外話2:気合を入れて作りました

「兄上。久しぶりじゃな」

 

「……そうだな。あれからお前も色々あったようだ」

 

 久々に会った妹の姿自体はあまり変わっていないが、宿す雰囲気や眼は随分と違った物になっているように見えた。

 かつて、ファルザンがあの従姉妹の息子エルランを含めた落伍者の追放を決意した際に、反抗した妹を気付かれぬように最高の密偵たる『草』に護衛させる任務を課してから、もう何年になるか。

 

「お互い、色々と言いたい事はあるじゃろう。なれど、今はそれ以上に重要な事象がある。兄上ならば承知じゃろう?」

 

「ああ。彼らの事だろう。俺も会ったが……まるで底が知れなかった」

 

 特に恐るべきは『白髪理系』。

 勿論『水色ギャル』も『オレンジ坊ちゃん』も凄まじき才覚を持った逸材だというのはわかる。

 特に『水色ギャル』に関しては現長耳族最強の存在たるファルザンよりも間違いなく強いと感じたから。

 

 しかし『白髪理系』……何度も繰り返しにはなるが、あの天帝と同じく彼には『何も感じなかった』から。

 

「うむ。兄上は彼らとはまだ日が浅いのじゃろう? ワシは村からここまで共に旅をして来た。故に、わかった事が幾らかある」

 

「……」

 

「まず、彼らは理知的な存在じゃ。話せばわかるし、逆に言えば無礼な振る舞いなど決して許されぬであろう」

 

「そうだな。話が通じるというのは良い事なのだろうが……何が無礼に抵触するか。それが問題だな」

 

 種族が違う。

 ならば文化も必然的に異なるわけで。

 長耳族にとっては常識でも、彼らにとってはそうではない事など幾らでもあるだろう。

 問題は、やはりそれに掛かるのが種の存続という点なわけだが。

 3名との初対面は済ませているからだいぶ余裕は出来たとはいえ、彼らが容易く長耳族を滅ぼせるだろうという事実は何も変わっていない。

 

「ワシが話した限りでは問題ないように思えるが……それも絶対ではなかろうな。少なくとも、フェルナンド殿は露骨にワシらを試す言動をしておった。長耳族の代わりなど幾らでも居るとな」

 

「……そうか。まあ、事実としてそうなのだろうな。長耳族は、決して覇権種族などではないのだから」

 

 客観的に見て、長耳族は弱小……ではないが、さりとて中央列強には到底数えられない種族だ。

 父によると、ファルザン、ミルネン、そして従姉妹の3名が才能を開花させ、全面に協力すれば中央列強入りも夢ではないという話ではあったが……父には申し訳ないが結局は飛沫の夢だった。

 

「しかし、だからこそ彼らに長耳族をこそ有用だと認識させねばならん」

 

 初対面で滅ぼされない事はわかった。

 ならば次にすべきは、鱗族を始めとした敵対種族に彼らが唆される前にこちらの味方に付ける……そこまでは行かずともせめて未来に滅ぼされない確約を作る事。

 

 ファルザンは妹の顔を正面から見つめ。

 

「常套手段と言えば、異性を当てがう事だが」

 

「……はあ。そういう事にはワシは出来れば協力したくないのじゃが……まあ、種の存亡に関わる話じゃからな……」

 

 ミルネンはため息を吐いてから。

 

「まず、英雄殿……カルロス殿については、ワシ……いや、あやつの孫のエカテリーナが良い関係を築いているように見える。正妻に成れるかはともかく、側室入りならば十分現実的じゃろう」

 

「孫……エルランの娘か。産まれたと話には聞いていたが……そうか。あれの孫に長耳族の趨勢が掛かっているとは、因果な話だな」

 

 ファルザンは過去を思い出して眼を閉じる。

 北の集落の長の息子との婚約をしていながら魔力を持たぬ者と駆け落ちし、一族をすわ滅亡の危機に追い込んだ存在の孫が、今度は長耳族のため……とまで認識しているかどうかは知らないが、とにかく推定天帝の同種族と良縁を築かんとする。

 正しく皮肉にしか思えない話だった。

 

「まあ良い。他の3名については?」

 

「ふむ……ダークネス殿に関してはどうじゃろうな? 長耳族に対しては付かず離れずといった様相に見える。異性の好みは……わからぬな。彼はアリス殿に対して特別強き敬意を表しているようじゃが……とはいえ、そのアリス殿がな」

 

「何かあるのか?」

 

 ファルザンによる当然の問いに対し。

 

「逆はわからぬが、少なくともアリス殿は明らかにフェルナンド殿に惚れておる」

 

「そしてアリス殿もそのフェルナンド殿も、長耳族に恐らく一切の興味を示しておらん」

 

 前者の惚れた云々の話はともかく。

『長耳族に一切の興味を示していない』

 その言葉に、ファルザン自身も思い当たる節はあった。

 

『白髪理系』。

 そう呼ばれていた彼は、間違いなく長耳族に何の興味を示していなかったから。

 

 あの眼。

 あれは……まるで長耳族の子供が、か弱き小動物を見る時にするような眼だった。

 ──1年前に会った天帝が自分たちに向けていたそれと同じように。

 つまり。

 

「なるほど……では、その2人こそが超越者であり、手を出すのは悪手か」

 

「じゃな。特にフェルナンド殿に関しては、恐ろしい話じゃがワシ以外の長耳族をまともに見てすらおらんかった。望みの薄い事をして龍の尾を踏む必要はあるまい」

 

 超越者2人が恋愛関係にある事を知れて良かった。

 下手に異性を当てがう策は取らないべきだと分かったというだけで、値千金の情報と言えるから。

 しかし、内1人はミルネン以外見てすらいないという事はつまり……いや、それ以上は憶測にしかならない。

 

「彼ら4人の中心は間違いなくその2人じゃ。あらゆる能力が常軌を逸したアリス殿。彼らの中で唯一記憶を持ち、常に何かしらの策謀を巡らせるフェルナンド殿」

 

「……記憶を持っているのか?」

 

 ファルザンが会った『白髪理系』たち3名は全員記憶を失っていた。

 天帝に付き従う詩人も、彼女とは異なり記憶を失っていたと聞いている。

 ……つまりそれは、その男は天帝と同格という事を……

 

「兄上が会った3人は?」

 

「全員記憶を失っていた」

 

 それを聞いたミルネンは考え込むようにして。

 

「……そうか……やはりフェルナンド殿は彼らの中でも特別という事じゃな。まあ、良い。記憶の有無自体をワシらが今考えても詮無き事じゃろう」

 

「そうだな。俺たちにとって重要なのは誰を見るべきか、だ。つまりその4人の中ではアリスリーゼという名の銀髪の女と、フェルナンドという名の眼帯の男でいいか?」

 

「うむ。2人とも、只者ではないと一眼見ればわかるから見間違いは起きまいて」

 

 つまりこれまでの話をまとめると。

『白髪理系』、アリスリーゼ、フェルナンド。

 その3名が現時点での彼らの中心であり。

 

「最悪、天帝が3人いると想定しなければならないのか。……俺に対応出来る範囲をどう考えても超えているが……」

 

 彼はまたもや一瞬目を閉じて。

 

「それでも、俺は長耳族の族長として、この訳のわからぬ事態を乗りこなさねばならん」

 

「……兄上」

 

 長耳族の長は決意を固める。

 

 今は確かに並々ならぬ状況。

 情報は全く足りず、わからない点があまりに多すぎる。

 長耳族はその事態に対してあまりにもちっぽけな種族。

 しかし、彼は一族を背負いし者だから。

 

「彼らには話が通じるのだろう? ならば、やはりまずは何を望むのか、怒る範囲はどこなのかを調べなくてはなるまい」

 

「…………」

 

「記憶を失っていて、拠点などを持たぬという事はやはり住居の提供という道は正しいだろう。じきにエレーンが屋敷の手配を終えるはずだ」

 

 ファルザンは『白髪理系』たちとの話を終えた直後に、この事態を想定して妻エレーンに屋敷の準備をさせていた。

 最悪、元の持ち主を強制的に排除するような強引なやり方で構わないから、出来うる限り最高の屋敷を確保せよと。

 本来ならば事が起きるよりもっと早くに確保していたかったが……何事もそう上手く行くなら世の中こうなってはいない。

 

「優れし者が故に、雑務は厭うだろう。ならば、長耳族最高の執事たるクリストフを仕えさせよう。無論、下手な事はせぬように言い聞かせなくては。情報の抜き出しなど決して考えるな、と」

 

 一番重要なのは怒りを買わない事。

 執事クリストフに、ファルザンへ何か報告する際には、事前に彼らに話す内容を全て語り許可を取るよう徹底させる心算だ。

 

「関係各所への通達をしなくては。幾つかの政策も一時中断だ。その辺りはやはりエレーンに任せるべきだろうな。最重要事項たる彼らへの直接の対応は俺とお前がするとして、他の部下たちには……」

 

 そうやって自らに出来る限りの策を即座に実行する兄の姿を見て。

 

「流石じゃな、兄上は。ワシも村を率いる身となったからわかる。兄上はやはり長耳族の傑物よ」

 

「そうか。そうだといい……いや、そうでなくてはならないのだろうな。お前にも手を貸して貰うぞ」

 

 妹は神妙な様子で頷いて。

 

「わかった。ワシに何が出来るかわからぬが……協力させて貰おう」

 

 そんな風に自信なさげな事を言う、長耳族の歴史上最も魔力の素養に恵まれ、故に成長が誰よりも遅く……つまりはファルザンを遥かに超える天才たる美しい妹を見て。

 

「……それこそ、彼らの誰かがお前を娶るというのが、俺にとっては1番望ましい展開なのだがな」

 

「い、いや、それは流石に無茶じゃろう!?」

 

 

 

 ──そうして、準備を終えてから。

 

「……妹から聞いてはいたが、どうやら随分と数が増えたようだな『白髪理系』殿」

 

 またもやファルザンが謎の異邦人に対して口火を切る。

 言いながらも彼ら7名を見渡して。

 

(どいつもこいつも……こいつらの種族は揃いも揃ってこうなのか?)

 

 そう吐き捨てたい気持ちで一杯になっていた。

 

 ──見た目というのは、極めて多くの情報を提供する物だ。

 

 例えば。

 魔力の素養を強く持つ者は、整った顔をしている場合が多い。

 それこそファルザン自身や妹のミルネンがそうだ。

 2人は長耳族において最も美しい顔を持った兄妹と称されている。

 

 故に見た目の好みは千差万別とはいえ、客観的な相手の外見に対する審美眼は一族を率いるための必須能力。

 長耳族歴代最高の男はそれを十分に有していた。

 

 そんなファルザンから見て、彼らは。

 

(全員が、恐ろしいまでの美形。……本当に、冗談のような話にしか思えんな)

 

 7名全員が極めて整った顔をした美男美女であり、つまりは強大な力を有している。

 そう判断を下さざるを得ない存在だった。

 

 勿論、例外として整った顔をしているがそれ以外の優れた点を持たない存在はそれなりの数いるが、さりとて顔が良いならば使い道などいくらでもあるし、何より眼前の彼らにそれは当て嵌まらないであろう事を今更言及する意味はない。

 

 そのような事を考えていると『白髪理系』が。

 

「どうやら俺の名はアルベルというらしい。『白髪理系』のままでも構わんが」

 

「……そうか。アルベル殿と呼ばせて頂く。……貴殿らの事情は妹から大凡聞いている。我ら長耳族は貴殿らを歓迎しよう」

 

 どうやら眼帯の男から自らの名前を聞いたらしい。

 

 ──先程述べたようにファルザンは、自分ではそう認識していないが妹の言う通り長耳族の歴史上屈指の傑物。

 故に、彼らを見て判断出来る事は常人より遥かに多い。

 

 その眼力により、判断する。

 

 やはり恐るべきは、『白髪理系』アルベル。

 次点で銀の髪の美姫──妹が言っていた名はアリスリーゼ。

 

 しかし、その2人以上にファルザンが気になったのは。

 

(何だこの男は……?)

 

 族長は困惑していた。

 まず、その男の容貌について。

 

 やはり非常に整った顔立ちをしている。

 漆黒の髪に切れ長の金の眼。

 見る者をはっとさせる美貌は、何やら妖しげな雰囲気を宿している。

 

 敢えて順番を付けるならば、上記2名に次ぐ美しさといった所。

 

 ただ、それだけならばまだ良い。

 というか、美しさについて語るならばより優れた存在たる白髪と銀髪について気にすべきだろう。

 

 何よりおかしいのは。

 

(……何だ? あの異常に高級な眼帯は)

 

 族長は昔から数多くの美しい物を見てきた。

 当たり前の話ではあるが、高価な品というのはただ単に美しいだけの物ではなく、多くの付加価値を持つ。

 

 示威行為に使えるし、功を挙げた部下への褒賞にも使う。

 調度品は報酬として領土の代わりにすらなる……などとは今更言う必要はないだろう。

 

 先程も述べたように、種の頂点に立つならぱ審美眼は必須。

 勿論、龍帝のように他を寄せ付けないほど圧倒的な力を持つならば話は変わるが、それは例外中の例外であり考慮に値しない。

 故に幼き頃から父から様々な物を見せられ、また自らも職人の元に足を運んだりして眼を鍛えてきたわけだ。

 

 その眼力が言っている。

 

 あの眼帯は生涯で見てきたあらゆる物を遥かに凌駕する価値を持つ。

 

 1つで中央貴族の生涯の生活を支えることすら可能だろう価値を有していると。

 しかし。

 

(何故、眼帯なんだ……?)

 

 意味がわからなかった。

 服が見た事ない程に高価というならば理解出来る。

 宝石などを身に付けるというのならばわかる。

 

 しかし、ここまで高級な眼帯とは一体何なのか。

 誰がどういった目論見でこのような馬鹿げた価値を有する代物を作ったのか。

 

 常人ならば、ただひたすらにわからぬと困惑するだけで終わるだろう。

 しかしファルザンは長耳族の傑物。

 意味不明な事態に対して即座に納得のいく仮説を導き出した。

 

(まさか……魔眼か? それ程に高価な眼帯でなくば防げぬ力を有した魔眼を持つという事なのか)

 

 魔眼。

 それは極一部の者が有する何かしらの特殊な能力を持った眼であり、力の大小に差はあれど、通常の魔法では得られぬ成果を導く物。

 

 希少すぎるが故に長耳族には全く知られていない概念であり、ファルザンがそれに思い至ったのは、彼が常にあらゆる場所に目と耳を置いてあらゆる情報を集めていたが故。

 

 長耳族で初の保持者を見つけた際、ファルザンは全速力でその人材を確保した過去もある。

 その人物はまた色々な意味で厄介な長耳族であるのだが……今それは良いだろう。

 

 魔眼には、本当に理解不能な結果を導く物があるという。

 

 例えば……魔法を喰らって失った手足を生やすなど。

 つまりこの男はそのレベルの魔眼を持っており、それを制御するための代物か。

 

 男は、一見するとこの中で1番大した事のない存在に見える。

 ただ何も考えずにガワだけ見るだけならば、彼が有する力は『非常に優秀な戦士』止まりであり、ファルザンどころかジャムランにすら劣るのではと思える。

 無論、長耳族10本の指に入るかどうかといった強者ならば引くて数多だしファルザンとて是非とも欲しいと思う人材ではあるが。

 

 赤髪の男……確かカルロスという名の、エルランの娘が懸想しているという話の男も実力はファルザンと同等程度に──彼らの中では比較的劣る存在のように思えるが、彼はどちらかというと未完の大器……というよりは、自らの身体の使い方をまだ理解していないだけの才能の塊のように見える。

 

 ──ならば、眼帯の男だけが比較的に凡人だと? 

 そんなはずは無いなどとは当然言うまでもない。

 この状況下においてそう考えるのは、脳に全く何も詰まっていない真なる馬鹿者だけだ。

 

 ならば。

 眼帯の男は自らの力を隠しているか、抑え込んでか、あるいは天帝やアルベルのようにファルザンでは観測できないかの3択になる。

 

 最後の線は自ずと除かれる。

 何故ならあの2人からは『何も感じない』のであり、それは今の状況とはまるで異なるから。

 

 次に力を隠すという線はどう考えても極めて薄い。

 何故なら、力を隠したいなら何故そのような際立った財力をあからさまに誇示するような眼帯を付けているのか? という当たり前すぎる話になるからだ。

 

 だが、溢れる力を最高の眼帯によって『抑え込んでいる』という線ならば……ファルザンにはむしろそうだとしか思えなかった。

 

 ひとまず。

 

「貴殿らには様々な物が入り用と聞く。満足はいかぬやもしれぬが、可能な限り用立てしよう」

 

 ファルザンは事前に考えていた通り、彼らに住居や使用人を提供する話をした。

 

 すると。

 

「今までを遥かに超えて随分と至れり尽せりのようね。『白髪理系』たちは余程あなたたちに何かをしたのかしら?」

 

 当然、その反応は予測して然るべき物。

 故に事前想定通りのやり取りをした結果。

 

「ふうん……つまりそういう事ね。わかったわ。それなら、私からは何も」

 

 銀髪の美姫がファルザンにとって非常に好ましい反応を返してくれる。

 非常に話が早い。

 やはり、彼女は極めて優秀な人材のようだ。

 力だけでなく頭脳もファルザンを上回ると見做すべきだろう。

 

 ──しかし。

 こうして望み通りのやり取りを交わしながらも、やはり気になるのは。

 

(この男は、ずっと嗤っているな……)

 

 後ろに控え、一言も発さずにひたすら嗤う男。

 ミルネンの言っていた通り、彼が長耳族の族長を試しているのは明白だった。

 

 加えて言えば、銀髪の美姫は先程からやたらチラチラと眼帯の男を見て彼の様子を気にしている姿を見せている。

 それが妹の言う通り惚れた云々の話かどうかはともかく……誰がこの場の支配者なのかは明らかだった。

 

 ならば、この会話は事実上この男との対話という事。

 ファルザンは長年の経験から即座に判断をする。

 

 そして。

 

「アリスリーゼ殿らは神獣ジャガーノートを討伐せんと考えていると耳にした。事実だろうか?」

 

 彼は次なる話を投げる。

 

 それは勿論、妹から聞いていた話だった。

 眼前の存在……特に銀髪のアリスリーゼが神獣の討伐を望んでいると。

 ミルネンによると、彼女の望みは神獣というよりは強者との戦いのようたが……まあ現状さしたる違いはない。

 

 未来となれば話は変わるが、それは皮算用に過ぎない。

 重要なのは今を乗り切る事だ。

 

 そうして、事前に考えていたファルザン自ら神獣との決戦に参戦し、彼らを重要視している事を示す策と、妹を人質に差し出す策を行う。

 やり取りをする最中、やはり眼前の銀髪は話が早いと考えながら。

 

「話は纏まったわね。……というわけで、それでいいわよね? 王子」

 

「……ええっ!? どうして僕なの!?」

 

 唐突にアリスリーゼが『オレンジ坊ちゃん』にそんな風に語りかけた。

 

(……王子、か。身分が高いだろう事は予測していたが……俺は何度驚愕させられたら良いのだろうな)

 

『オレンジ坊ちゃん』改めカールは確かにどこからどう見ても貴人だった。

 勿論、それくらいならばファルザンだけでなく誰にでも予想できる話だが、よもや彼らの代表格だったとは。

 それに『王子』という事はつまり、どこかに国が……いや、それについて今考えても意味はない。

 今重要なのは、この橙髪の少年が極めて尊き身分であるという事。

 

 であれば長耳族にとっての理想は、彼に妹が嫁ぐ事か? 

 ……いや、今それを望むのは流石に欲を掻きすぎているか。

 

「……これからの貴殿らの長はカール殿という事か? 貴殿が貴き立場だという事は理解したが」

 

「王子なんだし、そうなるでしょうね。……はあ。私はリーダーなんて柄じゃなかったし、良かったわ」

 

 どうやら、彼女は人の上に立つより戦士として戦う事を好むようだ。

 

(……羨ましい話だな。俺だって本当はそうしたいさ。族長なんて他の奴にさっさと譲り、ただの長耳族の戦士として戦場に生きる。まさに父がやっているように、な)

 

 ファルザンは長耳族最強の戦士。

 族長などより前線で戦う方こそが天職だと考えているし、そう願わない日はないというのが彼の偽りなき本音だった。

 しかし、そうも行かないのが世の中なのだ。

 

 そうして、最後にやはりファルザンには何も感じられない男たるアルベルが。

 

「ああ。俺もアリスと同じく、リーダーをするより前線に立ちたい気性だからな。構わんよ」

 

 ──話は纏った。

 様々な観点から考えて、この会話は上々な結果になったとファルザンが判断し、内心で安堵の声を漏らす。

 これからも、彼らに対してはこのように接すれば良いだろうと予測を立てる事も出来たから。

 

 

 しかし、その瞬間に。

 

 

「ふむ。身分の話をするならば、アリスも皇女なのだがな。それも女帝から次期皇帝として名指しされていた。加えて言うならば……いや、今それはいいか」

 

 長耳族の族長は自らの耳を疑った。

 唐突に出された情報。

 

 複数の国家があるという事実。

 

 そして、この男……妙に声が良いと言うか、安心感を覚え、もっと聴きたいと思えるような声というべきか……

 とにかく、思わず人に耳を傾けさせ、言葉に説得力を持たせるような声をしているとファルザンは感じた。

 

「おい。毎度毎度、急に私の情報をぶっ込むのやめろ?」

 

 銀髪の美姫──どうやら本当に姫らしい──は当然のように怒りに震えている。

 当たり前だ。

 どう考えても……少なくとも部外者たるファルザンが居る場所で話すべき内容ではない。

 間違いなく故意であり、何らかの策謀があるが故なのは明白。

 

「ずっと意味ありげに笑ってて、ようやく喋ったと思ったら! しかも気になる場所で話を止めるし! ほんっとにあなたはもうっ!!」

 

 ──そしてもう一つ。

 当たり前の話だが、自分を即座に殺せる存在をわざと怒らせる馬鹿はいない。

 例えば龍帝を貶して怒りを買い、殺される者がいたとして。

 龍帝を非難する声よりその者を愚者として謗る声の方が間違いなく多いだろう。

 

 だからこそファルザンは彼らに対して細心の注意を払っているわけであり……本当に当たり前すぎて今更言うのもという話ではあるが、重要なのはつまり。

 

(この男は、アリスリーゼを怒らせて問題ないだけの力を有するという事か)

 

 族長は怒りに震える銀髪の美姫と、それをあざ嗤う様子の眼帯の男を見て。

 

(つまり、先程の──この男は眼帯により自らの力を抑え込んでいるのだろうという予測はこれで裏付けられた。……もしや、それを俺に伝えたかった?)

 

 ファルザンは目を一瞬閉じる。

 

(本当に底知れない男だ。しかし……最も目を向けるべき存在が誰か判明しただけでも収穫)

 

 力でも策謀でも上を行かれている。

 わかりきっていた話だ。

 

 こうして長耳族の傑物は、これからの道を見定めるに至った。

 彼が真に気にすべきは……やはりこの男だったと。

 






◾️お願い◾️


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