第38話 勘違いしないでね

 3m以上ある巨体。汚れた緑の体は、筋肉の鎧に囲まれているのかはち切れんばかりに膨らんでおり、特に筋肉が発達している腕は、二の腕だけでもニットワードの体以上はある。

 その手にはこん棒。その腕力に見合うだけのおそろしく太いこん棒で、木目があることから材質は木のように見える。だがそう簡単に崩れるような柔い代物ではないのだろう。少なくとも、力任せにたたきつけた程度で壊れるものではないに違いない。

 黒く変色しているのは土汚れか血で変色しているのかわからないが、単に腐っているわけではなさそうだった。


 サイクロプスの顔の真ん中には、大きな単眼。薄暗いせいなのか、黒目がやけに大きく、それがカメレオンのようにぎょろぎょろと動き、そして――僕たちを見つけた。


 一度。

 獣のうなったような、低い音がした。


 それが威嚇なのか単なる驚きなのか、僕には判断つかなかった。表情筋が死んでいるのか、顔の動きが少ないのだ。


 見つけたあともサイクロプスは変わらず。

 ずるずるとこん棒を引きずりながら、こちらに歩み寄ってくる。


 歩調はゆっくりであったが、見つけたときと見つけたあとで、そのスピードは変わっていない。

 こちらに対し恐怖をいだいている様子もない。

 だが、敵意をむき出しにしているわけでもない。

 敵意も殺意も害意もない。


 相変わらず目だけは異様に動いているが、他は、口も鼻も頬も顎も、なにも動いていない。筋肉がないわけではないのが余計に怖い。


 いったいなにを考えているのか――

 と、サイクロプスが動きを止めた。


 そして、。こん棒をもった腕を大きく後ろに引いて――そしてそれを投げつけてきた。


「――――――え」


 予想外のことに思考が止まる。動きが止まる。


 こん棒をもっているということで、あれは、殴ることにしか使わないもんだと先入観があった。


 武器を手放すはずがないと。

 思い込んでいた。


 ブーメランのように横に回転したこん棒が、近づいてくる。空気を退かすように、力任せに無理やり進んでくるそれが、迫ってくる。


 上か。下か。それとも横か。


 考えているうちに逃げ場がなくなる。


 風を切る音が――風を殴りつける音が近づいてきて。


 当たる。

 死ぬ。


 そう思った、その瞬間――。

 こん棒が、地面にめり込んだ。


 なにか強い力で押さえつけられているかのように。

 ミシミシと、ベキベキと、バキバキと、音を立てて、割れて、砕けていく。


 この世界特有の自然現象、なわけない。


 そして、僕でもない。


 ニットワードの記憶が勝手に想起され、魔法を行使したわけではない。


 ――となれば。


「勘違いしないでね」

 後ろから、声がした。


「助けたわけじゃないから。キミ、避けるつもりなかったみたいだし、そのままウチにも当たるだけだから、先に潰しただけ」


 振り向けば、流離さんが左腕を前に出して、たたずんでいた。

 そのまま左手が――魔女の左腕が、握る動作をする。


 たったそれだけの動作で、さらに激しい音がしたかと思ったら、こん棒は完全にバラバラになっていた。


「あ……ありがとうございます」


「だから、助けたわけじゃない」


 んくく、と笑って、左腕を下ろす。


「で、キミはこれからどうすんの?」


「……それは」


「手伝いとか、そういうのを想定してんなら無駄だよ。それと、ウチの後ろに隠れてやり過ごすってのもなし。そうなるんだったら、さっさとキミを殺して元の世界に戻る」


 ウチは監視者だからね、腕を組みなおし、洞窟の壁によりかかる。


「そこまで――手を借りるつもりはありません」


「ならいいけど」


 ……だが。

 そうは言いながらも、手は浮かんで来ない。


 サイクロプスのほうは、武器が壊れたというのにあまり気にしていないようだった。

 ニットワードが魔法の心得があるくらいなのだ。この世界では魔法は普通に存在しているのだろう。流離さんの力を見ても、サイクロプスは驚きの表情は見せなかった。


 おそらくあんなものに頼らなくても、素手で戦えるのだろう。


 あの筋肉だ。単純に腕を振り下ろすだけでも僕は耐えられないだろうし、下手すれば、かすっただけで死ぬ可能性すらある。


 一撃ももらってはいけない。

 これが、勝つための最低条件だ。


「……そんなこと、可能なのかはさておき」


 ゆっくりと歩み寄ってくるそいつに向かって、大英断を構える。

 どうやらニットワードは剣術の嗜みがあるらしく、構える姿はなんとか様になったていた。


 正直、助かった。


 こんな風に両手で何かを握るなんて動作になれていない僕が、いきなりこんなものと対峙したところでなにもできなかっただろう。そういう意味では、記憶のある転生で助かったかもしれない。

 だが、ニットワードは剣豪なんて名乗るほどではないし、持ったのも真剣ではなく木刀や模擬刀だけらしい。


 真剣を持つのは、これが初めてだ。

 僕も、ニットワードも。


 斬った経験なんてない。

 斬られた経験なんてものも、ない。


 それで本当に、戦えるのだろうか。


「いっとくけど、今ここで倒せっていってるわけじゃないからね」


 構えたまま微動だにしない僕に、流離さんが声をかける。


「別に少しくらいなら時間はかかってもいい。さすがに数年とかは待てないけど、その刀の使い方がわかるくらいなら十分許容範囲内。準備して、相手を調べつくして、万全の態勢を整えてから改めてあいつに挑んでもいい。極端な話し、同一個体でなくてもかまわない。キミが困難に立ち向かう様をみて、役に立つか判断するのが今回の目的だからさ」


 サイクロプスを倒すのはゲームクリアの条件であって、いつクリアするかは僕にゆだねられている、ということらしい。


 それはありがたい。

 ありがたいが。


 僕は剣を構え続けた。


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