第3話 『ものがたり』の続き
「そういえばさ、なんで楽鬼はいきなり腕時計なんか欲しがったの?」
なんで、と言われましても。
「中学生のお小遣いでも無理なく買えそうなもので、でもせっかくの誕生日なんだから、自分じゃ買わないけどもらって嬉しいものって考えたら、腕時計くらいしか出て来なかったんだよ」
「悩まなくても、ゲームソフトでも頼めばよかったのに」
「僕、ゲーム、ほとんどしない」
携帯ゲームもソシャゲも、ほとんどやっていない。周りがやっているのを見るくらいだ。興味はあるが、僕ができそうなものがあまりないのだ。それに最近はゲームを実況してくれていることもあり、僕がやらなくてもやった気になれるので助かっている。
「というか、10年以上僕と幼馴染やっていながら、僕がゲームしてないことに気が付いてなかったのか?」
「別にわたしの前でやってないだけで、家ではやってるかもしれないでしょ? 楽鬼の家には弟が三人もいるんだし、家に据え置きのゲーム機はあるんでしょ?」
そりゃあ、もちろん、ある。
弟たちが毎日飽きずに、テレビとゲームの取り合っているのを見ている。
僕がそこに混じらないだけで。
僕がそこに入ろうとしないだけで。
「……そっか。弟たちのためにゲームソフト頼んでもよかったのか」
「自分の誕生日なんだから、それもどうかと思うけどね」
そういう意味じゃ、あれで正解なのかな、と、日借が小さくため息を吐く。
「なーんだ、楽鬼にもとうとう色気が出て、腕時計に興味が出てきたのかと思っちゃった」
『とうとう』とはどういうことだ。僕だって、人目くらい気にする。それこそ人一倍敏感なくらいだ。
「うーん、付けてみてカッコイイとは思うけどなあ。でも、今してみてわかった。これは僕には合わん」
「合わんって、つけたの数十秒くらいだったよ?」
「それだけで十分堪能したってこと。僕の場合、時計を見るんだったら腕時計のほうがいいんだろうけどさ、腕になにかついてるのが気になるし、やっぱり付けないかなって思ったわ。これは観賞用にするよ」
「それなら……それでいいけどね。わたしもなんとなくそんな気がしたし」
もう用は済んだというように、日借がベンチから立ち上がる。
そして、背もたれに立てかけていた真っ赤な傘を手に取ると、杖のように付きながら二歩、前に行く。
雨は、降っていない。今日一日、快晴だった。
夜になってもそれは変らず。
空を見ると、月が出ていた。雲もなく、星がしっかり見えていた。
それでも――日借は傘を広げた。
赤の円で月を隠して、それから僕に向き直った。
「じゃあ、最後に、『ものがたり』の続きだね」
「……ああ、そうだな」
『ものがたり』
6歳の僕の誕生日から始めた――いってしまえば、二人で行うリレー小説だ。
いや、小説というのもおこがましいかもしれない。
お遊びの延長線上にあった――ただの言葉紡ぎ。
お姫様がお城を出て旅をするところを日借が僕に話し、そのお返しに、僕が日借の誕生日に物語の続きを返したことから始まった。
『お城を出たお姫様は、ナイトと出会い、そして一緒に旅をするんだ』
『ものがたり』はそうして始まった。
「これも長いよね」
「10年だからな」
「……で、どこまで行ったっけ?」
「お姫様がナイトを引き連れて森の中にいったところまで、かな」
「よく覚えてるね」
「覚えてるもなにも、僕から話したことだし」
リレー小説と言っても、なにか媒体に残しているわけではない。一話一万字越えの本格小説! なんて銘打つわけでもないのだ。ただ少し物語を先に進めて相手に渡す。そして相手の誕生日にまた少し話を進めて、返ってくる。ただそれだけだ。
最初――僕の6歳の誕生日のときだけは、日借が冊子にしていたので残っているが、そのあとは全部口頭ですませてしまっているのもあるかもしれない。あまり派手に進めさせてしまっても、覚えられないのだ。
だから10年たっても、物語になにか大きな進展があるわけではなかった。
展開なんてなにもない。
起承転結なんてものもない。
物語の起伏もない。
ただ――続けることが目的の物語。
「まったく、どうして森の中なんかに行っちゃうかな。続きが作りにくいよ」
「お姫様が立ち寄った村で、その村の人全員をナイフで殺しましたなんて続けるからだろう」
「そうだっけ?」
「ドン引きしたのを覚えております、姫様」
というか、記述自体を形として残してないとはいえ、話した本人が全く覚えていないというのはどういうことなのだろう。
結構むずかしい展開に、僕のほうは真面目に展開を考えたというのに。
「そうだなー、じゃあ」
傘を開いたまま日借が天を仰ぐ。空なんかみえちゃいないはずなのに、それでも見続けて、やがて、『ものがたり』の続きを話しだした。
「森の中に入ったお姫様とナイトはやがて、開けた場所に出ました」
「…………」
「日の当たる場所でした。けれど汚い場所でした。落ち葉が腐り、ぶよぶよで、ぐしゃぐしゃで、悪臭が漂っていました。
「…………」
「お姫様はそこに、あおむけに寝転がりました」
「…………」
「ドレスが腐った水を吸って少し重くなりましたが、お姫様はまったく気にしませんでした」
「…………」
「気持ち悪くはありませんでした。汚くはありませんでした。嫌ではありませんでした。そもそも、ドレスは村人を殺したときに返り血をたっぷりと浴びており、今更多少汚れたところで、なにも変わらなかったのです」
「…………」
「お姫様は、しばらく日の下で寝転がっていました。このまま日の下にいれば、その強い光で、汚いものはみんな浄化される思っているようでした」
「…………」
「けれど、お日様はなにもしてくれませんでした」
「…………」
「ただ、そこにいるだけで、そこにあるだけで、ただただ照らしてくれているだけで、ほかはなにもしてくれませんでした」
「…………」
「お姫様は、もう少し日の下にいて」
「…………」
「そして」
「…………」
「お姫様は、村人全員を殺したナイフで、自分の胸を突き刺しました」
「…………」
「何回も何回も、自分の胸を刺しました」
「…………」
「一回では、うまく刺さらなかったのです。何人もの村人を裂いたナイフは脂肪にまみれており、また骨と腱を切ったことによる刃毀れで、ボロボロだったのです」
「…………」
「何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も刺してようやく、胸に大きな傷ができました」
「…………」
「傷から血が流れ穴から血が流れ体から血が流れ、血が流れ続けたお姫様は、やがて死にました」
「…………」
「かな」
「かな、じゃねえよ、物語が終わっちゃったじゃんか」
「いいんじゃない? 最後は楽鬼が、感動的なエピローグでも付け足してよ」
「……エピローグか」
「それか、新しい物語を続けてもいいよ。『生まれ変わった』わたしと、それを続けても」
「――いや」
首を振る。
目の前の日借に、一瞬、別の姿を重ねようとしたのだが、うまくいかなかった。
うまくいかなかったのなら――そういうことだ。
「お前以外と続けるつもりもないし、これで終わりだよ」
『ものがたり』は日借とだから続けていたことだ。これで終わったのなら、新しく始めることもない。
「……お姫様が死んじゃったら、もう、続けられないしな」
「そっか」
日借は傘の柄の『J』の形の部分に手をかけて、一回転させる。すこしでもしぶきが残っていれば周りに飛び散ったであろうが、濡れていない傘はただくるくると回っただけだった。
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