だからその感情は時折、刃のようにこの身体を貫く (1/2)

「ぁ……痛ぅ……」


 後頭部の鈍い痛みに思わず声が漏れるのと同時に、意識が表層へと持ち上がる。目を開くとぼやけた視界が徐々に鮮やかな世界を映し出すのと同時に、目の前に広がる光景を前に思考が鮮明になっていく。


「え、なに……」


 そんな言葉が思わず口からこぼれた。何故なら正面に見えたのは残骸と化し燃え盛る鉄屑の山である。それは記憶に残っている限りでは、乗り込んでいたはずの航空ヘリであり、リバティーズ製の最も安全と言えるはずの乗り物だ。

 端的に言えば乗っていたヘリが落ちた、そういうことなのだろう。


 渓谷に落ちたのか周囲を見渡す限り崖がそびえ立ち、辺りの地面は草木も枯れ果ている。そんな荒れ地の谷底にて目を覚ましたという状況をようやく理解したところで、ゆっくりと立ち上がる。

 戦闘装束バトルドレスに付着した汚れを手で払い落としながら、顔を左右に振って視界を遮る水色の髪を除けた。


 一体どれだけの時間、意識を失っていたのかは分からない。ぼんやりと過去の夢を見ていたような気がしたが、大して重要なことではないのだと自分に言い聞かせて忘れることにした。

 そう、過去なんて些末な出来事に過ぎない。

 どうせ思い出したところで、良かったことなんて何一つ残っていないのだから。


 端末を取り出すと座標を確認する。船団から少し離れた地点にある資源衛星の調査が本来の目的であり、到着までの間ヘリの中で眠りに就いていたはずだった。座標を確認する限りは目的の衛星で間違いなく、しかし事前の情報とは違う光景が広がっていた。

 事前の調査では生物の住むことが出来る環境と聞いていた。しかしこの様子ではそれは有り得ない。或いは既に住めなくなってしまった。足元にある枯れた草と地質の変色具合、そして何よりも鼻を突くような不快な感覚。


 それだけでこの場所に何が起こったのか把握するのには充分だった。


「……ほんと、サイアク」


 この場所もまた、奴らの手によって死の大地へと変えられてしまったのだろう。

 汎ゆる生き物に害を為す存在、ルイナー。それが奴らの呼称だった。

 そしておそらくヘリは落ちたのではなく、奴らに落とされたのだ。その答えに行き着いた時、思わず深い溜め息が出る。そんな面倒事に巻き込まれてしまったという事実に何よりも辟易した自分がいた。


 直後、ゆっくりと首を横に振りながらその右手を降ろす。

 やがて手のひらに集うのは青白い光を放つ粒子。周囲に漂う僅かなリクスエーテルを収束させながら、戦闘装束に搭載されているリクスリアクターに内蔵されたナノメタルとリクスエーテルが作り出すのは戦う為の得物、リクスギア。


 視界の隅で迫り来る蠢く黒い影に背中を向けたまま、構築された武器を握りしめる。武装抜剣サムライブレードにカテゴライズされる鞘に収められた剣こそ、彼女が好んで扱う近接兵葬である。

 その得物を手に携え、彼女へと忍び寄る影へと振り返りざまに――抜刀した。

 横一閃が迸り、一瞬の間だけ世界を光で照らす。その光に溶かされるように四肢を切断され霧散していったのは四脚種クアドロペットと呼ばれる小型ルイナーだ。尤も、小型と呼称されてこそいるものの、その全長は二メートル弱はある。

 そんな小型ルイナーが振り返った先にはまだ五体、控えていた。四本の足を高速で蠢かせながら散開しつつ同時に距離を詰め寄ってくる。


 奴らは人類を含む数多くの生物における外敵だ。ルイナー因子と呼ばれる物質によって構成されている正体不明の有機生命体。

 特筆すべきはその因子の特性であり、リクスエーテルを内包していない生物は接触しただけで、ルイナー因子に汚染されてしまう。そして生命活動が著しく低下し、やがて死に至る。

 その起源や目的は依然として不明。外宇宙から飛来した彼らは人類を始めとする生命体に対して一方的な虐殺を行い、生物のいなくなった惑星を核とする。

 汎ゆる生物に死をもたらし、生態系を死滅させる奴らは、正に存在することが人類にとっての脅威なのだ。


 しかし遭遇した人類の敵を前にしても、あくまでも機嫌を損ねたような表情を浮かべたまま、彼女は抜き放った武装抜剣をゆっくりと持ち上げる。

 ルイナーが人類にとっての天敵であるというのならば、彼女はそう――ルイナーにとっての天敵、人類の剣リバティーズだ。


 直後、彼女は大きく踏み込みながら跳躍した。低空を滑るようにして自らルイナーの群れへと距離を詰めると、再び抜剣を振るう。

 その動作は粗く、決して洗礼されているとは言い難いものだ。しかし同時に力強く、何よりも明確な意思を持って振り抜かれた一撃だ。それは生存競争において何よりも重要な、相手を殺してでも生きるという絶対的意思。


 再び放たれた一撃は、四脚種を縦に両断する。刀身にリクスエーテルを循環させることで対象を斬ることに特化された抜剣の刃が、踊るように宙を舞う。彼女はその得物をまるで自らの一部であるかのように軽々と扱ってみせる。

 飛び掛かってきた一体を軽やかな動作で躱しながら、すれ違いざまに斬り捨てると同時に強く地面へと足を踏み込み、回転を加えながら抜剣を投擲した。

 意思を持っているかのように投擲された抜剣が高速回転しながら、眼前を走っていた四脚種を二体同時に斬り裂き、そして間もなく手元へと帰ってくる。難なく柄を掴んでキャッチしてみせた彼女が最後の一体へと振り返ったその時だった。


 遥か頭上から高速で降下した人影が、その勢いを利用して最後のルイナーを文字通り踏み潰す。


 核を破壊されて身体を維持出来なくなった四脚種が霧散していく中、その中心でゆっくりと立ち上がったその人物は彼女へと背を向けたまま、ゆっくりと振り返る。

 蒼いロングコートに身を包むその人物はボディラインから、ひと目で女性であるということが判別出来る。澄んだ蒼い髪と、それよりも深い海のような色の瞳を持つその女性はこちらへと視線を向けてから――やがて口を開いた。


「怪我はない?」


 決して愛想が良いとは言えない、ぶっきらぼうな物言い。それでも彼女を心配して発せられた言葉だったのは間違いない。しかし、真っ先に喉から迫り上がってきたのは感謝の言葉でもなければ、ましてや相手を案ずるような言葉でもなかった。


「……こんなの、一人で楽勝だったのに」


 手助けしてくれた相手に対して、思わずそんな悪態をついてしまうのがアルス・イア・シュトラーフェという人間だった。

 だがそれが彼女らしさであるというのならば、その言葉に対してこう返した女性もまた、少々変わった人間なのだろう。


「なら、次は背中を任せるから」

「はぁ……? なんでそうなるの」


 思わず本音が出たアルスへと、その女性は無言のまま見つめ返すだけだ。まるで自分は何も変なことなど言っていないとでも言わんばかりの態度に、やがて先に折れたのはアルスの方だった。


「……名前」

「ん」

「聞いてるの、名前。なんて呼べばいいかわかんない」

「レン」


 抜剣を鞘に収めて送還しながらアルスは少しだけ苛ついたようにそう尋ねる。悪態をつくにしても、お前と呼ぶのでは格好がつかないと思っての発言だった。

 対する女性――レンは短く答えるだけ。それ以上の言葉も無ければ、アルスに対して名前を尋ねることもない。


「……ねぇ、なんで聞き返さないの」


 しびれを切らしながらそう問い質したアルスへと、レンは少しだけ困惑したような表情を浮かべてからやがて静かに質問を投げかける。


「じゃあ、名前を教えて」

「じゃあって何、じゃあって。仕方なくみたいなのめっちゃ腹立つんだけど」

「暗に聞けって言ったのはそっちでしょ」

「はぁ~? 私は別になんで聞き返さないのって言っただけじゃん! そっちこそなんで私が名前聞いたのに聞き返さないの、普通に考えておかしいじゃん!」

「……何がおかしいの」

「おかしいでしょ、名前を聞かれたら答えておくもんでしょ!」

「でも、今は聞く必要なかった」

「はぁ~そんなに私の名前知りたくないの? そこまで言われるならむしろ絶対に覚えさせてやりたくなるんだけど!」


 ぼんやりとした言葉ばかり返すレンに、アルスは語尾を荒げながらまくしたてると、詰め寄りながら人差し指をレンへと突きつけた。

 そして大声ではっきりと一語一句を吐き捨てながら言い放った。


「アルスっていうの! ア・ル・ス! わかったよね、覚えたよね、ねぇ!」

「……あ、そう」

「なにその無関心そうな反応! ほんっとうに腹立つ……!」

「でも、別に興味があったわけじゃないし」


 視線を逸らしながら呟いたレンに、更に顔を近づけながらアルスは言い寄る。


「こんな状況で相手のことくらい知っておくの当然でしょ! 見てよ周り、こんな何もない場所にヘリが落ちて! ルイナーも周りにまだいるかもしれないの! わかる?」

「なら名前は重要じゃないと思うし、こんな言い合いしてる場合じゃないと思うけど」

「それはその……確かにその通りだと思う……けど」

「アルス、だっけ」

「え、あ、うん」


 不意に名前を呼ばれたアルスは自分でも驚くほど気の抜けた声を出すと、その直後にレンの顔が驚くほど近くにあることに気づき思わず目を見開く。

 その金色の右目と水色の左目を覗き込まれながら、アルスはやがて目と鼻の先にいる彼女が口を開くのを待った。


「その角って、本物なの」


 やがてレンが尋ねてきたのはそんな質問だった。人生の中でそのような質問をされた回数を忘れるくらい、アルスにとって慣れきった問い掛けだった。

 ゆっくりと額を押し付けるように近づけながら、その角をレンの額へと押し当ててみせる。


「……これでもまだ、ファッションで付けてるように見える?」

「いや」

「わかったならいいよ」


 額を離しながらアルスは目を伏せて背を向けて歩き出す。

 今までも同じように奇異の目で見られてきた。もうそんなことでは動じない程度には、世の中の悪意に晒されて生きてきた。きっとこのレンという女性もまたこれまで出会ってきた人々と同じだ。

 しかし次に聞こえてきた言葉に、思わずアルスは足を止めるのだった。


「なんていうか、かわいい」

「え……はぁ?」

「だから、かわいい」

「なんで?」

「かわいいから」

「……もう、訳わかんない」


 二人がそれぞれ所持している端末へ同時に通信が入ったのはまさにその時だった。静けさが包み込むこの一帯に、重なった電子音が鳴り響く中、無言のまま二人は顔を合わせる。




 ――それがレン・サフィニアとアルス・イア・シュトラーフェの邂逅であり、物語の歯車が静かに廻り始めた瞬間だった。

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