第31話 ピエロ逃走
スタジオの空気が、一瞬で変わった。
高木真司の宣言が終わるか終わらないかのうちに、ざわめきが広がった。
「今の…録画か?」「本番中じゃないのか…!?」「誰だ、あれ…?」
別のスタジオにいたスタッフやキャスターたちまで駆けつけ、顔を見合わせ、明らかに動揺を隠せないでいた。
そして、さらに――
ドドドドドッ!
地響きのような重たい足音が廊下を駆け上がってきた。
直後にスタジオの扉がガンッ!と乱暴に開かれ、その奥から現れたのは、黒ずくめの戦闘服に身を包んだ完全武装の警備部隊だった。
「そこを動くな!手を頭の後ろに!」
一人の警備員が怒鳴ると同時に、何人もの男たちが一斉に高木真司を取り囲んだ。
すでにテレビ局側が警察へ通報していたのだろう。
だが、真司は怯まなかった。
真司はゆっくりと、カメラの方へ顔を向けると、にやりと笑い、人差し指を画面越しの視聴者に向けた。
「――ちょうどいい。
今から、俺の力を、見せてやる」
そう言い放つと、椅子を蹴って立ち上がった。
「動くな!」
警備員が再び叫んだ。
真司は、しかし、手をクイっとやって
「撃ってみろ」
そういって挑発した。
警察官の一人が、躊躇いなく拳銃を引き抜き、引き金を引いた。
パンッ!
スタジオに響いた、乾いた発砲音。
一発の銃弾が、真司の胸をめがけて放たれた。
だが、その弾丸は途中で、空中でゆっくりと、まるで水の中を漂うかのように減速した。
その様子が、まさにテレビの生放送画面に映し出された。
銃弾は、カメラを通して、何百万人もの視聴者の眼前に空中停止している様子を見せつけた。
誰もが、声を失った。
スタジオ内の誰一人、動けなかった。
ただ一人、真司だけが、イラついていた。
「……やっぱり、これが限界か」
模倣は――所詮、模倣。
あの蓮の「万有引力」なら、銃弾は完全に静止し、空間そのものに封じ込められていた。
だが、模倣である自分には、そこまでは届かない。
あくまで「引力場の形成」程度しか再現できず、“通過”すら許してしまう不完全な模倣。
真司は、苛立ちのまま奥歯を噛み締めた。
「ならば、力を上げるしかない。体力を……削ってでも」
全身の血管が浮き上がり、耳鳴りが響いた。
模倣能力に負荷をかけ、限界を越える出力を強制した。
万有引力の出力が上がった。
周囲を取り囲んでいた警備員の一人が、何かに引き寄せられるように真司の元へと滑り出した。
「っ……!? な、なんだ――!」
その男は、まるで床が傾いたかのように高速で真司に吸い寄せられ、次の瞬間――
ドガァン!
壁に激突し、背骨を軋ませながら潰れていった。
スタジオ内が再び凍り付いて、女性たちの叫び声が響いた。
真司は無表情のまま力を込めた。
額から汗が滝のように流れ、指先は痙攣していた。
それでも――
「……まだだ」
圧力は、さらに増した。
壁に潰れかけた警備員の身体が、まるで目に見えない巨大な手に押し潰されるように、ぎしっ……ぎしぃぃっ……
――グチャッ。
果物を潰したような音が、鈍く響いた。
血と肉片が壁に広がり、スタジオの床に滴った。
誰もが動けない。
恐怖に、言葉を失った。
そんな中――
真司の目だけが、なお燃えていた。
壁にこびりついた血の匂いと、スタジオに漂う沈黙を背に、高木真司は、その身に残された最後の一滴の体力を搾り出した。
「っ……くそっ……」
真司の意識が遠のいた。
歯を食いしばって耐えながら、彼は右手を震えるように前に伸ばした。
「……ここで、終わるわけには、いかない……」
真司は目を閉じ、思い描いた。
この能力――模倣されたワープは、あのかつての友達・
だが、この能力も、所詮模倣。
一日一回、距離は最大で300メートル。
それが限界。透の能力よりも回数も距離も、制限されたものだった。
だが、この窮地を抜けるには、それで十分だった。
真司は、テレビ局の図面を頭に浮かべ、最も出口に近く、しかも人目の少ない場所――
地下鉄駅構内の男子トイレを狙った。
──瞬間、真司の視界が歪んだ。
真司の身体が空間に飲み込まれ、音もなく消えた。
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