平成ギャルから異世界に転生した聖女は忠犬王子の溺愛対象!~異世界救済、始めます!~
山門紳士@穢れ令嬢メイベルシュート発売中
マジで知らない世界だから
「ぎゃー! ねぼーしたー! マジやべー!」
叫んで。
野口恭子は跳ね起きた。
起きる前の記憶では自分はたしか日サロで肌を焼いていたはずだった。寝転がるタイプだったからついウトウトとしてしまった所までは記憶があるけど。
そこから記憶がない。
つまりは誰もマシンの中の恭子を起こさず、とっくに規定の時間は過ぎているという事になる。
学生である恭子の財布の中身は常にカツカツで、ファーストフード店で働いたバイト代のみで遊ぶ金を賄っている。
日サロの通常代金はともかく、延長料金となったら、今日の夕飯が食べられなくなる可能性が高い。仲間内で集まっている中で恭子だけ水を啜っているなんてのは悲しすぎる。
いやー! むりむりー!
と、そんな小さな事を心配し、野口恭子はあたふたしているけれど。
幸か不幸か。
そんな心配はいっさい必要ない。
なぜならここは異世界で。
野口恭子は転生しているのだから。
よく考えれば、寝転がるタイプのタンニングマシンの中で跳ね起きたら、当然頭を強打しているし、その室内は紫外線バリバリの青やらピンクやらのもっとサイケな色彩をしている。
しかし起きたこの場所はどうだ?
まったく違う。
自然光に満ち溢れて白を基調にしたとても広い西洋風の部屋だ。
ここら辺で野口恭子も流石に異変に気づいて周りを確認した。
やっぱり日サロではない。
じゃあ自分が日サロに行ったってのは夢だったのか?
じゃあ夢だったとして、夢は家で寝てる時に見ているはずだけど、ここは見慣れた自分の部屋でもない。
なにせ、キティはいないし、スミスのルーズも床に散乱してないし、アルバのステッカーを貼り付けたオキニの鏡もない。スクバもないし、ハイビスカスのレイもないし、もふもふしたストラップがついたケータイもない。
そんなアイテムたちの代わりにあるのは、違和感ありありのアイテム。天蓋付きのふっかふかベッド、豪華な暖炉と大きなカウチソファ、大きく開いた窓の脇には派手なテーブルと椅子があった。
恭子は絶対にこんな場所で寝た記憶はない。
更には。
これは違和感と言っていいのだろうか、恭子も判断に迷うが、壁際にずらっと人が並んでいる。あれはメイド、というのだろうか。世界名作劇場のどれかの作品に出てきそうな洋服をきた美しい外国の女性たち。
極めつけはその中央に立って感動に打ち震えている様子の一人の男性。
プラチナブロンドのふわふわとした柔らかそうな髪の毛。柔和で整った顔立ち。それに似合わない大きく引き締まった体躯。昔話に出てきそうな王子様がそこに立っている。
「なんで王子がうちにいんの?」
ぽろっとこぼれた恭子の「王子」という疑問の言葉に男はつよく反応した。
どうやら彼は本当に王子だったらしい。
自分が気づいてもらえたと思ったのか、その金髪の男性はたちまち色めきたった。それはまるで犬が喜んでいるような仕草で。その喜びように耳と尻尾までが幻視される。
なんだかそれが愛らしくて少しだけ恭子の気が緩んだ。
そのタイミング。
「つッ」
こめかみに鋭い痛みがはしり。
同時に恭子とは別の記憶が一気に頭の中で解放された。
それはリズ・ギャルレリオ公爵令嬢という記憶。
生まれた時から聖女候補として育ってきた。そして六歳から始まった聖女選抜を終え、最終、聖女へ至るための聖女降臨の儀式において気を失って倒れた。
この聖女降臨の儀式とは聖女候補の女性が、聖女の力を得るために、異世界からの招いた聖女の魂と、自分の魂を融合させて、完全なる聖女へと至る聖女の秘儀だった。
そしてその儀式にリズ・ギャルレリオは成功した。
この聖女降臨の儀式に招かれたのが、野口恭子という平成ギャルの魂。
つまり今こうやってあたふたしている野口恭子は物質としては存在せず。
魂だけがリズ・ギャルレリオ公爵令嬢の体に召喚され、現在進行形で野口恭子とリズ・ギャルレリオの魂は融合している最中という事になる。
それが成って初めて、リズは聖女に至る。
野口恭子から見れば生まれ変わり。
リズ・ギャルレリオから見れば身体の乗っ取り。
聖女になるために全てを覚悟していたリズ・ギャルレリオの魂は恭子との融合をすんなりと受け入れているが、何の覚悟もなく魂だけをつれてこられた野口恭子としてはたまったものではない。
慌てる。
「え、どうしよ、なんか、なんか、ない!?」
自分が消えてしまう。何とか、何とか恭子という存在が消えてしまわないように、こぼれ落ちて消えていく自分の残滓を手繰り寄せようと足掻く。
周りに人がいっぱいいる事は理解しているけどそれどころじゃない。
「ちがう! これも! これも違う!」
ベッドの上で右往左往して辺りを見回すが、いくらそんな事をしたとしても、少しも自分の記憶の中にあるアイテムは見つからない。どうしようもないほどにここは異世界なのだ。
当然のように部屋の中にあるものの中に恭子のものは一つもなかった。なかったけれど身の回りの品々に妙に愛着を持っているのも間違いない。
これらが自分の知っているモノで、自分の中に自然にあるモノだという感覚が強くある。
この急激な心境の変化からもわかるように、すでに魂の融合は進んでいて、野口恭子はリズ・ギャルレリオに変化している。そんな奇妙な感覚に戸惑うけれど、心の中ではすでに受け入れてしまっている自分を感じて、恭子は諦めたようにベッドの上に仰向けで倒れた。
「はー、こりゃもーしゃーないなー。生まれ変わりみたいなもんかねー? 夏休みにテレビでやってたやつだよねー? あんなん嘘だと思ってたわー、マジであったんだねーやっばー」
口からは降参の言葉がこぼれる。
割とすんなりと現在自分が置かれている状況を理解して受け入れられたのは、夏になると頻繁にやっていたオカルト番組や、母の読んでいたホラー漫画雑誌などの影響もあるだろうし。
それに加えて恭子の元々の人格が前向きでサッパリとした性格であった事と、リズ・ギャルレリオ公爵令嬢の魂がその覚悟を持って、降ろされた魂を優先すると決めていた事も大きだろう。
平成ギャルである野口恭子の魂と、公爵令嬢であるリズ・ギャルレリオの魂は、恭子をベースとして混ざり合い、肉体はリズをベースとして、二人はまざりあった。
こうやって。
聖女リズは完成した。
天からは光が降り注ぐ。
ここは室内だというのに、世界が聖女の誕生を祝うように、天上から祝福の光が降り注いだのだ。
さっきまでリズの異変を心配してオロオロとしていた壁際に立っているメイドたちは、そこから打って変わって奇跡を見たようにどよめき、犬っぽい王子に至ってはうるうると目を涙ぐませ、祈るようにリズをまっすぐに見つめている。
しかし。
そんなもの、いまの聖女リズには気づく余裕はない。
聖女に至ったとはいえ、そこまで落ち着いていない。
簡単に言えば、混乱している。
仰向けに寝転がったまま視線と意識だけが、右へ左へ上へ下へ、あちこちへと散っている。
そこに。
ふ、と。
一人の男が入りこんだ。
それはさっきの犬っぽい感じの王子様だった。
少し気になり起き上がってリズがそちらを見れば、自分が認識されたと思ったのか、王子犬っぽい男がすごく緊張した素振りで近づいてくる。
なんとまあ、手と足が一緒に出ている。
実に古式ゆかしき緊張した素振りで近づいてきた男は、リズの座っているベッドの手前で、リードで無理やりに引き止められた犬のようにビンッと急停止した。
よく見れば実際に後ろにいる侍女さんに背中を掴まれてそこで止められている。
王子! ストップ! って感じで。
「リリリリリー……ゔん、ギャルレリオ公爵令嬢、少し話をさせてもらえるだろうか?」
ギャルの記憶だけの時にはわからなかったけれど、この王子様は見覚えがある。
たぶん顔見知りの王子は、最初に上擦った声で虫のように鳴いた後に、一つ咳払いをしてから、ほどよく湿った低音が響く良い声で、リズにそう問いかける。
もちろんリズとしても事情を知っていそうな人間の話は聞きたい。
「んー、いいよー。あーしはリズだよー。よろー」
まだ
「あ、ああ……私は、この国の第一王子で、アルバートというんだが、あっと、その、なんだ……覚えてないか?」
リズにはじめましての挨拶をされて、アルバートと名乗った男は明らかにしょんぼりとした。そのしょんぼり具合はやはり大型犬のようで、パタンと畳まれた耳と股に挟まった尻尾が見えるようだった。
言われてみれば、聖女の記憶の中に、アルバートという名前がある。
そこから紐づくようにスルスルっと記憶が蘇る。
「ん! 覚えてる! たしか、あーしの婚約者っしょ? ごめ、まだ記憶が安定してなくってさ!」
「お、おお! そう、そうだ! 覚えてくれていたか……そうか……よかったぁ!」
アルバートと名乗った男はリズの言葉に一喜一憂しコロコロと表情を変える。さっきまでたたまれていた耳と尻尾が一瞬でピンと立ち直る。
「で、では、聖女としての記憶はあるか?」
「うん! もちあるよー!」
そこだけははっきりしていた。
多分、リズ・ギャルレリオが聖女降臨の儀の最中に一番思っていた事だからだろう。
リズは聖女に至りその力を用いて歪みと呼ばれる事象から世界を救うのだ。
「そう……か……」
アルバートはリズの肯定に小さく呟いて頷いた。
その様子は嬉しそうでいて、なぜか悔やんでいるような、そんな複雑な表情。しかしすぐにそれを強い決意で引き締めて普通の表情へと戻った。
そんなおかしな様子のアルバートを気にする事なく。
リズは、ヨッと飛び上がるようにしてベッドの上に立った。修行中の聖女が着る簡素なワンピースのスカートが揺れる。着地の時に柔らかいベッドに足を取られ、少しよろついたのを安定させるように、足を肩幅より広く開いて、そのままいわゆる仁王立ちになり。
リズは高らかに宣言する。
「あーしは今から
そこで一旦言葉を切り、ニッカリと人好きのする笑顔を顔いっぱいに溢れさせてから。
「よろしくね! ピース!」
と、締め括った。
それは絶対的
おのれの決意を一気に言い切ったリズは、満足げに鼻からむふーと息を吐き出した。
そこに立っているのは確かに
まっすぐ伸びた金色の長い髪、透けるほどに白い肌、キリッとした意志のある眉毛、色素は薄いが長いまつ毛、ぱっちりとした大きな目に、玉虫色の瞳、桜色の唇はぷっくりと愛らしく楽しそうに三日月を描いている。
容姿だけであればまさに絶世の美女。
ともすれば冷たい印象になりそうなほどの美だけれど不思議とそうはならない。
それは聖女特有の慈愛からだろうか。
それともギャル特有のカラッとして人懐っこい雰囲気からだろうか。
きっと両方からだろう。
聖女とギャルの魂は融合しているのだから。
聖女は立つ。
美術品のような顔をくしゃりと崩し、人好きのする笑顔を浮かべて。
聖女は立つのだ。
しっかりと前を見据え、手にはピースサインをしっかりと作って。
アルバートはそんなリズを少しだけ悲しそうな顔で見つめた後、何かを決意したように、拳を強く握りしめているが、リズがそれに気づく事はない。
ともかく喜ぼう。
ここに!
パラパラで世界を救う
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