死刑囚になった俺が、“死者の力”で裁きを覆す

結城凱

第1話 『お前は無実か? なら、証明してみせろ』

これは、冤罪で死刑囚となった俺が、

死者たちの力を記録し、“裁き”を覆すまでの物語だ。


金属音が静寂を裂くたび、俺の中の時間が止まる。


独房のドアが開かれる瞬間は、何度繰り返しても慣れない。

それは外界と繋がる唯一の通路であり、同時に、

絶望が流れ込んでくる穴だった。


壁には、無数の傷が刻まれている。

俺が刻んだものじゃない。

もっと前、前の囚人……いや、名前すら残らない誰かの叫びだ。

指の爪で削った、見えない声。


俺はそれに、何も加える気になれなかった。

代わりに、数えた。ひたすら。

ひび割れの数を、壁の歪みを。何度も、何度も。


鉄格子の外に広がる景色は変わらない。

変わるのは、時間の感覚だけだった。


俺の名前は、白神ユウ。二十歳。

この刑務所に入ったのは十八のとき――罪状は殺人。

だがそれは、冤罪だ。


当時、俺はただの高校生だった。


夕暮れの教室。床に広がる血。机の下のナイフ。

そして、それを握る自分の手。

理解が追いつかないまま、俺の目の前には、

たった一人の親友が、血の海に沈んでいた。


「違う」と叫んだ。

けれど目撃者はいなかった。監視カメラは“偶然”止まっていて、

指紋も証言も状況証拠も、全部が俺を指していた。


家族は泣いた。やがて黙った。

弁護士は業務処理のように動き、

裁判は“もう決まっていた”ように終わった。


「あなたがやったんでしょう?」


その一言で、全ては幕を閉じた。


最初の一年は、叫び続けた。

面会でも、取り調べでも、何度も訴えた。


「やってない」

「俺は殺してない」

「証拠を、もう一度……!」


でも誰も耳を貸さなかった。

警察も、弁護士も、家族すら。


やがて、言葉は意味を失った。

怒らないことを覚えた。黙ることを覚えた。

残ったのは、冷たい沈黙だけだった。


──この刑務所には、いろんな奴がいた。


罪を誇る者。泣き叫ぶ者。狂った目で空を睨む者。

そして、誰とも目を合わせずに生き残る者。

俺はその最後だった。


囚人たちは、俺を“壊れたやつ”と呼んで笑った。

だが壊れているのは、俺じゃない。ここだ。


「アイツは本当はやってねぇ」

そんなことを言う奴もいたが、それは真実じゃない。

“いつキレるか”を賭けるための目だった。


──その朝のことだ。


「白神ユウ、B監獄面会室へ移動」


食事の直後、無言の呼び出し。

看守が鉄扉を開ける。無表情のまま、俺に手錠と足枷を嵌めた。

カチャ、カチャ、と鎖の音が歩幅に合わせて鳴る。


通路を歩くたび、囚人たちの視線が刺さる。

「またかよ……」「あいつ、生きて戻ったの何回目だ?」


面会なんて、もう何ヶ月もなかった。

だが向かった先は、見慣れたガラス越しの部屋ではなかった。


案内されたのは地下の警備区域。

灰色の壁。三つの監視カメラ。鋼鉄の扉。

空気だけが、妙に澄んでいた。


中にいたのは、スーツ姿の男。

四十代後半。痩せ型。無駄のない動き。

目だけが笑っていた。


「よう、白神くん。調子はどうだ?」


「……誰だ」


「まぁ、ただの“上の人間”だよ。今日は特別に、君にチャンスをやろうと思ってね」


男はテーブルに書類を置いた。

それは“契約書”のようなものだった。


《再社会化試験・REDEMPTION計画 参加同意書》


「これはな、国家が認可した“代替刑”。

死刑より、ずっと“人道的”だと思わないか?」


バカバカしい。けど──男の目に、遊びはなかった。


「この紙にサインすれば、人生をやり直すチャンスがある。

クリアすれば、罪も、記録も、全部消える」


「……ゲーム、か?」


「そうだ。ゲームだよ、白神ユウ。

君が“本当に無実”なら、生き残って証明してみせろ」


その言葉に、ほんの少しだけ心が揺れた。

俺は、無言でペンを取ってサインした。


背後から、注射針が刺さった。


──意識が、沈んでいく。



次に目を開けたとき、そこは現実でも、刑務所でもなかった。


無機質な大地。空は曇天。

足元には人工的なタイル状の地面。

その上に、同じ囚人服を着た者たちが、数千人――等間隔に並んでいた。


誰も喋らなかった。誰も動かなかった。

世界そのものが、“様子をうかがっている”ようだった。


《REDEMPTION起動完了》


《ゲーム概要:》

このゲームのクリア条件は、すべてのミッションを達成すること。

それ以外に、あなたがこの世界から脱出する方法は存在しません。

そして――このゲームで死んだ場合、あなたの人生はその場で終了します。




《現在の参加者数:3,765人》

《オリジンギフトの配布を開始します》



青白いウィンドウが空中に展開される。

囚人たち一人ひとりの視界に、それは表示された。


俺の目の前にも、淡い光が差し込む。



《白神ユウ》

《スキル名:ロストアーカイブ》

《能力:死亡対象の記録(スキル・思考・経験)を保存。使用可能状態に保持》



「……これで、やれってのか」

苦笑に似た息が、無機質な空気に吸い込まれた。


周囲ではざわつきが始まっていた。


「爆炎! 見ろよ、俺、火ぃ出せるぞ!」

「オレのは“チャージカウンター”? 殴られなきゃ発動しねえのかよ……?」


歓喜、困惑、絶望。

その全てから、俺は一歩だけ外れていた。


──そのときだった。“それ”は音もなく現れた。


広場の端。

仮面を被った白い存在。呼吸のない兵士。たった一体。



《判定中……》

《対象:不適合》

《削除》



閃光。悲鳴。

少年のような囚人が、走り出しかけたその瞬間、頭部ごと消えた。

残った片足が、乾いた音を立てて崩れる。血がタイルを汚す。


誰かが叫び、数人が逃げ出す。

「やめろ! 近づくな!」

「これ、殺されるやつだ……!」


処刑者は“逃げた者”を選んだ。

その基準も、命令も不明。ただ淡々と、対象を消していく。


──百人以上が、無慈悲に“間引かれた”。


すぐ横で、老婆のような囚人がうずくまる。

遠くで、顔だけ知っていた青年が、喉を押さえて倒れる。

赤い液体が、足元をじわりと染めていく。


逃げても、動かなくても。関係ない。


俺は、ただ記録した。

心ではなく、脳の奥に。“記録”として。


目の前で吹き飛んだのは、カツラギ・ヨウスケ。

ログイン前に軽口を叩いていた男だった。


「なあ、こんなクソゲー、途中でログアウトとか……無理か。だよな」


それが、最後の言葉。


視線を落としただけで、顔面ごと消し飛んだ。



《死者記録検出》

《対象:カツラギ・ヨウスケ》

《保存スキル名:クロススラッシュ》

《記録保存……完了》

《使用可能状態に移行》



ウィンドウが静かに光る。

“誰も知らないログ”が、俺の視界に表示された。


(……これが、“記録”)



《生存者:3665名》



俺は、ただ立ち尽くしていた。


──奪われた人生を、死者と共に取り返す戦い


──REDEMPTIONが始まった。

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