きな水晶の入ったランタンの様な箱を取り出した。


「それ、魔物除けの魔法道具マジックアイテム?」


「そうじゃ。ちと古くて魔法が使えなくなってな、ユウなら直せんかのぅ?」


 この村に魔物は滅多に出ないが、魔物よけの結界を張る魔法道具は人が住む場所には必要不可欠な代物である。


「う~ん、とりあえず見てみるね」


 僕は魔法道具を受け取り、水晶の中に掛かれている魔法陣に魔力で干渉してみた。


「あ~、これ魔法陣が壊れてるね。僕が書き直しても良い?」


「うむ、好きにやっとくれ」


 僕は村長の許可を取ると水晶の中に描かれている掠れた魔法陣を消し去り、元々あった魔法陣よりもシンプルな印を水晶の中に刻んでいく。


「よし、思ったより上手にできたよ」


 怪我のせいで魔法が上手く扱えなくなっていたが、子供の頃から使っていたこの魔法だけはいつもと同じように扱えた。


 確認のために魔法道具の水晶に魔力を流し込むと、村全体を覆うほどの大きな結界を張る魔法が発動する。


「おお、相変わらず見事じゃのぅ」


 村長は感心した様子で、僕が直した魔法道具と綺麗に張られた結界を嬉しそうに眺めている。


「そうじゃ! ユウが良ければ、村の為に魔法道具のお店を開いてくれんかのぅ?」


 僕は村長からの申し出に首を傾げる。


「お店っ!? 僕が?」


「そうじゃ。これから村に必要な魔法道具を作ってくれんか? ユウは子供の頃から、その魔法が得意だったじゃろ?」


 村長の申し出には面食らったが、その提案にワクワクしている自分が居た。


「そう、だね。それなら、僕も療養しながら魔法の練習もできるし、やってみようかな」


「ほっほっほ、必要な物は儂が用意するから、安心するがよい!」



 こうして、僕は夢だった冒険者を休業することになったが、療養しながら故郷の村で魔法道具の店を開く事になった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る