第41話 まったく、気に入らない

「なんだろう、この騒ぎで出てきちゃったのかな。まったく、気に入らない」


 パンパンパンと、リズミカルにスライムを破裂させながら流離さんが言う。

 左腕を前に出していることから、おそらく魔法を使っているのだと思うが、いったいどうやってそんなことをしているのかはわからない。


「ああ、安心して。この気に入らないやつはウチが相手しとくから。下手に邪魔がはいるものめんどうでしょ」


 わらわらと、ぶつぶつと、ぼこぼこと湧き出てくるそれを、ただひたすらに破壊していく。


 湧き出て――。

 スライムの出方は、まさにそれだった。水色のぬめぬめとした液体が地面から染み出て、葛餅のようにまとかったかと思うと体を引きずるような形で前進を始める。

 

 尺取虫が進むように、体を縮めて、伸ばし、少しずつ、ほんの少しだが、こちらに近寄ってくる。


 その数は――もはや数え切れるものではなかった。


 いつから湧き出ていたのだろう。気が付けば――退路すべてを覆いつくすほどのスライムが坂を下る水路のように迫ってきている。それを流離さんはなんら気にすることなく、近くにくるものから順に潰していった。


 あのスライムは、サイクロプスが出したものなのだろうか。


 そう思い奴を見るも、大きな目をぎょろぎょろとさせたままあたりを伺っている。表情は読めないが、自ら出した、または呼んだということではなさそうだ。


 一回、サイクロプスが自らの後ろを見た。引き下がってくれるのかと思ったが、単に後方確認だけらしい。理由は――スライムがいるかどうかだろうか。


 とすれば、サイクロプス側の味方ではなさそうだ。


「あー、もう。気に入らない気に入らない気に入らない」


 苛立ちが混じる声が聞こえるが、もう振り返ることはできない。サイクロプスの目が、僕に向いていた。


 身構える。

 刀を構える。


 サイクロプスは拳を振りかぶると、縦に振りぬいてきた。


 避ける――までもなかった。そもそも僕とサイクロプスは十分な距離があった。ここで拳を振り下ろしても、僕には絶対に当たらない。 


 飛び道具なんてものもなく、拳はそのまま、まっすぐ地面に打ち付けられた。


 地面が砕かれ、また地震を起こした。先ほどより威力が大きく、揺れも大きい。立てないほどではないが、足場を確認するために一瞬、サイクロプスから視線を外した。


 次に奴を見みると――。

 ――砕いた地盤を持ち上げて振りかぶっている、サイクロプスの姿があった。


 だめだ。

 あれを投げつけられたら、今度こそ……。


 だが。

 サイクロプスの目は僕ではなく、その向こうに向いていた。


 岩盤が飛ぶ。それは僕の頭上を越え。

 その後ろにいた、巨大な――氷漬けにされたスライムにあたった。


「わお、ナイス。気に入った」


 岩盤がスライムに当たる。強度は氷の方が勝ったようで投げつけたそれは砕け散ったが、スライムの塊もひびが入った。


 すかさずそれを流離さんは破壊する。


 氷の粒になったスライムは。

 溶けると、また集まって前進を始めた。


「――ああ、もう! ほんとに気に入らない」


 流離さんがぼやくと、またスライムをひとつにまとめていく。風なのかサイコキネシスなのかわからないが、ぺたぺたぺたぺたと、スライムを持ち上げてはひとつにまとめていく。


 液体であるそれは、くっつけるとどんどん大きくなっていった。


 それで凍らせれば、先ほどと同じく氷の塊ができるのであろうが……。


「――うわッ!」


 足にひんやりとしたものを感じて思わず叫ぶ。いつのまにか、僕の足元からもスライムが湧き出てきた。


 最初は数えられるほどだったのに、一つ、また一つと、数を増やしていく。


 僕だけじゃない。


 サイクロプスの足元にも、スライムが出てきている。奴はそれが気に入らないのか、出てくるものを見つけ次第踏み潰していくが、効果はないようだ。


 液体を潰したところで意味がない。そういうことなのだろう。


 そもそも、このスライムには、顔というか、核らしいものが見当たらない。透明な液体がこちらに近寄ってきている。

 だから、こいつらを潰しても効果がないのだろう。本来なら、これを操る司令塔の役割を持つ奴がいるはずなのだが、見える範囲でそいつを見つけることができない。


 ニットワードの記憶では、これが限界だった。

 この液状をスライムと判断することはできても、その司令塔がどんな姿をしているかまでの知識も経験もない。

 

 靴を覆い、這い上がろうとしてくるスライムをひとつ、蹴り飛ばしてみるが、やはりというか体半分ほどを引き千切れて飛んでいっただけだった。


 飛んで行ったスライムは別のスライムにくっつき、ひとつになる。消えもしないし、今の攻撃に怯えてほかの奴らが離れていってもくれない。


 ただ、にじり寄って這い上がってくるだけだ。

 そしてそれだけなら、こちらがダメージを受けることはない。


 蹴り飛ばした足も、纏わりつかれた靴もまったくの無傷だ。スライムはこちらにダメージを与えられない代わりに、こちらからも明確なダメージソースはないのだろう。

 だが。

 ダメージを与えられないのに、意思をもって体に這い上がろうとしているのは――おそらく顔周りにまとわりついて、窒息を狙っているのだろう。


 それしか有効な攻撃手段がないのかもしれない。


 このまま待てば、スライムがサイクロプスを倒してくれるかと期待したが――。

「――多分、ダメだろうな」


 サイクロプスは相変わらず、流離さんと同じくスライムを潰し続けている。鬱陶しく思っているように見えるが、そこに撤退の二文字はないようだった。お互い対抗しているところを見ると、両者は互角なのだろう。今の段階で、サイクロプスの足首ほどにまで絡みついているのが見えるが、それ以上を待つとなると――

 表面積が小さく背の低い、僕のほうが先に――スライムに飲み込まれる。


「――そうだ、ライワード!」


 地面に横たわったままの妹はどうなった。

 思い出して振り向くと、彼女の周りには、なにか、輝くものが覆っていた。棺桶のように、なにかが彼女の死体を守っている。


「だから、こっちは大丈夫だから、そっちに集中して」


 流離さんが魔法で守っているのだとわかった。


「余計な気をこっちに回さないようにしてあげるから、さっさと倒すなり逃げるなりしてくれない?」


「――戦います!」


 逃げる。

 スライムが出てきて状況は変わったが、その選択肢はない。

 引くわけにはいかない。


 短期決戦で決めるしかない。


 足にまとわりついたスライムが引っ付き合い、動きを鈍くしているのもそうだが。


 なにより。

 僕が


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