屍使いは影の魔王~魔王軍の下っ端だった俺は、死んだ魔王を操り世界を支配する~
@powersaito
第1話
それは、一瞬の出来事だった。
魔王城の玉座の間。突如として現れた勇者は、魔王の背後へと回り込み、その巨体に聖剣を突き刺した。
絶命する魔王は、その間際に魔剣を振るう。横一閃は、勇者の体を真っ二つにした。
勇者と魔王による、人間と悪魔の命運を懸けた戦いは、俺の目の前であっけなく終わった。
「……うそ、だろ」
普段はフードで隠れている魔王の顔が露わになっている。
目は焦点が合っておらず、口元には血が溢れ、生気はない。
そして胸に突き刺さったままの聖剣は、まさに致命傷だった。
あの圧倒的な存在感が……どこにもない。
――魔王は、紛れもなく死んだ。
「……っ、くそっ!」
終わった。
魔王軍も、そして……俺の復讐も。
あの日、人間たちに家族も、仲間も、何もかもを奪われた俺に残されたのは、復讐だけ。
力も地位もない俺は、魔王軍の片隅で下っ端として働き続けた。
いつか魔王が人間を滅ぼすことだけが望みだった。
――それが、今終わった。
魔王が死ねば、魔王軍は間違いなく崩壊する。
人間とは違い、悪魔たちは団結や協力ということを知らない。弱肉強食の世界で生き残ってきた種族だから当然だ。
魔王軍にいる悪魔はすべて、カリスマたる魔王に忠誠を誓い、己の命を預けている。魔王の死を知れば、もはや統率など取れない。魔王軍は瓦解する。
「ふざけんなよ」
俺の復讐は……まだ終わっていないんだぞ。
そのときだった。
足音が、近づいてくる。
魔王軍の幹部たちだろう。
このままでは、魔王の死が露見する。
……この“死”を、隠すしかない。
そう直感した。
なら――。
魔王は、まだ生きている。そう思わせれば……魔王軍は崩壊しない。
俺は――魔王の死体を、操ることにした。
それは、俺だけにできること。
「魔禍印(デモノス)発動。
俺たち悪魔が生まれた時から持つ能力。
俺の魔禍印(デモノス)は対象の体を、見えない糸で操ることができる。
魔力が俺の”右手”から溢れ出す。
それは赤く、糸のように細く伸び、魔王の巨体へと絡んでいく。
動け――。
びくん、と。
魔王様の指先がわずかに動いた。
次いで、腕が震え、ゆっくりと体を起こす。
「ぐっ……重い」
俺の魔禍印(デモノス)は決して強い能力ではない。本来なら、俺の三倍はある魔王の体を操るなど困難だ。
だが、やるしかない。
足音が迫る。
「……魔王様!!」
玉座の間への扉が勢いよく開かれると同時に、魔王の屍は俺の糸で立ち上がった。
幹部たちが駆けつけてきた。
先頭は第一戦隊(だいいち せんたい)の幹部・ローン。後ろには、その他6人の幹部がいる。
彼らの目には、勇者の死体と、立ち上がる魔王の姿、そしてその隣に立つ俺が映っただろう。
「ご無事ですか?」
「魔王様、お怪我が……!」
彼らは足を止めず、こちらへと歩みを進めてくる。
近づかれれば、魔王の死がバレるかもしれない。
「近寄るな!!」
咄嗟の俺の叫びに、幹部たちの足が止まる。
数瞬の静寂。
「貴様、何者だ?」
ローンが、低く問う。
「私はクロノ……第七支隊(だいなな したい)の兵士です」
俺は深呼吸してから答えた。
「なぜお前のような下っ端がここにいる?」
「勇者パーティーによる襲撃の報告を受け、第七支隊の務めとして、玉座の間に設置された魔法陣の発動をおこなうところでした」
「他には、誰もいないようだな」
「はい。この業務は、私一体でおこなう予定でした」
これは事実だ。俺が属する第七支隊は魔王軍のサポートを務める。その一環として、魔王のステータスを底上げする専用魔法が仕込まれた魔法陣を発動するため、ここにいる。
今日はたまたま、俺がその当番で、先の戦いを目撃した。
「そこへ勇者が現れた、と?」
「はい。突然の出来事でした。勇者に不意をつかれてしまいましたが、魔王様は魔剣による攻撃で勇者を返り討ちにしました」
勇者の死体が転がり、魔王が立っている状況を見る限りでは、俺の証言に不信感を持つ者はいないだろう。
「第七ということは、セルヴィア。お前の隊だな?」
振り返ったローンの視線の先には、第七支隊の隊長・セルヴィアがいる。
「ええ。私たち、第七支隊の任務の中に、彼の言う魔法陣の発動はあるわ」
冷気を思わせる白と青が混ざりあった長い髪を揺らしながら、真っ白なコートを着たセルヴィアは一歩前に出た。
「この魔人は第七の隊員か?」
「下っ端のことなんてイチイチ覚えてないわよ」
「じゃあ、コイツが嘘をついている可能性もあるってわけか」
ローンは腰に携えた長刀に手をかける。
「お、お待ち下さい! 我々、第七支隊には入隊した際に首筋にセルヴィア様から魔印を与えられます。ご確認ください」
俺は首元を晒す。
セルヴィアがそっと右手を持ち上げると、俺の首元に青と白の魔法陣が浮かび上がった。
「……間違いないわ。彼は私の部下ね」
「そうか」
ローンはそっと長刀の柄から手を離した。
「それで、なぜ俺たちは魔王様に近づいちゃいけねぇんだ?」
「ここから見る限りでも、魔王様はかなりの深手を負っています。僕に治療をさせてください」
ローンとともに声を上げたのは、第五医隊(だいご いたい)の隊長・ラミアだ。
「……魔王様のお体には、勇者の聖剣が刺さったままです。これは、強大な魔力を持つみなさまには危険です」
咄嗟に嘘をつく。
「それならば、一刻も早くお体から抜かなければ! 僕に任せてください。たとえ聖剣でこの身が焼かれようとも構いません」
ラミアは魔王の元へと歩き出す。
「ダメだ! これは魔王様からのご命令だッ!」
怒鳴るように言い放った俺に、ラミアは足を止める。
医療の知識がある彼が今の魔王に近づけば、死んでいることに確実に気がつく。
「おいおい、なぜお前が魔王様の声を代弁する?」
「それは……ラミア様は魔王軍の医療の要たる第五医隊の隊長。そんなお方を失うわけにはいきません」
「ラミアは別に死んでもいいって言ってんだ……魔王様、構いませんよね?」
……まずい。
声帯を震わせ、言葉を発することはできない。
口を開かない魔王を前に、幹部たちは顔を合わせる。
疑いの視線が俺と、屍となった魔王に交互に注がれる。
「いけ。俺が許可する」
「わかった」
ローンの言葉に、ラミアは頷き歩き出す。
彼を止める言葉が思いつかない。
ここまでか。
諦めるように目を閉じた――そのときだった。
「……退け」
空気を震わせるような、低い音が響いた。
――それは紛れもなく、魔王の声だった。
俺を含めて、その場にいた全員の視線が魔王に向く。
……どうなっている。
なぜ、魔王は喋った?
「黙って……下がっていろ……」
「……はっ!」
幹部たちは一斉に頭を下げた。
……落ち着け。理由はどうあれ、このチャンスを逃す手はない。
「魔王様より、すべての幹部は持ち場に戻るようにと」
「……ああ、わかった」
幹部たちを代表してローンが答える。
彼らは俺と魔王を残し、玉座の間を後にした。
緊張が解けるように、魔王の屍を操っていた糸も切れる。
巨体はその場にゆっくりと倒れ込んだ。
魔力を消費しすぎて気を失いそうだった。
ふと、視線の先に魔王の玉座がある。
俺はふらつきながら、巨大な椅子に腰掛けた。
「……フフフッ。アハハハッ」
足を組み。高く笑う。
魔王は死んだ。だが、まだ俺の復讐は終わっていない。
虎の威を借る狐だとしても、俺にはやるべきことがある。
「やってやるよ」
魔王の屍を操り――俺が世界を支配してやる。
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