ブサ王子、異世界で無双される。~その鼻毛、美しすぎて国家機密~

美池蘭十郎

第1話 プロローグ

【シーン1:元の世界・一目惚れと失望】


  放課後の図書室、静寂の中にページをめくる音だけが響いていた。 三好タクトは、いつものように隅の席に座り、誰にも見つからぬように読書に集中していた——ふりをしていた。


 彼の視線は、カウンター前に立つ一人の少女に釘付けだった。 天野ミサキ。清潔感のある艶やかな黒髪、整った目鼻立ち、まるでガラス細工のような肌。


 微笑めば周囲が明るくなると噂される、正真正銘の「美少女」。 タクトは、初めて彼女を見た日から、心臓が鼓動ではなく銅鑼を打つような音を立てるようになった。


 意を決して立ち上がったその時——

「うわ、タクトって、ガラスに映ると怖いんだよね」

「え? もしかしてあの顔で告白とかしようとしてる? 相手泣いちゃうよ〜」


 背後から聞こえたクラスメイトたちの笑い声が、心臓を串刺しにする。 振り返ると、ミサキが困ったように笑っていた。そして小さく、ごめんね、とつぶやいた。


 タクトは笑えなかった。背筋を正し、何もなかったように読書に戻った——ページは、もう見えていなかった。


【シーン2:異世界・美少女(ブサイク)にモテモテ】


 異世界、ブサイク王国・南部の市場。 タクトが歩くだけで、周囲がざわめき、ため息が連鎖する。


「ちょっと見て!あの左右非対称の奇跡的まぶた! 」

「ニキビ跡と黄ばんだ歯……なんてセクシー! 」


 押し寄せる女性たち。その中でも、タクトの視線を釘付けにしたのは、目が4つに見えるほど眼鏡が厚く、鼻の穴が常に左右に広がっている妙齢の女性だった。

 リルカ嬢と名乗るその女性は、王国一の“美貌”を持つことで有名な家系の令嬢。


「あなたのそのすきっ歯……、まるで月夜にかかる雲のよう……」


 彼女は恍惚の表情でタクトの手を握ると、頬ずりをしながら言った。


「お願い、私のファースト鼻毛を受け取って…! 」

 

 後ろには嫉妬に燃える女学生たちが列をなしており、中には自作のタクト等身大抱き枕を持ってきた者までいた。

 タクトは、目の前でうっとりと微笑むリルカの顔を見つめながら思った。


 ——あの天野ミサキには、触れることすら許されなかったのに。 ここでは、オレは……王子様だって?


「タクト様……鼻水、いただけますか? 」

 タクトは、なぜか少しだけ泣きたくなった。

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