第五章

第36話 邪魔だったんだよ

 妹が産まれたときのことを知らないが知っていた。

 ライワードと名前がついたときのことを知らないが知っていた。


 僕が――ニットワードが悩みに悩んで、数日寝ないで考えた名前だということを知らないが知っていた。


 彼女が成長して優しいが臆病な子に育ち、兄の後ろをついてくるようになったことを知らないが知っていた。


 全く知らない6歳の幼女だったが。

 その声を。

 その背丈を。

 その明るさを。

 その柔らかさを。

 その愛くるしさを。

 その頑張り屋な所を。

 その全てを知っていた。


 その見知った顔から表情がなくなり、大きな瞳から光が消え、幼い体躯から生気が抜け落ちたのを見たとき。


 なぜだろう。

 死にたくなった。


「流離……さん」


「邪魔だったんだよ」


 会話を二つか三つほど飛ばした答えを返す。


 そして、腕を一回――ライワードを貫いたままの腕を、思い切り振った。


 ライワードの腹部から腕が抜ける。形容しがたい音がして、その身体は地面に叩きつけられた。

 大きく開いた穴から血が流れ出ていく。服を、赤に染めていく。叩きつけられた衝撃からか、穴からは臓器が飛び出していた。


「その様子じゃ、転生自体は無事に成功してるみたいだね。んくく、姿も形も全く違うけど、それでもキミってわかるのはすごいよね。結局、人の体なんて側じゃなくて中身が大事ってことなのかな」


 魔女の左腕からしたたり落ちる血が、足元に落ちる。

「……ああ、刀も無事に来てるね。それだけが不安だったんだけど、そのあたりはさすが博士っていったところか。じゃ、行くよ」


「……………」


「なにしてんの、行くよ」


「なんで……殺したんですか」


「ん?」


「なんで、わざわざ」


「だから邪魔だったんだって」


「だからって!」


 叫んで、僕の声がいつもと違うことに気が付いた。変声期前の少年の声。誰の声だ、と自問するに、答えはわかる。自分の声――ニットワードの声。


 今の僕はニットワードという別人だ。

 別の人だ。


「……んくく、なるほど。大丈夫、安心して。そいつが死んだことによる感情の揺れは、だから。それは前の体の人のもの。転生前の体が、今起きたことに対して感情を揺さぶってるだけ。。冷静になって。こいつは、今のキミにとって、何の関係もないただの他人だ」


「そうじゃない!」


 妹――ライワードの元に駆け寄る。思わず抱きかかえた自分の両腕を見て、改めて別の身体に入り込んだのだとわかる。細い華奢な腕。まだ成長途中の少年の腕。

 異世界と言いながらも、人間とかわらない腕。


 そしてその腕の中にいる人も。

 地球で生きる人と、なにも変らなかった。


「…………ッ」


 重いこんにゃくのようになった体を何とか仰向けに寝かせる。


 顔についていた泥を払う。髪にもついていたのを落とし、綺麗に整える。

 口から血が流れ出してきた。指で拭って、それを口の中に戻す。けれど飲み込みわけもなく、溢れてくるだけだった。


 治癒魔法。


 今更、そんな単語が頭に浮かぶ。


 それはきっと僕じゃなく、ニットワードの記憶だったのだろう。傷が言えていく場面がぼんやりと浮かんでくる。

 だが、頭の中を探しても治癒魔法なんて言葉は、単語のみしか見つからなかった。


 知っているが、使えなかった。

 ニットワードが使える魔法の中に、そんなものは存在しなかった。


 ――いや。

 もし使えたとしても、もう手遅れだろう。


 医者ではないが。


 彼女はもう、どうやっても死んでいた。


「んくく、前の記憶が残るタイプの転生なのね。まあ、そのほうが役に立つか。どんな世界かわからないけど、あのままのキミより、多少経験のある凡人のほうがまだちゃんと振舞える」


「…………」


「ほら、立って。行くよ。もうその死体に用はないでしょ」


 死体。


 そうだ。


 目の前にあるのは、ただの肉塊だ。


 なんの思い入れもない。


 少なくとも、僕にとってはなんの思い出も感情もない。

 今初めて会った人。

 記憶の中でしから知らない人。


 その……はずなのに。


「どうしたの? あれ、ひょっとして、彼女なにか持ってるの? なんか重要なアイテムとか」


「……いえ、ないですよ」


 そっと、妹の目を閉じ、目の前で手を合わせる。こんな行為になんの意味があるのかわからないが、そうせずにはいられなかった。


 少なくとも。

 僕が転生しなければ、死ななかったはずなのだ。


「違うよ」

 と、僕の考えを読み取ったように、流離さんが言う。


「ウチらが来なくてもそいつは死んでた。ウチは予言者じゃないし、未来を視れるわけでもないし、この子はここで死ぬ運命だったとか言うつもりはないけどさ。そもそも、そういう意味でいったんじゃない。でもさ、こういう子は。小説の描写なしに、アニメでナレーションすらなしに、ひっそりと、その世界にいた痕跡すら何も残さずに死ぬの」


「……どうして」


「実力より感情を優先して動くやつから死ぬ」


 流離さんは。

 いつも以上に表情のない顔だった。


「その子は力がなかった。でも、今のキミと離れたくなくて、寂しくてついてきた。だから死んだ。それは別にキミが転生してもしなくても変わらない。死ぬのがちょっと早くなっただけ」


「助け……られたかもしれないじゃないですか」


「違う」


 そいつじゃ無理。そいつ程度じゃ無理。

 と。

 血と臓物にまみれている腕で、僕を――ニットワードを指す。

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