『紙飛行機はまだ落ちない』

rinna

『紙飛行機はまだ落ちない』

教室の窓から、紙飛行機がひらりと落ちた。


放課後の風は、妙にあたたかくて、くすぐったくて、まるで誰かの手のひらみたいだった。僕はそれを目で追った。あいつが飛ばしたやつだ。白い紙に、青いインクで何か書いてあったけど、読めなかった。


「読まなくていいって言っただろ」


後ろから、陽(はる)が声をかけてきた。名前に似合わず、最近はまるで冬の人みたいな顔ばかりしてる。笑わなくなったのは、去年の夏からだ。


僕らの中で、何かが死んだ。たぶんそれは、もう戻らない。


校庭の隅にある、使われなくなったプールは、少し前の雨で半分だけ水が溜まっている。底に沈んでるのは、壊れかけたビート板と、夏の記憶の残骸。陽はよくそこに行って、ひとりで黙っていた。


「なあ、陽。あのとき……泣いた?」


僕の問いに、陽は返事をしなかった。だけど風が吹いて、またどこかから紙飛行機がひらりと落ちてきた。今度のは、僕の胸に当たって、足元に落ちた。


拾って開くと、「好きだったんだよ」と、たったそれだけ書いてあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る