電界駆動ブレード外伝 デジタル娘は腹が減る:チセの日常飯日記

不治痛

第1話 「バグ密度ぎっしり 元祖海軍カレー、整いました」

 γのエギゾーストリンクを締め直していたチセは、ある種の異常を検知した。いや、異常というより、異変。

 もしくは悲鳴。

 お腹の。


 きゅるるるる。


 静かな整備ドックに、空腹音が可愛げもなく響き渡った。


「……ちょっと、うるさい」


 自分の腹に向かってそう呟いたが、腹の虫は遠慮がない。


「……腹、減った」


 もう、だめだ。


 整備集中モードの副作用だ。

 仮想とはいえ、脳の稼働が上がればエネルギーも食う。

 しかも彼女は、演算効率と引き換えに「燃費の悪さ」という致命的欠点を搭載されていた。


「ちっ……またか」


 腕組みしたまま、整備ドックの天井を見上げる。


「何か、食べたい……いや、食べねばならない……」


 燃費の悪い電脳娘DQL

 それがチセだ。

 外見はクール、中身は三時間おきに燃料(=ごはん)を要求する暴れ馬。


 HODOの屋台マップを脳内に展開しながら、どこへ行こうかと考える。

 屋台、カフェ、再現系の高級フレンチ、デジたこ、ラーメンRAM256……そのとき、ふと脳裏に浮かんだのがだった。


 ミツエおばちゃんが言っていた。「本当にお腹が空いてるときだけ現れる幻の店」があると。


 その名も《YOKOSUKA DOCK》。


 元祖海軍カレー――明治から続く味。

 データのはずなのに、泣いた人すらいるという。


「よし、行こう」


 4層港湾区ドックエリア・HODOの外れ。

 倉庫群の裏通りを抜け、古びたネット層にアクセスする。

 通常のナビゲーションでは到達不能な領域。

 深層構造を手動で辿っていくと、そこには確かに存在していた。錆びた鉄板看板に描かれた錨、《YOKOSUKA DOCK》の文字。


 引き戸を開けると、仄かにスパイスと玉ねぎの焦げた香りが鼻をついた。

 ノイズ交じりの湯気に包まれたその空間は、どこか現実の時空すらねじ曲げているような質量を持っていた。


 女将のアバターが、まるで何十年も変わらずそこにいたかのように立っていた。


「おや……お腹が減ってるのね」


「カレー、ください」


「はい。よくここに辿り着いたわね。……本当にお腹が空いた者にしか、ここの扉は開かないの」


「そんなスクリプト、どこにも書いてなかったけど」


「情報じゃなくて、が鍵なのよ。


 チセは一瞬だけ眉をひそめたが、無言で頷いて席についた。


 店内を見回す。木製のテーブル、煤けたランプ、油の染み込んだ壁、奥には鉄鍋とレンガのストーブ。

 時代考証を超えて、情報密度の塊が視界に流れ込んでくる。

 照明すら演算負荷が高そうで、脳の一部がヒートアップし始めている。


 ぐつぐつと煮込まれる音。

 スパイスの香りと肉の甘味、玉ねぎが溶けた芳醇な香りが空間に満ち、空腹という名の本能を刺激して止まない。


 やがて、深めの白い皿に盛られたカレーが届いた。

 滑らかなブラウンのルウ、その奥に融け込んだ野菜の名残、銀のスプーンが添えられている。

 傍らには手作りらしいアップルチャツネの小鉢。

 湯気の粒子ひとつまでが演出ではなくしているようだった。


 チセは一口、すくって食べる。


「……っ」


 目を閉じた瞬間、世界が軋んだ。


 視界の端に、わずかなが走る。

 仮想世界特有のそれではない。

 もっと根深く、システムの基盤ごと震わせるような歪み。

 まるで、過去の記憶そのものがデータ化され、目の前に転送されてきたかのようだった。


 甘味、苦味、酸味、そしてコク。全てが調和している。

 だがそれだけじゃない――映像が浮かぶ。

 古びた木造の食堂。

 鉄臭い空気。

 白衣の料理人。

 頬に煤をつけた少年兵が、無言でカレーをかき込んでいる。


 明治三十七年――『海軍割烹術参考書』。

 軍人の体力維持のため、栄養と保存性、炊事効率を極限まで追求した料理法。

 五時間煮込む牛肉スープは、まさに情報の抽出行為。

 焦がさぬよう、飴色になるまで炒めた玉ねぎは――忍耐の結晶。

 野菜の切り方。ルウの撹拌温度。チャツネの甘味配合。

 ――すべてが、計算され、記録され、受け継がれてきた。


 これは、ただの食事ではない。

 ひとつの文化であり、戦略だ。


「手間が、違う……」


 アバターの女将が微笑んだ。

 「手間暇惜しまず、心を込めれば、それはきっと届くのよ」


 皿の底が見える頃には、チセの演算モジュールもややオーバーヒート気味だった。


 食べ終わり、チセは静かに頭を下げた。


「……ごちそうさまでした」


 立ち上がり、扉に向かう。


「次は……スイーツ、だな」


 彼女の胃袋は、まだまだ終わらない。



【本日のレシピ】


――


【海軍式カレーのためのスープ(出汁)の作り方】


※所要時間:約4〜5時間(丁寧に作る本格派)


材料(約2L分のスープ)


• 牛すね肉 or 牛すじ肉:300g(または牛骨)


• 鶏ガラ(中抜き・ぶつ切りでも可):1羽分 or 2〜3本


• 玉ねぎ:1個(皮付きのまま縦半分)


• 人参:1本(皮つきのまま乱切り)


• セロリ:1本(葉つきが望ましい)


• にんにく:2片(潰す)


• 生姜:1片(薄切り)


• ローリエ:1枚


• 黒胡椒(粒):小さじ1


• 水:約2.5L


(※煮詰めて2L程度に仕上げる)


――


作り方


【1】アク抜き(下茹で)


1 牛すじ・鶏ガラをたっぷりの水で一度沸騰させ、アクが出たら湯を捨てる


2 表面の汚れや血合いを流水で丁寧に洗い流す


【2】煮込み(4〜5時間)


1 大きな鍋に下処理した牛肉・鶏ガラ・野菜・スパイス類をすべて入れる


2 水2.5Lを注ぎ、中火でゆっくり加熱 → 沸騰直前で弱火に切り替える


3 弱火でコトコト4〜5時間煮込む


 (アクが出たら都度丁寧に取り除く)


4 水が減ってきたら、少量追加して2L程度の量を保つ


【3】漉す


1 ざる or キッチンペーパー等で丁寧に漉して、澄んだスープにする


2 濁りが少ない、黄金色の上品な出汁が完成!


――


【旧海軍風カレー用・自家製スパイスルウレシピ(6人分)】


ルウのベース材料:


• 小麦粉:大さじ4(30g)


• ラードまたはバター:大さじ2(25g)


• スープ or ブイヨン:適量でのばす(約300〜400ml)


――


スパイス配合(乾燥パウダー/混合して使用)


※計 大さじ3程度の配合になります


スパイス名 分量(目安) 備考


カレー粉(市販の赤缶等) 大さじ1.5 ベースの香りと色。必須。


クミンパウダー 小さじ1 土っぽい香り、カレーらしさの核


コリアンダーパウダー 小さじ1 柑橘系の香り、やや甘みもある


ターメリック 小さじ1/2 色味と抗菌作用(やや苦味あり)


シナモンパウダー 小さじ1/4 甘い香り。隠し味に


クローブ(粉末) ひとつまみ 重厚感を出す。入れすぎ注意


黒胡椒(粉) 小さじ1/2 刺激的な辛さ


チリペッパー(粉) 小さじ1/4〜1/2 辛さ調整用(お好みで)


ジンジャーパウダー 小さじ1/4 温かみと香り


ガーリックパウダー 小さじ1/4 にんにくの風味補強(生と併用可)


――


ルウの作り方


1 鍋またはフライパンでラード(またはバター)を中火で加熱


2 小麦粉を加えて焦がさないように10〜15分炒め、きつね色に


3 火を止めて、混合したスパイスを一気に加え、余熱で香りを立たせる(約30秒)


4 少しずつブイヨンを加えながらダマにならないよう混ぜてのばす


5 とろみがついたら完成!そのまま具材の煮込み鍋に投入して全体をなじませる


――


仕上げの味付け


• 醤油(小さじ1):日本的なコク


• ウスターソース(大さじ1):甘みと酸味の補正


• 牛乳 or コンデンスミルク(50ml程度):まろやかさを補う(当時のレシピの特徴)


――


『海軍割烹術参考書』に基づくカレイライスのレシピ(6人分)


材料:


• 牛肉(または鶏肉):適量(角切り)


• 玉ねぎ:適量(みじん切り)


• 人参:適量(さいの目切り)


• じゃがいも:適量(さいの目切り) 


• 自家製スパイスルウ:旧海軍風カレー用・自家製スパイスルウレシピ(6人分)を参照


• 塩:適量


• 米:適量


• スープ(牛骨や鶏ガラから取ったもの):適量


• 福神漬けなどの漬物:適量


作り方:


1 米を研ぎ、スープで炊飯する。


2 旧海軍風カレー用・自家製スパイスルウレシピ(6人分)にスープを少しずつ加えて、ルウを伸ばす。


3 別の鍋で牛肉、玉ねぎ、人参を炒め、スープを加えて煮込む。


4 じゃがいもを加えてさらに煮込み、具材が柔らかくなったら、ルウを加えて混ぜ合わせる。


5 塩で味を調え、さらに煮込む。


6 炊き上がったご飯とともに皿に盛り付け、チャツネなどを添えて提供する。


――


【海軍カレーに合う!和風リンゴチャツネのレシピ】(作りやすい量)


材料:


• リンゴ(ふじ・紅玉など):1個(200g前後/皮付きでOK)


• 玉ねぎ(みじん切り):1/4個(約50g)


• おろし生姜:小さじ1/2


• おろしにんにく:少々(お好みで)


• りんご酢 or 米酢:大さじ2


• はちみつ or 砂糖:大さじ2(甘さ調整可)


• 醤油:小さじ1(隠し味/入れすぎ注意)


• レーズン:大さじ1(なくても可)


• シナモンパウダー:少々(風味付け)


• クローブ or オールスパイス(あれば):少々


• 塩:ひとつまみ


• 水:50〜70ml程度


――


作り方:


1 リンゴは皮ごと粗みじん切り(食感が残る程度)にする


2 小鍋にすべての材料を入れて中火で加熱


3 沸騰したら弱火にし、水分を飛ばすように15〜20分煮詰める


• 時々かき混ぜて焦げないように注意


• ジャムより少しゆるいペースト状がベスト


4 火を止め、粗熱を取って清潔な容器に入れる


――

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