君がいてくれるから、もう一度信じてみたいと願った (2/2)

 今になって過去の記憶が蘇ったのは、心の奥底にしまい込むほどに大切な記憶だったからだ。それとも連想される何かがあったからのだろうか。


 アルスが意識を失っていたと思っていた時間は、僅か一瞬の間に見えた走馬灯でしかなく、実際は後頭部を打ち付けてからさして時間は経過していなかった。

 遠のきかけていたアルスの意識を現世に引き止めてくれていたのは、他でもない目の前で庇った女性だった。


「――ルス……アルス……ッ!」


 四年前に出会った男性と同じ言葉をかけてくれたその人は倒れたアルスに覆い被さる形で地面に手をつきながら、何度もその名前を必死に呼び掛けてくれていた。

 先の一撃で受けた背中の傷から流れる赤い血が鎖骨を伝ってアルスの頬へと流れ落ちる。


 その澄んだ蒼色の双眸を見た瞬間、ようやくアルスは理解した。この人はあの時に出会った男性と同じ目をしているのだ。そしてこの女性は、まだ世界は終わりじゃないと励ましてくれたあの人と同じように、アルスの背中を優しく押してくれているのだ。


 ずっと誰かの為に必死になれる人の行動原理がわからなかった。

 自分が最優先されるべきものだと思っていた。だから優しい言葉を素直に受け取ることが出来ずに、いつまでも人を信じることが出来ずにいた。


「……そんなに呼ばなくても、大丈夫」


 鈍い痛みに表情を歪めながらアルスがそう答えると、目の前の女性は少しだけ安堵したような表情を浮かべた。

 本来ならアルスを庇って受けた傷の方が痛いはずだというのに、そんな素振りさえ見せずに彼女は先に立ち上がるとアルスへと手を差し出す。


 そして彼女は確かな意志が込められたその一言をアルスへと静かに言い放った。




「――例え世界中を敵に回すことになったとしても、世界中がアルスを否定しても、私だけは最後まで肯定してみせる。そしてアルスを必ず幸せにしてみせる」




 それはあまりにも大胆過ぎる告白で、本来ならば、今日出会ったばかりの人間から向けられるはずのない言葉。


 だが不思議なことに、アルスには彼女の言葉が、嘘偽りには感じられなかった。

 レンという人物はおそらく、既に何度も世界に傷つけられてきながらも、アルスとは違う道を歩んできた人間だ。アルスと同じように、世間の荒波に揉まれて生きてきたに違いない。


 それでも、いざという時にその手を伸ばすことが出来る人だ。

 今こうして、アルスへと手を差し伸べてくれたように。アルスの我儘を平然と受け入れてくれたように。

 誰かに指図されたからではなく、見返りを求めるわけでもなく、それでも誰かの為に躊躇なく命を張れる人なのだ。


 彼女は自由であるが故に、図々しく生きながらも、確かな信念を持って生きている。そんな姿が何故かとても眩しくて――だからアルスは、その手を掴んでみたいと思った。目の前の女性のように、自分もまたこの手を伸ばしてみたいと思った。

 何より、アルスの我儘を受け入れてくれたように、この人の我儘なら受け入れてあげたいと思えたのだ。


「……ねぇ。呼び捨てじゃ可愛くないから、レンちゃんって呼んでもいい?」


 差し出された手を掴みながら、アルスがそう尋ねる。名前を呼ばれたその女性――レンは口の端を少しだけ釣り上げて笑みをつくると、小さく頷いてみせた。


「もちろん」

「なら……まずはここから生きて帰らなきゃね」


 掴んだ手を少しだけ強く握りしめると、その手もまた僅かに力が込められるのを感じた。二人の心が初めて繋がった瞬間、お互いの魂の躍動が一つの流れとなってお互いに伝播する。


 引っ張られながら立ち上がったアルスと、その隣に立つレンの周囲に、ルイナーの大群が姿を現す。目の前には四脚種クアドロペットの群れが、渓谷の空からは巨大な蜂のような姿をした浮遊種スカイワードが二人を取り囲んでいた。

 これだけ多くのルイナーに囲まれた経験などもちろん無く、もしも独りだったのならばアルスはこの状況下に絶望していたのかもしれない。

 だが今は不思議なことに微塵も恐怖を感じなかった。それどころか不敵な笑みを浮かべる余裕さえあった。


 お互いに無言のまま得物を転送する。アルスは武装抜剣サムライブレードを喚び出し柄に手を置く。その隣でレンは、両手に長いリボンを転送すると、慣れた手付きで下ろしていた髪をツインテールへと束ねた。

 そして強襲双剣ツインブレードをそれぞれ逆手に構え、静かに問い掛ける。


「アルスは体力に自信ある?」

「レンちゃんには負けないよ」


 不意にそう問い掛けたレンへとアルスは即答する。その返事が満足だったのか、レンは左手に持っていた剣の切っ先を正面へと向けて言い放つ。


「救助ヘリとの合流地点まであと数キロメートル。全力で駆け抜ける」

「初めての共同作業だね」


 レンは無言で頷くと右手の得物を不意に――投擲した。目にも留まらぬ速度で飛来した刃が、正面で蠢く一体の四脚種の胴体に深々と突き刺さり沈黙させる。それが始まりの合図だった。

 先に駆け出したのはアルスだ。武装抜剣を抜き放ちながら低姿勢で前方の四脚種の群れへと躊躇なく突撃し、横一閃にて前衛を一斉に蹴散らす。ナノメタルとリクスエーテルによって構築された刃が鮮やかな剣戟となってルイナーの甲殻を容易く両断する。

 敵陣のど真ん中で暴れるアルスへと頭上を飛ぶ浮遊種の群れが迫ろうと動き出す。しかしその群れの先頭にいる一体の頭上に影が落ちた。いつの間にか遥か頭上へと跳んでいたレンがその髪を揺らしながら降下する。


 踏みつけるように着地したレンはそのまま勢いを利用して両手の刃を突き刺し、左右に引き裂きながらその一体の亡骸が崩れ落ちるよりも早く足場として利用し、再び跳躍。

 直剣と呼ぶには刀身の長さが不足している、どちらかといえば短刀に近しい強襲双剣はその刃の裏側から粒子をブースターのように噴射し、使用者の身体を加速させる。


 それが高速戦闘、及び一撃離脱を主なスタイルとするこの得物の、出力を推進力へと変換させる機能だ。その斬撃は宙に軌跡を残しながら、レンは空中を高速で駆け抜ける。

 一定間隔で群れとなって飛行する浮遊種は、そんなレンが最も得意とする格好の獲物だ。

 速度を活かした二つの刃による突き、すれ違いざまの斬撃、そして勢いを上乗せした鮮やかな蹴り。ジグザグの蒼い軌道を空中に描きながら、瞬く間に浮遊種の群れを一掃したレンが地面に着地してから、遅れて敵の群れが一斉にルイナー因子となって霧散した。


 空中の敵をレンが蹴散らしている間に、アルスは四脚種の群れの中を突き抜けていた。間合いに入った敵は全て一太刀の元に斬り伏せながら、群れを突破したアルスが振り返った視線の先には斬り捨てた数よりも早く増え続けるルイナーたち。

 それらを背にアルスは追いつかれるよりも素早く疾走する。見える敵全てを相手にしていたらキリがなく、何よりも本来の目的は殲滅ではない。アルスは行き先を妨げる敵のみを鮮やかな剣捌きにて排除しながら、脇目も振らずに走り続ける。


 その隣へと空から着地したのはレンだ。渓谷の崖を走りながら追いついた彼女はアルスと並んで走りながら正面に現れた新たな四脚種へと両手の武器を容赦なく投げるのと同時に、空いた手に新たな武器を喚び出す。それは十字の形状をした近接兵葬アサルト

 柄を掴みながらレンが得物を逆手にして眼前に構えた刹那、リクスエーテルの青白い光を放ちながら粒子状の刃が形成される。武装十字剣クロスブレードと呼称されるその武器を背後へと引いたレンは直後、足を地面へと強く踏み出しながらブーメランのように投擲してみせた。

 同時にアルスもまた、武装抜剣を回転を加えながら投げ放つ。左右からそれぞれ高速回転する武器が四脚種の群れを斬り刻み、蹴散らしながら主の手元へと返ってきたのとほぼ同時に、霧散している群れの中を二人は駆け抜ける。


 二人の視界の先には渓谷の終わりが見えており、その先には開いた地形が見える。恐らくはそこが合流ポイントであり、救助のヘリが降下出来るだけの広さが確保された場所なのだろう。


「レンちゃん……!」


 その名前を呼ぶと、レンもまた頷いてみせる。後方から二人を追いかけていたはずの残りの群れは、既に引き離されてしまったのか姿は見えない。そして前方の敵は既に一掃しており、二人の行く手を遮る者は皆無だった。


 ――二人の頭上から巨大な影が差す、その瞬間までは。


 渓谷の壁面に張り付いたまま這っていたその巨体は一気に跳躍して死角から飛び出すと、二人の眼前に立ち塞がるように着地する。その衝撃に大地が揺れ突風が巻き起こる。

 思わず立ち止まった二人はその突風を受けながら、姿を現した巨大な存在へと視線を向けた。


 全高十メートルを越えるその巨躯と、それを支える人間を容易に踏み潰すことの出来る六本の脚。蜘蛛を連想させるその姿は厚い甲殻に覆われており、むしろ昆虫に近いと言える。

 それは要塞種フォートレスと呼称される、アルスが初めて遭遇する大型ルイナーだった。

 その圧巻とも言うべきサイズにアルスは思わず目を見開く。これほどの巨体に、一体手にした武器が何の役に立つというのだろうか。怖気づきそうになる気持ちを必死に抑え込み、アルスは声を振り絞る。


「ゴール前に立ちはだかるボスってところかな」

「これぐらいで障壁になると思われているのなら、心外」

「……レンちゃん、結構煽る方なんだね」

「事実を言っただけ」


 見上げなければならないほど巨大なルイナーを前に眉一つ動かさず、レンは至って冷静に答える。だがその袖口からは未だに血が流れ続けており、万全の態勢とは言えないはずだった。

 それでもなおアルスとここまで並んで戦ってきたという事実が、この女性の底知れなさをより一層際立てていた。

 その時、地響きを立てて要塞種が動く。二人へと迫り来る巨大なその脚がそのまま踏みつけるかの如く振り上げられる。会話を中断した二人は左右に散開してから、それぞれ武装抜剣と武装十字剣を構えた。


 先に動いたのはアルスだ。左手に持つ鞘へと一度刀身を収め、納刀したまま脚の隙間を縫って巨体の真下へと入り込むと頭上へと跳ぶ。刹那、脚の付け根を狙って抜き放たれた一閃はしかし、同時に要塞種が持ち上げた脚に阻まれる。

 斬撃は脚に亀裂を入れただけに留まり無防備なアルスはその直後、邪魔だとでも言わんばかりに突き出された脚によって突き飛ばされた。


「ぅぁ……ッ!」


 一回転してから地面に叩きつけられたアルスは勢いをそのままに起き上がりながら、右手の甲で口元の血の拭う。スケールの違いすぎる敵の攻撃に思わず表情を曇らせながら、しかしその瞳には今だ闘志が灯っている。

 血と混じり合った赤い唾を吐き捨てると再び駆け出した。


 巨体を反時計回りに半回転させて振り返った要塞種は視界にアルスを収めると、正面切ってその六つの脚を動かして自ら距離を詰める。しかしその動きは不意に止まった。否、真横からの衝撃で身体が僅かに浮き上がったのだ。

 それは高速で飛来したレンの全体重の乗せた跳び蹴り。要塞種の横腹を確かに捉えたその一撃は巨体を持ち上げ、一瞬だが動きを止める。だがその一瞬はアルスにとっては充分過ぎるほどの隙である。


 更に速度を上げて目前で強く地面を蹴り出す。斜め上へと駆け上がりながらアルスは鞘を投げ捨てて抜剣を両手で構えた。


「これで――」


 振り下ろされた一振りは要塞種の額にある球体状のコアに刀身を沈め、そして止まった。

 想像以上に硬質なコアを前に完全に勢いが止まり、コアに沈んだままの抜剣によって身体が支えられている状態のアルスは次の瞬間、巨躯を激しく回転させる動作に大きく振り回される。


 その遠心力に抗うことも出来ず、身体が引き千切られそうなほどの感覚を覚えるアルスに出来たのは、辛うじて得物を離さずにいることだけだった。

 やがて勢いに負けた抜剣の刀身がコアから引き剥がされ、アルスの身体は再び後方へと吹き飛ばされる。しかし今度は地面に激突することはなく、代わりに暖かい感触に包み込まれて静かに着地した。

 アルスを空中で受け止めたレンがその身体を降ろすとアルスへと口を開く。


「大丈夫?」

「これくらい……平気……!」


 心配する一言に威勢よく返したアルスはその瞬間、その場から後方へと下がる。その場所へと振り下ろされた巨大な脚を前に、アルスが次の一手を決めかねているとその視界にレンの姿が映る。

 目にも留まらぬ速度で宙を駆ける蒼い影へと振り上げられた要塞種の脚が迫り来る中、レンは身体を捻ってその一撃を紙一重でかわす。


 戦闘装束バトルドレスの裾が脚の表面に擦れ、レンの身体を否応無しに回転させるものの、逆にレンはその回転を利用して転がるように脚の上を滑っていく。そして起き上がった瞬間、手にしていた武装十字剣を水平に構えた。

 直後、逆手に持った武器の反対側に新しい粒子状の刀身が生み出される。それは両刃剣形態クロスエッジモードと呼ばれる、レンの扱う得物のもう一つの姿である。そして上下に形成された刃を高速回転させながらレンの姿が滲むように掻き消えた。


 次の瞬間、蒼い軌跡が宙に描かれ、そしてレンが着地してから僅かに遅れて付け根を滅多斬りにされ切断された脚が音を立てて地面に倒れる。その後ろ姿目掛けて残った脚が踏みつけようと伸びるものの、レンは軽やかな体捌きで避けながら距離を取る。


 代わりに攻撃を仕掛けるのはアルスだ。足元のレンに注意が向いている隙を狙って再び額のコアを狙うべく跳躍する。

 全身を駆け巡るリクスエーテルによって増強された筋力が実現する、人間離れした跳躍力を以て頭上から距離を詰めたアルスを前に、要塞種が取ったのは奇しくもアルスと同じその巨躯による跳躍だった。


 敵から距離を詰められたアルスは咄嗟に眼前に得物を構え、受け身と体勢を取る。衝撃を両腕で受け止めながら体当たりを空中で受けたアルスは天高く突き飛ばされる。先に着地した要塞種が大地を揺らす中、待ち構えていたのは両刃クロスエッジを既に構えているレンだ。


 下腹部に潜り込んだレンが目にも留まらぬ速度で繰り出したのは、斬撃の嵐。


 硬い殻に刃を沈め、赤黒い粒子を周囲へと撒き散らしながらその巨躯を斬り刻む。そして最後に刃を一際深く沈み込ませ、得物から手を離した。代わりに両手に転送するのは強襲双剣。


「アルスッ!」


 レンは頭上にそびえる巨体の更に向こう、遥か頭上から落下するアルスの名前を鋭い声で呼ぶ。その行為の意味を咄嗟に理解したアルスは武器を構えようとしてから、視界の隅で蠢く影に気づいた。それは先程渓谷で撒いたはずの四脚種の群れである。

 このまま要塞種と合流されてしまえば、非常に状況は不利になってしまう。しかしレンは迷うことなくアルスの名前を呼んだ。それはレンとアルスならば、二人ならばこの状況を打開出来るという確信があるからだ。

 この一手を見誤ればもう後が無くなる、一か八かの賭け。否、既に退路など残されてはいない。アルスの前にある選択はやるか、やらないかの二択だけ。ならばその答えはもう決まっている。


略式詠唱フレーズ――」


 それは本来ならば感覚器官にて制御するリクスエーテルを、簡略化された詠唱術式として言葉にすることで、容易に制御出来るよう最適化させたもの。

 個人によってその略式は任意に定めることが出来るが、アルスは教わったものをそのまま使っているだけ。

 しかしその効果は充分だ。全身を駆け巡るエーテルの波動が手にした得物へと収束していくのを感じながら、アルスは両手で構えた抜剣を天高く掲げる。その刀身が青白く発光する粒子を纏ったのはまさにその瞬間だ。


 高出力のエーテルで覆われた光り輝く抜剣を携えながら、アルスは要塞種目掛けて減速することなく落下し、そして必殺の一撃を繰り出す。


「――高出力形態マキシマムカリバー……ッ!」


 刹那、振り下ろされたのは溢れんばかりのリクスエーテルの奔流。

 圧縮された粒子は赤い光を灯しながら、刃を形成し標的へと放たれる。要塞種の甲殻へと接触したその刃は止まったかに見えた瞬間、振り抜いたアルスの動きに合わせて巨躯を縦に斬り裂いた。


 だがその一刀のリーチではその巨体を完全に両断することは出来ない。代わりに背中を大きく切り裂かれなお、もがき続ける要塞種の真下で青白い光が輝きを放つ。その中心に立っているのは無論、レンだ。

 両手で逆手に構えた強襲双剣からは大量の粒子が放出され、深く沈み込んだ体勢のレンの周囲には渦を巻く程のリクスエーテルの流れが生まれている。


  粒子の光に照らされてその蒼眼もまた発光しているかのように見える中、繰り出されたのは――凝縮された出力による跳躍。


「――願わくばどうか、蒼穹の果てに沈み」


 静かな略式詠唱と共に頭上へと放たれたそれは足に威力を収束させた音速の跳び蹴りエーテルライドキック。蒼い閃光となって一直線に天まで伸びたその一撃は下腹部から要塞種を貫き、遂にその巨体に穴を穿つ。

 降下したアルスと入れ違いで頭上へと跳んだレンは残る小型ルイナーの群れへと視線を険しい向けた。


「任せて……ッ!」


 しかしそこで威勢よく啖呵を切ったのはアルスであり、その手には未だ粒子の刃に覆われた武装抜剣。

 迫り来る四脚種を前に片膝をついて着地したアルスは、八相の構えにて対峙する。そして次の瞬間、深紅の一閃マキシマムカリバーが地表に沿って薙ぎ払われた。

 アルスの前方にいた群れが圧縮されたリクスエーテルの刃によって一瞬で蒸発し、最後に残ったのは微かな赤黒い粒子の残滓のみ。その背後で要塞種の亡骸が崩壊を始める中、レンが隣へと静かに着地した。


 周囲のルイナーを殲滅したことを確認したアルスは抜剣に纏った粒子を霧散させ、立ち上がろうとして上手く力が入らずによろけた。しかしその身体を背後から抱きかかえてくれたのはレンである。


「レンちゃん……」


 両腕に包まれながらアルスはその名前を呼ぶ。レンは穏やかな表情を携えて、アルスにこう告げる。


「アルスがいてくれたから、無事に生き残れた」


 褒め称えられたことに思わずぽかんとした表情を浮かべてからアルスは現実を正しく認識し、そして最後に笑ってみせる。


「……ありがと。でもさすがに……ちょっと疲れちゃった」


 それもそのはずだ。高出力形態マキシマムカリバーは体内のリクスエーテルを大量に消費する大技であり、おいそれと乱発出来るものでもない。そして使用すればそれは疲労として確かに身体に返ってくるものだ。


「もう安全だから、アルスは休んでいい」

「そっか……なら、お言葉に甘えようかな……」

「おやすみ、アルス」

「うん。レンちゃん、また後でね……」


 腕の中でゆっくりとまぶたを閉じて深い眠りへと落ちたアルスを眺めながら、レンはその左手をアルスの頭に置いた。優しく撫でながら、肩よりも少しだけ長いアルスの水色の髪に指先を潜らせる。

 端末に通信が入るのと、頭上から微かなヘリの駆動音が聞こえてきたのはその時だ。まるでタイミングを図ったかのような登場にレンは小さく溜め息をつきながら端末を手に取り、通信を開いた。


『レン……無事か!』

「無事だからこうして通信してる」

『そうか、それなら良かった……要塞種の反応があった時はさすがに肝を冷やしたぞ』


 通信越しに話す女性の声はあくまでも平静を装おうとしているものの、レンのことが心配でならないようである。


『ひとまず、周囲のルイナー反応は無いようだ。今のうちに二人を回収してこの宙域を離脱する』

「……ねぇ、イヴ」

『ん、なんだ?』


 イヴ、と呼ばれたその女性はレンの言葉を待つ。やがて彼女が告げたのは、後悔とも諦めともつかない半端な感情を伴った言葉だった。


「もしも四年前に遭難したリバティーズの救助活動がもっと迅速に行われていたら、父さんは助かっていただろうか」

『それは……』


 言葉に詰まるイヴへと、レンはすぐにいつもの調子に戻って言葉を続けた。


「冗談。はやく回収して、さすがに私も疲れた」

『……あぁ。待っていろ、すぐにヘリを降ろす』


 通信を終えたレンは眠りについたままのアルスを抱えながら、灰色の空へと視線を向けた。




 もうすぐ、またあの日がやってくる。

 今年は父の墓にも挨拶に行こうと、不意にそんなことを思うのだ。

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