第43話 戦士を作るのは、それが一番早いんだよ

「正直いうとさ」


 そんな声が聞こえたのは、どのくらいたってからだろう。


 サイクロプスから体から流れ出る血は、もう止まっている。スライムもいつの間にかいなくなり――いや、これは単純に流離さんが破壊し尽くしただけだろう。結局スライムの司令塔がどんなやつだったのかわからなかったが、流離さんはそんなこと関係なかったらしい。


 緊張感の糸が切れたのか、地面に仰向けに倒れたまま動けない僕に、流離さんが声をかける。


「勝てるわけなくて、死ぬんだと思ってた」


「…………」


「一回引き返して、修行だかなんだかして、挑んで、あっけなく死ぬんだと思ってた」


「…………」


「死んで、向こうに戻って、団長にもう一回ってお願いして、また別の誰かに転生して、別のミッションを受けて、また死んで」


「…………」


「そんで、何回か死んだあとに、成功するもんだと思ってた」


「そんな……ゲームみたいな」


「戦士を作るのは、それが一番早いんだよ」


 サイクロプスもスライムも消え、静寂が訪れたダンジョンの中に流離さんの声が響く。


「キミみたいな人を戦士にするのは、実はすごく難しくて面倒くさいんだ。一回、形になっちゃってるからね。そこから別の形にしようとすると、できなくはないんだけど相当無理をしなきゃいけない。でも、そんなのをしてる時間なんてないからさ、一回、完膚なきまで叩き壊すの。原形がなくなるまで壊して、壊して、壊し尽くしてから、その破片をつなぎ合わせて、もう一回成形するんだ。そのほうが楽だから」


「…………」


 死んで。

 死んで。

 死んで。


 死に足して。

 死に増して。

 死に続けて。


 心で覚えて。

 体で覚えて。

 記憶で覚えて。


 そうやって、次第に強くしていく。

 そうやって、次第に形にしていく。


 いつもは、そうやっていたのだろうか。

 いつもは、そうやって戦士を作っていたのだろうか。


 僕みたいな、戦闘経験なんて全く知らない凡人を形にするために。

 壊れるのを、待っていたのだろうか。


「奇跡を待つには長すぎる」

 と、流離さんが左腕をさすった。


「そんなの、待ってられない」


 体を起こすと途端、目に入ってくる、妹の――ニットワードの妹であるライワードの死体。

 もう役目がなくなったのだろう、光の殻はなくなっていた。

 

 触れようと、僕は手を伸ばした。

 彼女の手に、触れようとした。


「もし」


「ん?」


「もし僕が死んでたら、この体は、どうなってましたか?」


「死んでたよ」


 もちろんね。


 声に感情を乗せず、流離さんが言った。


「意識だけ無事だったらまたあのベットの上で目を覚ますんだろうけど、肉体は死ぬ。だから、もしサイクロプスがキミを殺してたら、このまま兄妹仲良く死体になって終わりだよ」


「……じゃあ」


 今は、どうなるのだろう。


 ニットワードは死ななかった。

 少なくとも、この体は死ななかった。


 その場合は。


「別に、なにも変わらない。結局、最初から終わってるから」


 魔女の左腕。

 それを掲げると、わずかに光っているのがわかった。


 魔法を、使おうとしているらしい。


 焦りから魔法を使ってサイクロプスと対峙しようとはしなかったが、ニットワードはもともと魔法が使えるらしいのだ。だから、流離さんが魔法を使おうとしているのも、なんとなくわかるのだろう。


 スライムと潰したりしているときも本当ならわかったはずなのに、全く気付くことができなかった。


「もう一回転生…………というか、もとの体に戻ったら、その体は自由になるけど、中身は空っぽだからね。生きてるけど、息してるけど、意識はない。動くことはないから、このまま朽ちていくだけだよ」


 その子と同じようにね、妹を指す。


「そいつの意識はキミに塗りつぶされた」


「僕に……」


「合わさったって言ってもいいかもしれない。キミがその子に成ったんだから、当たり前だよね。それが転生だもん。で、だ」


 僕が――僕に戻ったら。

 中に入っているものを、別の容器に移し替えたら。

 

 最初の容器には、なにが残っている?


「一度混ざりあった意識と記憶がさ、キミが戻ったら、その子の意識だけ分離して残るなんてことがあるわけないでしょ」


「…………」


「だから最初から、全部終わってる」


 ニットワードは、もう僕なのだ。

 転生したとき、そうなった。

 

 だから。

 ニットワードは、生きていると言えば生きている。


 死んではいない。


 だが――。


「じゃ、戻ろっか。ウチがまた転生させてあげる」


 ――これほど虚しい生が、あるだろうか。


 僕が伸ばした手が、ライワードの手を掴む。

 冷たい。硬い。ゴムのような質感の手。

 僕の左腕に初めて伝わる人の肌の感触は、そんな、身震いするほどおぞましいもので。


 ニットワードとライワードが握手するように手をつないだころ。

 魔女の左腕が、ひときわ大きく輝くのが見えた。


 そして。

 腕がみえないほど光ったと思ったら、視界が暗転した。


 目が潰れたかと思った。

 もうそうならどれだけ良かったかと、本気で思った。


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