風は夢を見る
双海零碁
第1話
風は知っている。黄金の稲穂達の囁きを。
風は知っている。添えられた花の意味、そこに降る小雨の優しさを。
ツーツーツー
床に転がる携帯から通話終了の音が鳴り響き、目を覚ます。部屋は暗く、辺りがどうなっているかよくわからない。時計が掛けられている。5時だ。
ーこの部屋の間取りには見覚えがある。僕の部屋だ。ー
ーなぜだろう、時計を見ると凍えるような寒気が背筋を走る。ー
「ここは、僕の部屋?」
部屋を開けようとドアへ近づき、手をノブにかけた。ガチャガチャと音が鳴る。
「え?」
「ドア・・・開かない。なんでだ?」
部屋には見慣れない謎の大きな看板があり、『このドアは開かない』の文字。看板に書かれた通り、ドアは開かない。
「どうなってるんだよ、これ」
彼は看板の字を見てハッと気がつく。
「これ・・・僕の字だ」
つい手が伸びて看板に触れたその時、突如として女の顔が脳裏に浮かんだ。
「この人は誰だろう。」
「ああ、思い出せそうなのに、思い出せない。」
身悶えて振り向くと、目の前にその顔をした女がいた。女の髪は白く、背は低い。カイに微笑みかけているが、その顔はどこか暗い影が落とされたように冷たい。
女は落ちていた携帯をそっと拾い、画面を操作して、鳴り響いていた音を切った。
「うわぁ!」
「目が覚めたのね」
彼の中に、思い出の断片が不協和音のようにフラッシュバックする。そして、なぜか女の名前が出てきた。
「ケミコ?」
女は、ハッとしたような顔を一瞬見せた。しかし、次の瞬間には落ち着いて一言こう言い放った。
「出られなくなったんでしょ。この部屋から。」
「そうみたいだ。」
「ごめん、君の名前は咄嗟に出てきたのに、あとは何も思い出せない。」
「全部忘れちゃったの?」
「・・・ごめん。」
「自分の名前も思い出せない?」
「カイ。僕の名前はカイだ。よろしく。」
「そう。・・・やっぱりそうなのね。」
彼女は暗い顔になった。
「大丈夫。・・・あなたが私に何をしてきたのか、教えてあげる。」
「え?」
ケミコが壁に向かってスタスタと歩き、そして触れた。彼女は、顔と見紛うほど暗い壁を指先で優しくなぞる。
「見えてないと思うけど、ここにもう一つのドアがある。私には、そのドアが見えている。」
「開かないのか?」
「開かないのよ。私だけの力じゃ無理。あなたの協力が必要なの。」
「何をすれば良いんだ?」
「私がこれからする質問に答えて。」
「は?」
「簡単な話よ。あなたの答えが鍵になるの。私はドアを出現させる。」
「全く意味不明だ。」
「仕方ないでしょ?それがこの世界のルールなんだから。」
カイはあまりの展開に空いた口が塞がらなかった。
「大丈夫。あなたが『答え』を教えてくれたら、あなたはきっとこの部屋から出られるから。」
「いい?まずは始まりの儀式よ。簡単な質問をするから、ちゃんと答えてね。今までの話を聞いてれば簡単に答えられるはずよ。」
「始めるよ。儀式の名前は、『見料の儀』。」
「なんだ?それ」
「通行量って意味よ。これから私たちが見る景色、その通行量。それが問いの形で今からあなたに渡される。」
そう言い終えると、ケミコは肩を軽く上げて深呼吸しカイの方は振り返った。
「最初の質問。私の名前は?」
「ケミコ」
「次の質問。私を思い出したのは何に触ったとき?」
「えっと、看板」
「最後の質問。時計を見たとき、最初はどう思った?」
「凍えるように寒いと思った、かな」
答えた瞬間、自室が突如発光し黄金に輝きだす。その光に包まれ、何も見えなくなり、元の暗い部屋に戻ったかと思われたが、ケミコの手が触れた壁には光るドアが出現していた。
「うわっ。本当にドア出てきたよ。」
「これで先に進むための準備が整ったわ。」
そう言って彼を手招きする。
「待ってよ。ドアの先は何なんだ?」
「私の見せたい景色。」
「は?」
「いいから行くわよ。あなたは私に答えを教えて。」
ー全く意味不明だが、今はケミコについて行くしかなさそうだー
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