アリス・イン・ローズガーデン

冬崎コウ

時まさに、黄金の昼下がり

「ごめんなさいね」

 眉尻を下げやわらかく微笑む先輩に、私は思わず聞き返してしまった。

「え?」

「本来は事務所を案内するのが先でしょう。なのに初日から現場でパトロールなんて……」

 申し訳なさそうに言葉を詰まらせる姿に、私は慌てて返事をする。

「そんな、先輩のせいじゃないですよ! それに、とても忙しいことは事前に聞いてますし」

「だからってこれはあんまりだわ。前はもっと丁寧に扱われたのに」

 自分の事のように不満を口にするその姿が、強張った心を解してくれる。先輩の頬をなぞる指を見つめ、綺麗だな、と思わず呟いてしまった。

「ごめんなさい、なんて言ったのかしら?」

「あ、いえ! 先輩は優しいなって。ちょっとだけ緊張してたんですけど、その気持ちもどこかに行っちゃいました」

 危なかった。思わず見とれていたことがバレてしまう所だった。

「ふふ、良かった。ところで、そんなにかしこまらないで。もっと気楽に話してくれていいのよ。呼び名だって好きにしてくれていいわ。さっきお願いしたみたいに、ね」

「じゃあ……やえ、さん」

「なぁに、あかりさん?」

 にっこりと微笑む表情が、頬を熱くする。

「や、やっぱり先輩が一番呼びやすいです!」

「うふふ、あだ名はまだ早かったかしらねぇ……と、あらあら。せっかく楽しくお話していたのに」

 路地裏を通り人気の無い廃ビルへ差し掛かった時、は私たちの視界を横切った。

「せ、先輩……あれ」

 震える私の手を取り、そっと前へ出る。

「初日からこんなものが出るなんて、災難ね」

 歪な耳に針金のような毛、一際大きな二本の前歯が目を引く。二本足で立ち上がり恐ろしい巨躯に不釣り合いな丸くつぶらな瞳が、爛々と輝きこちらを見下ろしていた。

「ねずみ、かしらね。私たちが知っているものとは少し違うようだけど……」

 たしかに大きさだけでは無く細部に違和感はあるが、恐怖に身をすくめた私には、そんなことを考える余裕はなかった。

 優しげな微笑みを浮かべて先輩は言う。

 「大丈夫よ。今日は見学しててね。お茶の時間には間に合わせましょうか」

 逆光にスラリと輝く柄を携えて、陽の光を一身に受けたその横顔は――私の心を掴んで離さなかった。

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