第23話
日曜昼下がりの駅構内。まばらな人の流れの中で、オレはひとりスマートフォンを握りしめながら柱の陰に立っていた。
今日は隣人のお姉さん──水萌さんと……それからその親友である実里さんという人とショッピングをすることになっている。
大人のお姉さん二人と男子大学生……改めて考えると、あまりに非現実的なシチュエーションだ。
待ち合わせの時間までまだ三十分もある。ちょっと早く来すぎたらしい。
早く会いたい気持ちと、まだ心の準備ができていないような落ち着かない気持ちが交錯する。
水萌さんの親友。いったいどんな人なんだろう。
やがて、人混みの向こうに黒髪ロングの見慣れたシルエットが目に入った。水萌さんだ。
キョロキョロと何かを探すように周囲に目を配りながら少しずつこっちに近づいているのが分かる。
ノースリーブのニットにデニムのパンツという抜群のスタイルが際立つコーデ。涼しげで華やかな、まさに夏のお姉さんって感じ。
彼女の周りだけがまるでスポットライトを浴びているかのように明るく、人混みの中でも一際目立っているように感じられる。
オレの知り得る女子とは一線を画す、洗練された大人の魅力を放っていた。
本当に、ずるいくらい綺麗だ。
見惚れない方がおかしいというくらい。
「あっ……」
こちらに気づいた水萌さんが満面の笑みで手を振った。オレもそっと手を振り返す。
なんかいいな、こういうの。
「晴翔く〜ん!」
長い黒髪を揺らし、軽く息を弾ませながら、水萌さんが小走りで駆け寄ってくる。
「ふぅ〜……もう着いてたんだね、どれくらい待った?」
「全然! オレも、今来たとこなんで」
柑橘系のフレッシュな香りを感じながら、人生で一度は言ってみたかったセリフを口にした。
「そう? ふふ、良かった〜。じゃあ、早速だけどカフェに移動しよっか。約束の時間までまだもう少しあるけど、実里が先に着いてるみたい」
「分かりました。行きましょうか」
水萌さんに案内されるまま街路樹の下を歩き、着いた先はオシャレで落ち着いた雰囲気のカフェだった。
中に入ると、窓際の席に座っている先客がひとり。こちらに向かって軽く手を振っているのが見えた。
水萌さんと同じくらいの年に見える、明らかスタイルのいい女性。高校の頃からの親友って言ってたし、やっぱり同級生か。
染めた金髪が驚くほど自然で、水萌さんに負けず劣らずの洗練された雰囲気をまとっている。
ノースリーブの黒いトップスとフレアスカートという大人っぽい装いは、決して派手じゃないのにやたらと目を引いた。
そして──気のせいだろうか。
なぜかちょっとだけ、危険な香りがする。
「実里お待たせ」
「やっ、水萌! そっちが例の大学生くん?」
「うん。隣人……友だちの晴翔くん」
「へぇ……」
実里さんから視線がまっすぐに、オレに向けられる。
品定めをするように……と言うとたぶん大袈裟だが、そう感じてしまうほどに、じっくり見られている。
大した者じゃないんですけど、と言いたい気持ちを抑えながら、軽く会釈した。
「……こんにちは! あたし、水萌の親友の実里っていいます!」
「ど、どうも……水萌さんの隣の部屋に住んでて……仲良くさせてもらってます。風間晴翔っていいます。知っての通り大学生です」
「よろしくね! 風間くんって呼んでいいー?」
「ど、どうぞ」
「あは、じゃあ風間くんで〜♪ どうぞ座って~?」
自分でも驚くくらい声が上ずっている。
初対面の綺麗な大人の女性、それも水萌さんの知り合いときたら、緊張してしまうのも無理はないだろう。
座った椅子の背もたれに軽くもたれた。
妙に汗ばんでる手のひらを、こっそり膝の上で握る。
「風間くんは大学生かぁ、いいなぁ……若いなぁ……若いっていいなぁ……あたしらなんてもうすぐアラサーだもんね」
「私たちもまだまだ若いでしょ。ね、晴翔くん?」
「そうですね、全然変わらないと思います」
「まだまだピチピチってやつ!?」
「はい、超ピチピチです」
そこまで大きく年が離れているわけではないけど、二人のお姉さんは自分よりもずっと大人びて見えて。
大学生と社会人という立場や経験の差は、単純な年齢差以上に大きいのだろうか。
「年齢の話はいいの! ねえ晴翔くん、お腹空いてるでしょ? 好きなもの頼んでいいよ。私の奢りだから遠慮しないでね」
「水萌の奢り!? ごちです……」
「ふふ、実里は自分で払ってね」
「えー。けちけち」
「十分稼いでるんだからいいでしょ。晴翔くんはまだ大学生だし、今日は急に誘って来てもらったんだから」
「ほんと急にごめんね? 水萌に男の子の友だちなんて珍しいもんだから、どうしても気になってさ」
「いえいえ、オレの方こそ。水萌さんの友だちって聞いてどんな人なんだろうって、会ってみたいと思ったんで」
オレがそう言うと、実里さんはニンマリと揶揄うように口角を上げ、自分を指差しながら口を開いた。
「実際会ってみて、どう?」
「き……綺麗な人だなぁと」
当たり障りないように答えると、実里さんはわざとらしく胸元を手で押さえて身をのけぞった。
「え~もう照れるなぁ……! 風間くんもカッコいいぞ! がっしりしてるし、ぶっちゃけ結構モテるカンジ?」
「はは、全然です……大学で周りは結構彼女いたりするんですけど、オレはずっといないとか、そんな感じなんで」
事実を話すと、実里さんは驚いたように目を丸くした。
「うっそ、いが〜い! 身近に好きな子とかいないの?」
「大学では特にそういうのは……」
「へぇ……ちなみに水萌はどう?」
「っ!?」
思わずお冷を吹き出しそうになり、堪える。
この人なかなかぐいぐい来る人だ。
冗談めかして言ってるようで、その目は冗談じゃない気配を含んでいた。
(もし水萌さんが彼女だったら……)
正直、最高だろうと思う。
優しくて、綺麗で、楽しくて。
隣にいてくれるだけで、日常がちょっとだけ特別になるような、そんな人。
だけど──。
「なんか顔赤いね。大丈夫? 熱中症?」
「い、いや、そういうわけじゃっ」
「それじゃあアレかな……水萌が彼女だった時のこと、妄想しちゃった?」
「へっ!?」
図星を突かれ、頭が茹蛸のように熱くなる。
「アハハ! 風間くんめっちゃ分かりやすい!」
「ちょっと実里〜? あんまり晴翔くんを困らせるようなこと言わないの! 晴翔くんは大事な友だちなんだから」
「そ、そうです! 友だちなんで!」
冷静に遮った水萌さんにオレも続く。
「友だちねぇ……そかそか……なるほどね」
「どうしたの、独り合点して」
「ううん、なんでもない! ちょっと安心したかな」
「どこを安心……?」
「水萌は悪い男に引っかかったわけじゃなさそうだなーって」
「はぁ……だから言ったでしょ、晴翔くんは良い子なの」
「そだねぇ……あは、お腹空いたし、とりあえず何か頼も!」
「まったくもう……」
上機嫌な実里さんとは対照的に、やや呆れながらメニューを差し出す水萌さん。
普段からハイテンションな人なんだろう。酔ってる時の水萌さんのそれに若干似てるかも……なんて言ったら怒られてしまうだろうか。
かなり攻めてくるタイプだがとても話しやすくて……最初にあった緊張の糸は、いつしか解けていた。
泥酔した隣人の黒髪巨乳お姉さんを介抱したら距離感バグでいつの間にか仲良くなっていた話 ジャムシロップ @qawsed0410
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