第4話 王都との別れ

そのころ、オラニエ王家は大混乱に陥っていた。もちろん卒業式における、王太子の勝手な婚約破棄と新たな婚約の発表が原因である。


婚約者であったソフィエ・ファン・ライデンはライデン辺境伯家の一人娘で、その父マティス辺境伯が溺愛していることは有名だ。

こんなエピソードがある。ヘンドリックとソフィエは二人が6歳の時に婚約した。王家や王国への影響力を考えれば、王太子との婚姻は王国の貴族であれば通常歓迎すべきところだが、マティス辺境伯が娘を嫁に出したくないという親バカ振りを発揮して大反対した。最終的には辺境伯夫人の説得で、ようやく婚約が成立したという経緯があった。

それゆえに事前通告もなく、王太子から婚約破棄という形で娘を傷物にされたマティス辺境伯の怒りはたやすく想像できた。そしてライデン辺境伯家はオラニエ王国南部の守りを一手に担うとても重要な貴族で、当然軽視してよい貴族ではなかった。


そうなると当然王国としては、王太子といえど謝罪させねばならなかったが、王太子は自分は正しいと、頑としてこれを聞き入れなかった。王や宰相は速やかに王太子に謝罪させて事態を収めたかった。

しかしここで時間をかけてしまったせいで、オラニエ王国の東西を守護する二大公爵家が介入する時間を与えてしまった。なお、非常に面倒なことにこの両家はお互いが犬猿の仲であった。

まず西の公爵家は王太子の母の生家であり、当然のごとく王太子を擁護した。それに対して東の公爵家はライデン辺境伯を擁護し、王太子と西の公爵家を痛烈に批判する。

二つの公爵家の権力争いも絡み合い、事態は更に複雑化していく。



話が大きくなり、簡単には事態の収拾がつかないと見たマティス辺境伯は、まずソフィエを自領に戻すことに決めた。それまでは王太子にソフィエが婚約破棄されたことばかりが先行して噂になっていたが、王太子に不義理があったことがようやく王都の民にも少しずつ浸透してきた。しかしそれでもやはり婚約を破棄されたのはソフィエであり、未婚の娘が受けたダメージは非常に大きかった。

王都に留め置いたままでは、ソフィエが好奇の目に晒され続けるのが、避けられないと辺境伯は判断し、ソフィエを帰郷させることにした。



今日は、お嬢様が自領への帰国出発日を間近に控えた日だった。


「ディルク、私の供をしなさい。」


ソフィエお嬢様が、王都で世話になった人々に最後に挨拶に行きたいとのことで、私は護衛の一人として同行することとなった。


贔屓にしていた洋品店や商家を巡って、世話になったとお嬢様が声を掛ける。普通は呼びつけるのだが、逆に出向くあたりがソフィエお嬢様らしい。そんなお嬢様を手ぶらで帰らせるわけにはいかない商人たちは、次々と自身が取り扱う自慢の逸品をお嬢様にお土産として贈り物をする。

わかる。

こんな愛らしいお嬢様が帰国の挨拶に来られたら、私だってお土産を持たせるに決まっている。

…もっとも私が出せるのは粗茶とお団子くらいだが。などと思っていたら、ちらっとこちらを見たお付きの侍女にクスリと笑われた。


なんだ、この侍女。人の心が読めるのか!?


そうしている間にも馬車には宝飾品などのお土産がどんどんと積まれていく。別にお嬢様はそれを狙ったわけではないのだろうが。


商家を粗方回り終わると、最後に王都の郊外にある孤児院が併設された寂れた教会に出向いた。ここはいたるところが孤児たちが出入りできそうなくらいに外壁は崩れ、教会自体もいつ建てられたのか分からないくらいに古びていた。

中に入ると礼拝堂の長椅子は朽ちて、使える状態ではなかった。そこを孤児たちが遊びまわっていた。

お嬢様はここは訪れるたびに、お菓子を作って持って行ったり孤児の子と遊んだりしたものだ。さっそく今日もボロボロの服を着た孤児たちが、ソフィエお嬢様の手作りのクッキーを頬張り、楽しそうにお嬢様とお話をしている。

自分も孤児ではあるが辺境伯家に保護されたために、このような暮らしは経験していない。しかし一歩間違えればこうなっていた可能性があったのだ。そう考えると自分としても思うところがあった。

見るとちょうど侍女が司祭様にお嬢様からの寄付を渡しているところだった。私も毎回そこに少しだけ便乗させてもらっている。


孤児たちは最初はお嬢様と普通に遊んでいたが、最後にお嬢様がお別れを告げると泣き出してなかなか離れようとしなかった。しばらくそうしていたが、それでも日も傾き始めたので、孤児や司祭たちに別れを告げてその教会を立ち去った後だった。教会を出て少し馬車を走らせたあたりで、いきなり数十人の武器をもった浮浪者らしき者たちに取り囲まれた。

前方を塞がれ、仕方なく歩みを止める馬車。馬車の中からもこちらを取り囲む武器を持った連中が見える。

ぎゅっと私の手を握るお嬢様に


「お嬢様には指一本触れさせませんので、ここでお待ちください。」


「ディルクも気を付けて。」


それに軽く頷くと、私は柔らかな黒髪を風に揺らしながら、颯爽と馬車を降りた。

何者からの差し金かなと考えながら周囲を見回すと、取り囲むのはボロ布をまとう薄汚れた浮浪者たちだ。それぞれが手に持つ錆びた剣や粗末な棍棒といった不揃いの武器が、いっそう場の剣呑さを増幅させる。

すると浮浪者の頭目と思しき人物が一歩前に進み出て、ガラガラ声で笑った。


「へっへっへ、悪く思うなよ。高貴なお方からたんまりと金をいただいているんでな。そのお方が言うには、ちょっとお前らを痛い目に遭わせてやって欲しいらしいんだ。」


「騎士とごろつきとの実力の差を知らないらしいな。今ならそのお方とやらを白状するなら見逃してやろう」


私は腰の剣に手もかけずに、余裕をもってそう頭目に告げると


「何ふざけたこと抜かしてやがる。これだけ人数に差があるのが、見てわからねえのか。ちくしょう、なめやがって!もう許さねえ。軽く痛めつける程度のつもりだったが、死んじまっても恨むなよ。お前らやっちまえ!」


三十人以上の武器をもった浮浪者たちが一斉に襲い掛かってきた。

こちらは馬車という明確な護衛対象がある上に、武装したライデン正規兵6名と軽装の私だけだ。さすがに多勢に無勢か?

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