第51話 ウチは死ぬ

 流離さんの身体が、ぐらりと揺れる。


 足が砕けたせいだ。


 左足が砕け、続けて右足もボロボロになって欠片になった。炭化し、脆くなった結果、自重に耐えきれなかった。


 上半身が落ちる。


 いくら体のバランスが崩れても、それでも、その目は。

 ――日借をしっかりと捕らえていた。


「流離さん!」


 地面に落ちるすんでのものを、受け止める。


 軽かった。

 空っぽとか思うくらい。


 当たり前だ。体半分、失っているのだから。


 体半分、焼失しているのだから。


「まさかこういう結末になるなんてね」


 つまらなそうに日借が言った。


「『魔女の』、わたしね、貴女のこと大嫌いだった」


「ウチもよ」

 しっかりとした声で、流離さんが言う。


「ウチもあんたが、気に入らなかった」


「ふーん」

 日借は一度唸り。


「最後まで、わたし達、ね」


 その言葉が消え入ると同時。


 昼が消えて、光が消えて、日借が消えた。


「……日借」


「生苦楽くん」


「え? あ、はい!」


「携帯出してくれる?」


「え?」


「携帯」


 けーたい。その言葉を理解すると同時、ポケットに入れたままになっているそれを思い出す。


 取り出したい。

 が。


「…………ッ」

「早くして」


 ごめんなさいと言って、流離さんの身体を一回地面に下す。腕が足りないと思ったのは初めてだった。あと一本あれば、支えたまま携帯を取り出せたのに――。


「今からいう番号に電話かけて」


 0、といきなり言いだす番号を慌ててプッシュする。


 いったいどこに、その質問の前に、相手は出た。


「――もしもし? セールスならお断りなのねん」


「……数亞?」


「ん? その声は、生苦楽 楽鬼なのかねん?」


 なんでこの番号を? そんなことを思うわずかな間ができたあと「ああ、流離かね」


「貸して」


 流離さんが言うが、腕は――もうない。

 地面に横たわる彼女の耳元に携帯を持っていく。


「もしもし、博士? ウチ。そう、流離。……あのさ、合言葉とかはこの際どうでもいいしょ。なんで生苦楽くんの携帯からって? 言わなくちゃわからないかな、時間もないし、察してくれない? まったく、気に入らない。……そう。やられた。相手は『火傘』。――え? うん、そう、『サテライト・アンブレイカー』。いいじゃん『火傘』で、なんでわざわざそっちの名前で…… 『火傘』は武器の名前だから誰だかわからないって――まあいいや。そんなこと、どうでもいいし、気に入らない。……違う、相打ちじゃない。こっちが一方的にもらって、喰らって、それで終わり。ウチは死ぬ」


 ウチは死ぬ。


 その言葉が、軽く発され、戸惑う。


「そう、死ぬ。これはちょっと、どうしようもない」


 それから、流離さんがつらつらと呪文を唱えていく。


 それが、ここの住所だというのに気が付いたころ。

「わかったのねん」

 数亞が言って、電話が切れた。


 長く、息をはく。


「――流離さん」


「電話、もういいよ」


 目が、僕を向いた。


 左目だけ、ぼくを見た。

 右目はもうなかった。


 目だけじゃない。

 頭が欠けている。


 右脳の辺りがごっそり炭化し、なくなっている。

 なんで生きているのかわからないほど。


 人間とは、思えないほど。


「――そうだ! 魔女の左腕!」


 少し離れた箇所に置かれたままになっている腕。


 なんであれを持ってこなかったのだろう。


 僕なんかより、あれのほうが価値があるというのに。


「待っててください! 今あれを持って」


「持ってきて、どうすんのさ」


「また付ければ」


「肩なんてないのに?」

 んくく、と言った。


 左肩だけじゃない。四肢がすべてなくなっている。


「ここまで来ちゃうと、もうどうにもならないよ」


「どうにも」


「魔法程度じゃ無理」


 じゃあ、なんなら、助かるのだろう。


 魔法でダメなら。

 どんな奇跡なら。


「……なんで、助けたんですか?」


「え?」


「なんで、僕を助けたんですか」


「……んくく」


「なんで、腕を」


「ウチさ、兄がいたの」


 目が僕から離れ、どこか遠くを見始める。


「それから、妹もいた」


「……流離さん?」


「兄はさ、キミと同じく、エゴリセットプログラムを受けなかったんだ。ミュージシャン目指してて、絶対デビューしたいからって言った。で、知っての通り、ウチはエゴリセットプログラムを受けた。それからは話したと思うけど、ウチは異世界に行くことになったんだよね」


 なにを話しているのかわからない。

 けど、止めることもできなかった。


「そこにさ、兄もいたの。びっくりしたよ。なんでいるのかって聞いたら、ウチが心配だからって。……まあ、それだけなら美談っぽい話なんだけど、実際は違うんだよね。異世界に行くことは絶対秘密。別人ならともかく、人間には話しちゃいけないことだったんだけど、舞い上がったウチは電話で言っちゃって、それを知った兄が、どうやったか知らないけどウチのいる場所を探し出して、いろんな人を殺してやってきたの。怖かったけど、嬉しかったよ。で、一緒に異世界に行った」


 一緒に行った。


 でも――。

 その世界から帰ってこれたのは。


「兄は異世界で、ウチを庇って死んだ。ウチの盾になって、よくわからん生き物に連れてかれて、苦しめられて痛めつけられて、それでも死んでなくて、結局、ウチが殺した」


 魔女の左腕はなかったけどね、流離さんが言う。

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